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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -23- 魔王

 まずは様子見とばかりに、勇者は剣で『切断』の魔法を行使した。とても反応できるような速度ではなかったはずだが、魔王は難なくそれに反応。障壁を張り、防ごうとするが、失敗。魔王の身体は真っ二つに。

「これは……アルジェンの『世界切断』のようなものか」

 真っ二つになりながらも、魔王は冷静に分析する。

「これを防ぐのは難しそうだ」

 言ってる内に、二つに別れたはずの身体は互いを引っ張り合うように動き、繋がる。

「そもそも、防ぐ必要もないが」

 勇者にとってそれは想定内だった。効果があったら良いという程度のものだ。気にするな。引きずることはない。突き進め。

 勇者は魔力放出により高速移動。同時に『攻撃』の魔法を一切の予備動作なしに連発する。その『攻撃』の概念以外のすべてが排除された魔法を感知する方法はない。

 だが、魔王は油断しなかった。発動したことすら感知していなかったが、『読んで』はいた。勇者の移動した軌道をなぞるように、ただただ膨大な魔力を放つ。それは『攻撃』の魔法を飲み込み、しかしすべては飲み込み切れず、『穴』が生じた。その延長線上が、『攻撃』の魔法の軌道だ。となれば、避けることは容易である。

 当然、勇者はそれも読んでいた。

 魔王が回避した方向。それは勇者によって誘導された方向だった。そして、そこには、勇者がいる。

「む」

 すぐに魔王は勇者に気付いた。勇者の狙いに気付いた。しかしもう遅い。こちらに来てしまった時点で、勇者の思い通りだ。

 勇者は手を伸ばし、魔王に触れようとする。『捕食』の魔法。それを発動しようとする。

 が、

「良い。が、それでは無理だ」

 魔王の髪が意思を持つかのように動き、勇者の脚に絡み付く。魔族の身体は変幻自在。それは人間のような姿をしている魔王も例外ではない。髪はそのまま勇者を投げ飛ばそうと――

「無理? 勝手に決めるなよ」

『切断』。

 髪が切断され、勇者は自由の身に。魔力放出による高速移動。魔王の肩に触れ――

「いや、無理だな」

 ――たかと思うと、肩が大きく陥没。同時に再度魔王の髪が勇者を襲う。

 勇者は舌打ちし、魔力放出を逆に。魔王から距離を取る。その途中に『攻撃』の魔法による牽制は忘れない。

「またか」

 髪が『攻撃』の魔法に触れたことにより、魔王は魔法の存在を感知。回避。

「うねうね動きやがって。気持ち悪いな、それ」

 悪態をつきながら、勇者は魔法陣を展開。気付かれないよう細心の注意を払う。

「そうか? まあ、動かない者からすれば、そう思うのも仕方ないことか」

 魔王の髪が重力に反した動きをする。……いや、あれを『髪』と思うべきではないか。少なくとも、人間と同じ次元で考えてはいけない。人間の形をしているから人間と同じように考えてしまうことはあるが、それではいけない。あれは魔族だ。肉体は変幻自在。どうにでも変わるのだ。固まった思考ではいけない。柔軟に適応しろ。

「しかし、我が『戦う』のは随分と久しぶりだな。少し、勘を取り戻すのに時間がかかりそうだ」

「久しぶり? 久しぶりって、前に戦ったのはいつの話だよ」

「覚えてないな。人間が生まれるよりは前かもしれない。我が『魔王』でない時代、まだ魔族が統一されていない時代のことだ」

「そうか」展開終了――発動。「よっ!」

 床一面に魔法陣が張り巡らされる。激しい光を放つ魔法陣は魔王の脚を駆け上がる。奇妙に感じた魔王はその場を跳ぶが、その程度で途切れることはない。魔法陣は魔王の身体を駆け上がり、這いずり回る。

「これは……?」

 魔王は怪訝に自らの身体を見つめる。何が起こった? 何が起こる?

