第五節 -25- 【魔王】
魔王。
魔族の王でありながら、人間の姿をした存在。
人間にとって、『守るべき存在』とは『女』や『子供』であり、その二つを兼ね備えている存在が『少女』である。
魔王の姿は『少女』のそれと同じもので――しかし、同時にまったくかけ離れたものだった。
守られるべき、か弱く、儚いはずの少女の姿。しかし、魔王の『それ』は、偉丈夫のように……あるいは、偉丈夫よりも、圧倒的な威容を放っていた。
光が織り込まれているような金の髪。
幾千の時を重ねて精錬された宝石のように紅き双眸。
この世のすべての色を消し去った後に残るような、完全なる虚無の白を体現した肌。
その肢体は一見すると、細く……折れてしまいそうなほどに細いが、絶対的な黄金の均整を保っているが故に、この世のどんな山をも超える安定を持っている。
人間にはあり得ないほどの、絶対神聖の美とも言える容姿の持ち主。
それが、魔王だった。
その双眸が――紅く、森羅万象を魅入らせるような魔を放つ紅を有するその双眸が、今、変わった。
『魔王と勇者は似た者同士』。
どうしてか、そんな言葉が勇者の思考に浮かび上がった。
『魔王と勇者は、「同じ」だ』。
何故、今そんな言葉が浮かび上がったのか。
そんなことは考えるまでもない。
魔王の『眼』。
――そう、魔王の『眼』が、変わったことが原因だ。
まず、その紅の縁に、【黒】が混じった。
最初、それは単に、魔王の魔力と重なって、偶然、そう見えただけかと思えた。
しかし、その【黒】は、少しずつ、少しずつ、紅を侵食していった。
水晶に走る亀裂のように、その紅には、少しずつ、【黒】の線が走っていったのだ。
そうして、『眼』は完成する。
【黒】が走った結果――いや、【黒】が『描いた』もの。
それは、一つの魔法だった。
『眼』。
この単語に、聞き覚えがあるはずだ。
ここでもう一度、復唱しよう。
『魔王と勇者は似た者同士』。
『魔王と勇者は「同じ」だ』。
――もう、言うまでもない。
魔王は、
【魔王】は、
今、
勇者と同じ『眼』を持った。
……これは、最初から魔王が持っていたものか?
『似たもの同士』」とは、同じ『眼』を持っていることを表した言葉か?
――否。
それが違うことはわかっている。
決して、魔王は最初から『眼』を持っていたわけではない。
では、魔王と勇者の何が『同じ』なのか。
それは――
「勇者」
その『眼』で勇者を直視し、
「貴様の、その、『眼』」
魔王は、笑った。
「――『征服』した」