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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -21- 【人魔戦争】

 風がサヤの髪を撫でつけている。

 ぴゅうぴゅうと音が響いている。

 隙間風のような音。

 サヤは警戒を強める。この風がシャムによるものだということはわかっていた。シャムの魔法だということは。

 膝にある穴に、風が通っている。あるいは、あそこから風が吹いているのかもしれない。風が穴を通るときに、ぴゅうぴゅうと音が鳴る。

「行くぞ」

 と、声が聞こえる――その時、サヤの腹に、感触があった。シャムの右手だ。ぎゅる、という音とともに、シャムの右手に風穴が空く。すると、その穴に風が通り、サヤの腹に当たる。サヤはその風に――どうしてか、吹っ飛ばされる。

 音すらなく、ただ衝撃だけが大気を揺らした。

「いっ、あ――」

 腹を抱え、げほげほと咳をする。喉の奥から胃液がこみ上げ、逆らえず、嘔吐する。べちゃっ、と音がして、胃液や未消化物が混ぜこぜになったものが床に貼り付く。

 目の端に、何かを捉えた。

 はっとして、魔法を発動。『攻撃』の魔法。勇者と同じように、何の予備動作もなく、四方八方に威嚇のように魔法を放つ。ばんっ、と何かが弾けたような音がして、見ると、遥か遠くにシャムの姿があった。

 警戒しながら、サヤは自分のダメージを確認する。衣服にも攻撃を防ぐ魔法を幾重にも紡いでおいたはずだが、破れている。腹の部分が露出し、へそが見える。

 魔法を使い、服を再構成する。そして、考える。

(今、何が起こったの……?)

 勇者ならば、すぐさま見破ったかもしれないが、自分にはそれほどの頭はない。何が起こったのか、未だに理解できないでいる。

「予想外だ、人間。あれを、耐えるとは」 

 シャムの声。

「当然じゃない。あれくらい」

「そうか」

 そして、また。

「なら、調整するまでだ」

 声が聞こえると同時に、腹に感触。今のは、見えた。かろうじて、見ることはできた。

 何のことはない。ただ、音と同じ速さで動いているだけのことだ。

 だが、見えたことと反応できることは、イコールではない。

 魔族の手に空いた穴に、風が通る。すると、その勢いが激的に増す。いっぱいの水がはいった容器に穴を空けると、水圧により、想像を遥かに超える勢いで水が吹き出すが、それと同じように、風は風とは言えないほどの凄まじい勢いとなり、サヤの腹部を襲う。

 風の槍とも言えるそれは、難なく防護魔法を破り、さらには、サヤの腹部を貫いた。

「――ぁっ!」

 ふわり、とサヤの身体が浮き、吹っ飛ぶ。ごぽっ、と口が血で溢れ、窒息しないように、吐き出す。むせ返って、何度も咳をする。同時に、回復魔法を使い、腹部を再生。痛覚を残し、痛みを遮断する――『知覚』を残し、『感覚』を遮断すると言った方が適切だろうか。

 防護魔法を再構成し、その時、風を感じた。

「反転――」

 サヤが呟く。

 すると、風は衝撃だけを残し、サヤから離れていく。遠くにシャムの姿が見えた。こちらを警戒している。

「加速」

 サヤは時間魔法を使い、自らを加速させる。これで、同じになったはず。

「行って」

 腕を振ると、光球が発生し、言葉に反応し、光球はシャムに向かう。音速など遥かに超えた速度だ。そういうイメージで――あわよくば、光速にまで達するイメージでつくったものだから、それなりの速度になっているはずだ。

「割れて」

 だが、直線運動になってしまった。それだと、軌道が読まれて、避けられるかもしれない。よって、散らすことにした。

 光球はサヤの言葉に従い、割れる。ばらばらに。散弾になる。

 その時には、既にシャムの眼前にあり、当たる。

 光球は難なくシャムの肉体を貫き、肉体に、何十、あるいは何百もの穴が生じる。

(やった。でも、この程度じゃ)