「何が起こったか、知りたいか」

 勇者が言う。右手を開き、手の平の上に、光る何かが乗っている。あれは……人型の、シルエット? それも、小さな女の子のような――

「まさか」

「そのまさかだ」

 勇者はそのシルエットを握り締める。同時、魔王の身体が何かに締め付けられたようになる。そのまま勇者は『攻撃』の魔法を発動。魔王に向かって放たれる。

 魔王は一瞬、思いを巡らせる。その一瞬の内に、魔法は途轍もない速度で魔王に迫る。だが、『一瞬』あれば十分だった。

「中々に複雑だが、我を縛っておくにはまだまだ粗いな」

 魔王はその『一瞬』で、勇者の魔法を解析、攻略、解除した。そうして難なく『攻撃』の魔法を回避する。

「ピーピリープリー……『第二十』の魔法よりも下だな。あれの『夢幻』には、我も一目置くところがあった」

 確かにあれよりは下だろう。勇者はわかっていた。今の魔法は、確かに、『第二十』の魔法よりは下だろう。

 そう、『わかっていた』。

「だが、それを気に病む必要はない。あれは魔族の中でもかなりの使い手だ。我に次ぐ程度には魔法の扱いが上手かった。あれで魔力量さえあれば、勇者、貴様にも遅れは取らなかっただろうが……いや、仮定の話などしても仕方ないか」

 こうなることは『計算のうち』だった。

「そして、失礼だったな。戦いの途中に、このような話をして」

 つまり、

「では、戦おうか」

 あれはただの布石だった。

「言われなくても」

 勇者が歯を剥いて笑った。同時に、魔法陣を展開。単純な魔法陣で、一瞬で展開できた。

 魔王が怪訝に魔法陣を見る。あのような単純な魔法陣で、何をしようと――

 気付く余裕は与えない。

 発動。『連結』。転移魔法の応用。

 魔法陣を展開したり発動したりするには魔力を流し込む必要がある。魔力を流し込むということは、魔法陣と術者の間にその魔力を通す経路があるということ。

 その経路はあまりにも長過ぎてはいけない。ある一定以上の距離があいた状態だと、魔力を流し込むことに失敗する可能性が高くなり、また、間に障害物がある場合、発動できなかったりする。

 そこまでは実験でわかっていた。普通の人間なら、ここで思考は一つの終着を迎えるだろう。『そういうもの』として受け入れるだろう。

 だが、勇者は違った。

『なら、どうすればいいのか』。

 それが勇者の思考だった。

 不可能を不可能として受け止めるのではなく、可能にする方法を模索する。

 そして、それを実現するのが、勇者という人間だった。

 先述の魔法陣。あれがその『解決策』だった。正確には、『解決策』の一部だった。

 転移魔法。それは距離を超える魔法だった。ある意味でそれは、特定の二点を結ぶ魔法とも言えた。特定の二点間の距離をゼロにする魔法とも。

『特定の二点間の距離をゼロにする』。

 それが何を表すか。

 それと先ほどのこと。その繋がり。それが思い付けば、答えはそこにあった。

 転移魔法を応用すれば、ある一定以上の距離があろうと、間に障害物があろうと関係ない。

 実際の距離は関係ない。客観的距離は問題ではない。ただ問題なのは、『魔力』の主観的距離なのだ。

 そして、その主観的距離がゼロになった時。

 その間の何物をも飛び越えて、経路は『連結』し、魔法陣を発動できるようになる。

 そのための布石が、先ほどの魔法陣。

 あれが魔王の身体を這った時、魔王の身体の内に、もう一つ――『本命』の魔法陣を入れた。それは未だに魔王の身体に残っている。

 つまり、今、勇者がしたことは――

「……む」

 魔王が眉を顰め、自分の身体に起こる異変に気付く。遅い。遅過ぎる。

 魔法はもう発動した。

 魔王の内にある魔法陣の展開と発動は、既に実行されたのだ。

「爆ぜろ」

 勇者が言った、その瞬間、

 魔王の肉体は、内側から爆発した。


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