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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -27‐

 魔王の尾が床を叩き、その反動で跳ねるように振り上げられる。そちらに意識を向けたと同時、尋常でない速度で魔王の左腕が伸び、勇者を襲う。それを予測していた勇者はその腕を『切断』。しかし切断された腕が突如変形し人間の肉体を形成、『それ』は腕を振り上げ――瞬間、その腕は数本の突起物を持った武器となり、勇者に向かって振り下ろされる。勇者は『攻撃』の魔法を行使し、『それ』を消滅させようとするが、その時、『それ』が内側から膨張し、破裂――否、爆発する。『それ』は一個の魔力爆弾だったのだ。何とか反応し、爆発圏内から逃れた勇者であったが、その余波に巻き込まれ、体勢を崩してしまう。そこを魔王の尾が襲った。尾は一切の躊躇なく勇者のいた場所に叩きつけられ、勇者の姿はその場から消えた。叩き潰されたわけではない。何故なら、尾が勇者に当たるかと思われた瞬間、彼の輪郭は黒く滲んでいたからだ。

「エレクトロの魔法か」

 ほんの一瞬、魔王は遠い目をして『第七』のことを思い返す。その一瞬を見逃す勇者ではなく、

「ああ、そうだ。あの『クソ』を垂れ流してる犬っころの魔法だ」

 魔王の背後に現れ、『攻撃』の魔法を放つとともに、特大の魔法陣を展開、発動させる。魔法陣から数百の黒き手が這い出し、魔王の身体を掴もうとする。それと同様に、勇者は『捕食』の魔法を行使するため、魔王に触れようとする。――が、

「まあ、我の魔法でもあるが」

 魔王の輪郭が黒に滲み、霧散する。

 霧散?

 いや、そんなものではない。

 これは、『充満』と言うのだ。

 エレクトロの魔法。それは自らの存在を世界に滲み出させる魔法。存在密度を下げる、とでも言えばいいだろうか。……そう、自らの『密度』を下げる魔法なのだ。

 自らの『密度』を下げることで、『本体』……正確には、『本体のように見えるただの像』に攻撃が当たっても、瞬時に他の場所に――『密度』が下がった自らの存在の範囲内にある『自分』を集中させることで『密度』を上げ、その場に現れる。

 そんな、魔法。

 その魔法を、魔王が使った。しかし、『それ』は『エレクトロの魔法』ではなかった。『同じ』でも、まったくの『別』だった。

【魔王】という規格外の存在。それの『密度』を下げ、その存在を世界に滲み出させた時――それは他の存在が『エレクトロの魔法』を使っていない場合をも超越する存在密度を有していた。

 つまり。

 魔王が『エレクトロの魔法』を使い、世界に存在を滲み出させた今、この場所は。

【魔王】という『存在』が『充満』している場所であり、

 それは【魔王】の『体内』も同じである。

 そう。

 勇者は、今、【魔王】の『体内』にいた。

(……予測していなかったら、死んでいたな)

 だが、勇者はそれを予測していた。すぐに対処したのだ。その方法は単純明快。自分の周囲に『免疫機構』――『第三』の『あれ』に似た絶対排他の魔法を使い、【魔王】の存在を排斥したのである。

 もしこれをせず、ただ【魔王】の内にいたならば、すぐさま自分は殺されていただろう。――どのような方法で? どのような方法でも、だ。一例を挙げれば、世界に、大気に【魔王】が充満しているのだから、それは【魔王】を吸い込んでいることと同義であり、つまり【魔王】を体内に入れていることと同義であり、その時点で【魔王】は体内から勇者を自由に攻撃できるということであり、心臓や脳を一瞬で破壊することができるということである。そのような状況になればさすがの勇者でも対応できはしない。再生魔法を使ったりして一瞬生き長らえることはできるかもしれないが、それも一瞬のことである。再生魔法を超えて攻撃されたらその時点で死亡は確定。人類の敗北も確定する。

「これは……アルジェンの、か」

 一瞬で勇者の魔法を理解した魔王が勇者の背後から現れる。『免疫機構』が排斥するものは魔力であり魔力以外の物質的実体ではない。『肉』、肉体を現した時、その肉を排斥する能力はないのだ。自分の魔法の欠点を知らない勇者ではなく、(厳密に言うと『勇者の魔法』かと言えば違うのだが)、それを容易に見破られること、あるいは知っていることも勇者は予測していた。その対処も考えてある。だが、