 油断せず、サヤは警戒する。シャムの一挙手一投足を注視する。

 ――と。

 視界が真っ暗になった。

 それに遅れて、呟くように、小さな声が聞こえる。まるで、遠くから聞こえたような声が。

「失策だったな」

 サヤの顔を覆う何かに、穴が空いた。そこから見えたのは、シャムの顔と、腕。

(やばっ――)

 そう思った、直後。

 その穴に、風が、通った。


          ◆◆◆


「死ね」

 魔法が発動する。しかし、免疫機構に阻まれ、作用しない。

 グローリーは舌打ちをして、空間停止により固定化され、足場と成った空間を蹴り、移動する。グローリーはそのような空間をいくつも作っており、だからリストもそれを利用することができた。

 リスト、グローリーは二人とも眼に魔法陣を刻んでいた。勇者のようなものではない。停止された空間を見るための魔法。『魔力の視覚化』をする魔法とでも言えばいいだろうか。

 故に、彼らは『第三』の魔力――その静謐により、ただの魔力のまま『免疫機構』という魔法へと変じたそれを、見ることができる。

「褒めてやりたいところだが」

 第三の右腕、刃がすうっと動き、グローリーに向く。

「たとえ忠臣であっても、同胞殺しは重罪だ」

 世界切断。

 しゅっ、と刃を振り、世界を切断する。

 しかし、グローリーは自らに停止魔法を使い、不自然に急停止したため、切断されずに済んだ。当然、それを見て、第三は再度、刃を振る。

 その時には、グローリーにかかった停止魔法は解かれており、彼は自らが停止した空間を足場にして、密室で球が跳ね回るがごとく、不規則な軌道で移動し、世界切断を避ける。

 第三は驚き、賞賛したくなった。人の身でこの領域にまで……。勇者は例外ではなかったのか。

 そんな時、地が割れた。

 第三の真下の地面に亀裂が走り、割れたのである。

「む」

 驚愕とともに見ると、リストが通信魔法を使っているようだった。良策。『免疫機構』のある限り、自分には通常の魔法は通用しない。それを見て、地を割るなどという思考に至ったことは、褒めるべきことであろう。

 この戦場の地形が、人間の魔法によって変えられていくことに気付かないほど鈍感な者はいない。そして、その魔法が個人でできるような規模でないことは明白。とすれば、この二人ではなく、リストの通信魔法先の相手こそが、この戦場の地形を変化させている人間だ。

