↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

保護者ロボットが、私の失敗作の名前を記録から消してくれない

保護者ロボットが、私の失敗作の名前を記録から消してくれない

作者: 歯車
掲載日:2026/10/13

 芋の皮が、天井に貼りついていた。


 皮だけではない。芋も三つ、土間の隅まで転がっていた。アニカは取っ手を握ったまま、しばらく動かなかった。


「初回試験」


 工房の隅でバレルが言った。樽の形の鉄の胴が少しこちらへ傾いた。


「結果を記録します」

「しなくていい」


 バレルが作業腕を伸ばして、天井の皮を一枚はがした。


「皮の飛び散った範囲、半径二メートル四十。天井への付着、十一枚。むけた芋、なし」

「しなくていいって」



 ことの起こりは、秋祭りの炊き出しだった。


 炊き出しの芋むきは、くじで回る。今年、工房に回ってきたのは百個だった。


「樽さんの腕もあるんだから、百でもすぐだろう。あとで、わたしも手伝いに来るからね」


 世話役のおかみさんは、くじの紙をアニカの手に握らせて帰っていった。


 百個の芋を手でむく。バレルが先に、作業腕で一つ削った。皮は薄く、むらがなかった。


「規定の厚さで一個に四分です。百個で、六時間四十分」


 アニカは三つむいたところで、包丁を置いた。


「道具を作る」

「そうおっしゃると思っていました」


 古鉄の山から古い洗濯桶を出して、内側にやすり板を張り、底に手回しの円盤と、水の抜け穴を一つ付けた。回せば、芋は桶の中で転がって皮だけが削れ、皮は水と一緒に穴から流れる。


 理屈は、合っていた。


 組み上がったところで、バレルが聞いた。


「名称を登録します。何と呼びますか」

「名前なんていらない」

「登録欄が空欄のままです」


 アニカは桶の中をしばらく覗いた。


「……つむじ風」

「つむじ風。登録しました」


 アニカは取っ手を思いきり回した。



 原因は、すぐ分かった。


 回しすぎだ。円盤が速すぎて、芋が桶の縁を越えて飛んだ。削れた皮は水に流れる前に、円盤に弾かれて天井まで飛んだ。理屈は合っていた。手が、合っていなかった。


「名称と結果が、一致しています」


 アニカは台に乗って、天井の皮を棒でこそげ落としながら言った。


「名前、変えるから。芋むき機、でいい」

「それは名前ではなく、用途です。改名の申請を受け付けます。旧名称も記録に残ります」

「残さなくていいってば」

「規定です。名称の履歴は消せません。改名の申請には、理由の記入が要ります」

「天井に貼りついたから」

「記入しました。『天井に貼りついたため』」

「読み上げなくていい」

「台の上で、つま先立ちになっています。支えます」


 作業腕が背中に当てられた。アニカは皮をこそげ続けた。


 直し方は二つ。桶に蓋をする。回る速さを落とす。鍋の蓋一枚を桶の口に合わせて削り、真ん中に水を落とす穴を開けた。取っ手と円盤のあいだに歯車をひとつ噛ませて、取っ手を三回まわすと、円盤が一回まわるようにした。


 組み直した桶を手のひらで二度、軽く叩いた。


「よし。今度は暴れないでね。お姉さんが見てるから」


 桶の中にだけ落とした声だった。


「その桶は、あなたが赤ん坊のころ、湯を張って使っていました」


 バレルが言った。


「当時暴れたのは、あなたのほうです」

「……うるさい」


 蓋の穴から水を落として、取っ手をゆっくり回した。蓋の下で、芋がごろごろと転がる音がする。水が皮を連れて、桶の底の穴から落ちていく。蓋を開けると、芋が五つ、白い肌になっていた。


「むけた」

「むけました」


 バレルが記録を一行足した。


「つむじ風二号、初回試験、成功」

「二号って何よ」

「改名の申請は、まだ受理していません」



 しばらくして、工房の戸が叩かれた。開けると、世話役のおかみさんが前掛けを締めて立っていた。


「手伝いに来たよ。……おや」


 土間には、むき終わった芋が百個、白い山になっていた。


「百個。所要、二時間十分。昼食、まだです」

「あとで」


 おかみさんは、芋の隣の洗濯桶を覗きこんだ。


「何だい、こりゃあ」

「芋むき機」

「つむじ風二号です」


 アニカとバレルの声が重なった。


 おかみさんは二つを聞き比べて、名前に聞こえるほうを取った。


「つむじ風かい。いい名だ」


 芋と一緒に、桶も広場へ運んだ。


 共同井戸のポンプの横に、街の機械が並べてあった。水車の歯車、粉挽きの石臼、宿の柱時計。一年働いた機械に、夜になったら新酒を一杯注ぐ。それがこの街の祭りだった。おかみさんは桶を、その列の端に置いた。


「夜には、これにも注いでやらないとね」

「登録から、六時間です」


 バレルが言った。


「六時間でも、百個は百個だ」とおかみさんが言った。


 昼過ぎには、隣の鍋の当番が借りに来た。粉屋の、まだ背の低い息子だった。


「アニカ、つむじ風貸せって! 俺んとこ、まだ二十しかむけてないんだよ。借り賃は芋で払う。むけたやつ、ひと山」


 アニカは黙って桶を押しやった。夕方には来年も貸してくれと言われた。誰も、芋むき機とは呼ばなかった。


 日が落ちる前に、おかみさんが桶の縁に炭で名前を書きこんだ。世話役の帳面にも同じ字で一行。祭りのあとは世話役の倉に置いて、来年また貸し出すのだという。


 つむじ風。


 二号とは、書いてなかった。


「二号じゃ、なかったね」


 帰り道、アニカが言った。坂の途中で、バレルが止まった。


「街の記録にも登録されました。つむじ風、で」

「うん」

「初回試験の記録も、添えておきました」

「添えなくていいのに」


 アニカは坂を上りかけて、足を止めた。


「……三号の名前は、ちゃんと登録して」

「受理しました」

アニカとバレルの話は、連載『修理屋の少女は、壊れかけの保護者ロボットを直すため迷いの森を渡る』で続いています。

この祭りの夜に何があったことは、連載の一話『拾った日』で。


面白かったら、下の☆での評価やブックマークをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。