(……予想してはいたが、『ここまで』、か)

 魔王が現れたのは背後だけではなかった。その尋常でない存在密度は、ただの一箇所から『肉』を現すだけでは満足せず、至る所から『肉』を現した。視界を埋め尽くすほどの魔王が周囲に現れ、勇者に向かって手を伸ばした。

(その美貌も相まって、かもしれないが、こんだけの数の同じ顔をした少女に手を伸ばされるってのは一種のホラーだな)

 故に勇者は自らの周囲に『攻撃』の魔法を放った。数十の魔王が消滅し、だが、それでもまだまだ残っている。

「なら、こうしよう」

 勇者は魔法陣を展開・発動する。勇者を中心として球状に光る紋様が浮かび上がる。それは高速で回転し――消える。

 その瞬間、魔王はすんなりと勇者の元へ流れこむことができた。魔王は疑問を浮かべた。転移魔法でも使ったのかと思い、周囲を確認した。しかし、勇者の気配は微塵も感じられない。

「これは、いったい……」

 その答えはすぐにわかった。魔法陣はただのブラフだった。注意を散漫にさせるためのブラフ。

 魔王は『眼』で魔法陣を見たのであり、ただ光るだけの魔法陣であるならば、その時点ですぐにわかったはずだ。実際、魔王が見たあの魔法陣には信じられないほど緻密な術式が描きこまれており、魔力も相当な量が注ぎ込まれていた。それなのに、何故……。

(いや)

 魔王は気付いた。

(それこそが、『ブラフ』か)

 そう。それこそがブラフだった。緻密な術式の魔法陣。膨大な魔力。その二つを犠牲にすることまでがブラフの一つ。ただのブラフにそれだけの犠牲を払うわけがないという思い込み。それまで、見透かされていた。

 魔王の目前には、今、無防備の勇者がいた。魔王は勇者に近付くことができた。そして、魔王たちは一斉に勇者の方へと流れ込んだ。

 だが、魔王は、それが『本当に勇者か』と疑ってしまった。『勇者が無意味なことをするはずがない』。そう思ってしまっていた。『罠』だと思ったのだ。

 それは事実だった。ただし、『罠』であるのは、『そう思わせることそのもの』だったのだが。

「やはり、バカだな。お前らは」

 勇者は笑った。その手は魔王に触れていた。

『捕食』。

「――当然、まだまだだ」

『捕食』、

『捕食』、

『捕食』。

 勇者は魔王の注意がこちらに向かない隙を狙い、『時間魔法』を使った。自らの魔力のほとんどを一気にしようした時間魔法。勇者はこれを『隠蔽』の魔法と併用し、一気に自らの主観時間を加速させたのである。そして『これ』にはそれだけの価値があった。

 魔王が『時間魔法』を使い、『追いついてくる』より先に、勇者はできる限りの魔王を『捕食』した。それらから得られた魔力量は先ほどまでに得たすべての魔力量を超える。勇者はさらにそれを使って『時間魔法』を行使、さらに加速する。

『捕食』、『捕食』、『捕食』、『捕食』、『捕食』、『捕食』、『捕食』、『捕食』――

 そして、時が止まる。勇者もそれに『引っ張られ』、同時に魔力の消費がゼロに変わる。

「……驚いたぞ、勇者」

 魔王は既にエレクトロの魔法――自らの存在を充満させる魔法を解除していた。魔王は思ったのだ――(もし、勇者が『我』を捕食できるのなら)――当然、それをやる機会はいくらでもあったはずであり、わざわざ今になるまでやらなかった理由は理解できない。

(だが、相手は『勇者』だ。警戒するに越したことはない)

 魔王が警戒したのは、存在を希薄化させた状態の自分に勇者が『捕食』の魔法を使えるかもしれない、ということであった。もしそうなら、魔王が勇者を『体内』に入れるということは、いつでも『捕食』される危険を受け入れるということになる。わざわざ『的』を大きくしてしまうのだ。そんなこと、するわけにはいかない。

(そもそも、それをしなければ勝てない相手でもない)