 第三はそこまで推測し、下方に向かって、刃を振った。

 黒い線が引かれる。

 落下し、黒い線に触れ、すると、線は広がり、亀裂となる。『世界の割れ目』となる。

『割れ目』の中。暗闇すらない虚無であり全てが存在する混沌の中、第三は、もう一度、刃を振った。

 線が引かれる。

 第三はそこを通り、任意の場所へと出現できる。消えた場所から上方に50メートル。そこに第三は出現した。

 グローリーもリストも、それには驚かなかった。第三が黒い線から出現したことからも、それは十分に予測できることだったのだ。

「曲がれ、歪め、捻れ、回れ」

「死は停止。生命の停止」

 待ち構えていた、とでも言うように、彼らは詠唱をしていた。第三は刃を振り、詠唱をやめさせようとするが、彼らは詠唱をやめない。

 そして、詠唱は終わる。

「混沌の渦よ、彼を巻き込み、その境界を無くせ」

「その裡と外を繋ぎ止め、全ての停止へ」

 嵐が巻き起こり、強力な停止魔法が第三に作用する――


「無駄だ」


 ――わけもない。

『免疫機構』を破らない限り、一切の魔法は、第三に通じない。

「わかっているだろう。これを破らない限り、それは効かない。あきらめろ。抵抗するな。私が、今、楽にしてやる」

 慈愛に満ちた声。

 それだけで、第三が本当にそう思っていることがわかった。

 第三の慈愛の深さ。人間に対する感情は、愚かとしか言えないほどのものだ。

 まさしく、『聖人』と呼ばれる者のそれだ。

 だが。

「却下だ」

「同じく」

 彼らは即答する。

「拒否権はない」

 第三が刃を振るった。世界切断。グローリー、リスト、両名はそれを避ける。ただの直線上の攻撃。刃の軌道の延長線上にいなければいいだけの話。簡単に避けることができる。

 だが、それだけでは終わるはずもない。第三の刃を振るスピードが速まっていく。どんどんどんどん速くなっていく。

 第三を中心に四方八方に逃げ回る両名だが、その額に汗が滲み始める。絶えず口を動かし、身体が淡く光っている。身体に魔法陣でも刻んでいるのだろう。それにより、魔法構築速度を上げる。その手法は第三も聞いたことがあった。なるほど合理的である、とその時には思ったが、このように魔法の発動が悟られるのならば、あまり良いとはいえないのかもしれない。

「予想以上だ、敬意を表そう」

 直後、第三の角ばったフォルムが変形する。くるんくるんと刃が、人間ならば肩の部分が、回転し、折れる。かくんかくんと折れ曲がり、変形していく。そうした変形を続けた後、驚くべきことが起こった。――あるいは、魔族であれば、当然のことが。

 刃が増えた。

 身体中に刃が生え、それが移動している。終には、第三そのものの形状までも変わっていく。――ああ、そもそも、刃を『振る』という表現からして間違っていたのかもしれない。それが世界切断の条件のような誤解を与えてしまっていたのかもしれない。

 しかし、それは違った。

 刃こそが世界切断の発生源であり、それを振るうのはなんでもいい。

 振るわなくてもいい。

 ただ、切断すればいいのだ。

 斬ればいいだけの話なのだ。

 つまり――

「避け切れるか?」

 第三の身体中に生えた刃が、第三の身体を走った。蛇が這うごとく、刃が第三の身体中を這う。すると、その刃の延長線上に、世界切断が起こる。世界そのものを切断するという規格外の攻撃。第三も一応は範囲を設定し、その他の魔族には届かない程度の距離にはしていたが、本来であれば、その延長線上のすべて、無限遠にまで届くすべてを切断できる魔法だ。それが、第三の身体中を走った、延長線上を、駆け抜けた。

 すると、どうなるか。

 そんなことは、説明する必要があるだろうか。

 その延長線上のすべてが、切断された。

 ネズミの一匹すら、通れないほどの密度で。

 鮮血が舞うことはなかった。鮮血が舞うような余裕はなかった。すべてが世界の狭間へと消えた。

 世界切断。

 第三を残し、設定した半径300メートル内の球形に、大地までもが世界の狭間へと、消えた。


          ◆◆◆


「地形魔法に変化を感知。『第三』によるものだと推測。グローリー、リスト両名の消息が不明。95・64・-50を中心に半径300mの消滅を確認――」

 姫が魔法を使い、人形の回線に割り込む。

「詳細を『魔法解析』に移行。全機体に適応を要求」

 言うと、同じことを人形が繰り返す。そして、また、元に戻る。

「13・魔法構成まで――」

 その傍ら、暁の目を持つ姫は口元に手を当て、ぶつぶつと何かを呟いていた。

「……どうする、どうすればいい……グローリーとリストは生きている……楽観的すぎる、却下、死んでると仮定して策を練るべき……でも、なんで、どうして、彼らが……わかってる、冷静になって、私、ぜんぶ、わかってるはず、今は、冷静にならなきゃ……地形変化も、どうなったかわからない……亀裂が入って、取り入れやすく……逆転、でも……」

 必死の形相で、ぶつぶつと呟く。まさに鬼気迫る表情であった。尋常ならざる状態であった。

「……うん」

 姫は暁を一度、閉ざした。そして、ゆっくりと、帳を開き、その暁で、しっかりと戦場を見据える。

「『第三』には近づかず、遠隔魔法だけで攻撃。20から50くらいまでは、ぜんぶ、『第三』への対処にあたった方がいいですね。でも、これだけ大規模だったら、ちょっと他のヒトたちの承認を得ないと……」

 姫に付く少女が言う。「全承認を確認しました。良策、だそうです」

「わかりました」

 姫がうなずく。

「ありがとう、ユンメル。では――」

 暁の姫は傍らの人形に触れ、伝令。

「――20から50に、将軍が命ずる――」


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