 策としては勇者の方が上手だが、戦力としてはまだまだ魔王が圧倒している。もしも勇者が希薄化した状態の魔王に『捕食』を使えなかったとしたならば、魔王はエレクトロの魔法で勇者を『体内』に入れておくだけで勝利することができる。先ほどのように『肉』を現さなければ、勇者が魔王に対向する策はなくなるのだ。アルジェンの『免疫機構』を使うのだろうが、やがて魔力の限界がくる。今、勇者が魔王から奪った魔力の総量は……魔王が有する魔力量の一万分の一程度だ。最初にどれだけの魔力量を持っていたのかは知らないが、それを加えても魔王の魔力量には遥か遠いだろう。持久戦に持ち込めば勝つのはどちらか、など考える必要もない。

 だが、『もし』が恐いのだ。『もし』、希薄化した状態の魔王を『捕食』することができるのなら、その時、魔王は危機に陥る可能性がある。あの『捕食』の魔法は、それだけ危険な魔法だ。そんな危険を冒すわけにはいかない。

 魔王は二択に迫られ、選んだ。

『ほとんど確実な勝利』と『敗北の可能性の排除』。

 魔王は迷わずに後者を選んだ。

 重要なのは『勝利』ではなく、『負けないこと』。魔王はそれをよくわかっていた。だから、後者を選ぶことができた。そしてそれは、勇者も知ることだった。魔王が後者を選ぶ存在だということは、この短い間でも、勇者にはわかったのだ。

(……どうやら、やってこないようだ)

 勇者は安心した。彼は存在が希薄化した魔王を『捕食』などできなかったのだ。魔王の精神分析からこちらを選ぶことは予想していたが、それでも不安なことは不安だった。勇者は思わせぶりな表情を保っていたが、それもただの虚勢だった。それが勇者の強いところでもあるのだが……。

「驚いた?」勇者は笑みをつくった。「お前、どんだけ驚けば気が済むんだよ」

 魔王は冷静にうなずいた。「我を驚かせる者など、魔族にはほとんどいなかったからな」

「そりゃあそうだろ。お前は一応『王』だしな。そんな奴を驚かすなんて、人間世界なら極刑でもおかしくない」

「そうなのか? 魔族もそれを知っていたから、我を驚かさなかったのかもしれぬな。我は驚くことも嫌いではないのだが……人間め」

「おいおい人間のせいにするなよ。いや、人間のせいなのかもしれないが」

「きっとそうだ。まったく、人間は短気過ぎるぞ。もっと穏やかに生きろ」

「魔族に言われちゃ敵わないな。なんたって、お前らには寿命もないんだもんな。永遠の時間を持つ者と有限の時間を持つ者。この二人に精神の差が現れるのは明白だ」

「そうかもしれん。だが、だからと言って正当化するのはいただけないぞ。理由はどうあれ、悪は悪だ」

「ごもっともだよ、魔王サマ。まったく、お前らの正論は耳が腐ってしまいそうだ」

「我としては腐ってくれても構わないがな。その方が戦いやすいだろう」

「その言葉は意外だな。フェアに戦いたいんじゃないのか? 魔族なら」

「そうだな。普段ならそう思うかもしれない。だが、今はそんな場合ではない。今最も優先されるのは、お前を殺すことだ」

「違いない。少なくとも俺はどんな汚い手を使ってもお前に勝つつもりだしな」

「勝てはしない」

「それはどうかな」

「なら、証明しよう」

 魔王は魔法を使った。尾などで攻撃してはこなかった。その魔法はどこかで見たことがあった。そうだ、確か、『第五』の――

「――あれはッ」

 早く『介入』しろ。止めろ。今すぐに止めなければ。いや、魔法構成速度が速すぎる。間に合わない――

「さあ、喰らうがいい」

『魔法』。

 信じられないほどの魔力が一瞬にして消費され、そのすべてが放出される。ただ膨大過ぎる魔力を圧縮し、一気に吐き出すだけの魔法。

 しかし――

「我のすべての魔力量。その、百分の一だ」

 その単純な魔法は、魔王ほどの魔力量を有する存在にとっては最大の攻撃魔法に転じる。

「――我が炎は魔を滅す。すべてを燃やし、消滅させろ――!」

 勇者は咄嗟に『詠唱』をし、魔法陣を展開した。発動する魔法は『魔法燃焼』。

「ゾォルの魔法か」

 魔王は『眼』で見て呟いた。

「しかし、無駄だ」

 魔王の身体が、太陽よりも眩い光に埋め尽くされていた。

「これは、『それ』では防げない」

 そして、放出。

 魔王の身体を中心に魔力が四方八方すべてに放出された。一切の逃げ場はなかった。勇者の魔法陣から炎が顔を出し、魔力を飲み込もうとするが無駄だった。炎は魔力を燃やしたが、その間に後からくる魔力に飲み込まれた――いや、飲み込まれたとは正確な表現ではない。正確には、そのまま『押し流された』。

 まるで津波のようだった。津波が炎を運んでいた。魔力の津波はすべてを流し尽くしていた。

 それは勇者も例外ではなかった。勇者はいくつもの魔法陣を展開し、『免疫機構』などの魔法も懸命に使った。

 しかし無駄だった。そのすべては無駄だった。

 魔力は勇者を飲み込み、そのまま壁へとぶつかった。その壁は厳重な壁で、一種の魔法でもあった。勇者と魔王の戦いの余波でひどく傷ついてはいたが、まだ壊れてはいなかった。しかしたった今壊れた。魔王の魔力の百分の一もの魔力を使った魔法は、その壁を薄い紙でも破るようにして破った。魔王城に穴が空き、そこから魔力が流れだした。外の人間は混乱していた。彼らからすれば、突然魔王城が魔力の海に変わったようなものである。人間も魔族もそれから逃げた。しかし魔王も自らに忠を誓っている者たちを殺すつもりはなかった。魔力は人間や魔族たちを飲み込むより前に止まった。地面から三十メートルほどを区切りにして、ぴたりと止まった。魔王が右手をぎゅっと閉じると、魔力は跡形もなく消え去った。後には何も残らなかった。

(……)

 これで勇者は死んだ。勇者が何らかの策を講じて生き残っている可能性は万に一つもない。

 魔王がはっきりそう思えるのには根拠があった。

『眼』だ。

 魔王はその『眼』で見た。『眼』は魔法を見る。魔力を見る。魔王は勇者の全魔力が自分の魔法に飲み込まれて消滅するのをはっきりと見たのだ。

 これで戦争は終わった。後は残っている人間を大人しくさせることだけだ。

 あの魔法を使えば、それだけで魔王は勝利することができたし、実際そうなった。しかし今まで魔王はあの魔法を使わなかった。それは決して魔王が本気を出していなかったわけではなかった。魔王が今まであの魔法を使わなかった理由は単純で、つまり今まで使えなかったからだった。魔王ですら、自らの魔力量の百分の一を圧縮し、一気に吐き出すためにはかなりの時間がかかったのである。正確には、その『準備』が、だが。

 魔王は勇者が『介入』の魔法を使えることを知っていた。だから使うのに時間がかかる魔法は使うことができなかった。そして魔王は考えた。なら、時間を使わなければいい。魔王はあの魔法を一瞬で構成するために、最終段階に至るまでの『道筋』を考え、つくっていたのだ。それが『準備』。そしてそれは『介入』されるような『魔法』ではなく、ただの『思考』に等しいものだった。

 魔族の『思考』。それは一種の術式だった。感性で魔法を使う魔族にとって、『思考』して魔法を使うなんてことは滅多にないことであり、当然、それは魔王も同じだった。だから勇者も気付かなかった。あるいは、予想はしていたのかもしれない。だが、対処できなかった。結果として、魔王はここにいて、勇者はここにいない。

 魔王は何のよろこびも見せなかった。早く戦争に加わらなければならなかった。今現在、人間と魔族は戦っている。魔族の戦死者を少しでも減らすために、一刻も早く、戦いに参加しなければ。

 まずはアルジェンに連絡しよう。その後にシャムだ。もしかしたらあちらは戦いが続いているかもしれないが、その時は自分が片付ければいい。勇者がいなくなった今、自分と『戦う』ことができる人間はいないのだから。

 魔王はアルジェンを探した。そして理解した。

 アルジェンは既に死んでいた。


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