保護者ロボットが、私の失敗作の名前を記録から消してくれない
芋の皮が、天井に貼りついていた。
皮だけではない。芋も三つ、土間の隅まで転がっていた。アニカは取っ手を握ったまま、しばらく動かなかった。
「初回試験」
工房の隅でバレルが言った。樽の形の鉄の胴が少しこちらへ傾いた。
「結果を記録します」
「しなくていい」
バレルが作業腕を伸ばして、天井の皮を一枚はがした。
「皮の飛び散った範囲、半径二メートル四十。天井への付着、十一枚。むけた芋、なし」
「しなくていいって」
ことの起こりは、秋祭りの炊き出しだった。
炊き出しの芋むきは、くじで回る。今年、工房に回ってきたのは百個だった。
「樽さんの腕もあるんだから、百でもすぐだろう。あとで、わたしも手伝いに来るからね」
世話役のおかみさんは、くじの紙をアニカの手に握らせて帰っていった。
百個の芋を手でむく。バレルが先に、作業腕で一つ削った。皮は薄く、むらがなかった。
「規定の厚さで一個に四分です。百個で、六時間四十分」
アニカは三つむいたところで、包丁を置いた。
「道具を作る」
「そうおっしゃると思っていました」
古鉄の山から古い洗濯桶を出して、内側にやすり板を張り、底に手回しの円盤と、水の抜け穴を一つ付けた。回せば、芋は桶の中で転がって皮だけが削れ、皮は水と一緒に穴から流れる。
理屈は、合っていた。
組み上がったところで、バレルが聞いた。
「名称を登録します。何と呼びますか」
「名前なんていらない」
「登録欄が空欄のままです」
アニカは桶の中をしばらく覗いた。
「……つむじ風」
「つむじ風。登録しました」
アニカは取っ手を思いきり回した。
原因は、すぐ分かった。
回しすぎだ。円盤が速すぎて、芋が桶の縁を越えて飛んだ。削れた皮は水に流れる前に、円盤に弾かれて天井まで飛んだ。理屈は合っていた。手が、合っていなかった。
「名称と結果が、一致しています」
アニカは台に乗って、天井の皮を棒でこそげ落としながら言った。
「名前、変えるから。芋むき機、でいい」
「それは名前ではなく、用途です。改名の申請を受け付けます。旧名称も記録に残ります」
「残さなくていいってば」
「規定です。名称の履歴は消せません。改名の申請には、理由の記入が要ります」
「天井に貼りついたから」
「記入しました。『天井に貼りついたため』」
「読み上げなくていい」
「台の上で、つま先立ちになっています。支えます」
作業腕が背中に当てられた。アニカは皮をこそげ続けた。
直し方は二つ。桶に蓋をする。回る速さを落とす。鍋の蓋一枚を桶の口に合わせて削り、真ん中に水を落とす穴を開けた。取っ手と円盤のあいだに歯車をひとつ噛ませて、取っ手を三回まわすと、円盤が一回まわるようにした。
組み直した桶を手のひらで二度、軽く叩いた。
「よし。今度は暴れないでね。お姉さんが見てるから」
桶の中にだけ落とした声だった。
「その桶は、あなたが赤ん坊のころ、湯を張って使っていました」
バレルが言った。
「当時暴れたのは、あなたのほうです」
「……うるさい」
蓋の穴から水を落として、取っ手をゆっくり回した。蓋の下で、芋がごろごろと転がる音がする。水が皮を連れて、桶の底の穴から落ちていく。蓋を開けると、芋が五つ、白い肌になっていた。
「むけた」
「むけました」
バレルが記録を一行足した。
「つむじ風二号、初回試験、成功」
「二号って何よ」
「改名の申請は、まだ受理していません」
しばらくして、工房の戸が叩かれた。開けると、世話役のおかみさんが前掛けを締めて立っていた。
「手伝いに来たよ。……おや」
土間には、むき終わった芋が百個、白い山になっていた。
「百個。所要、二時間十分。昼食、まだです」
「あとで」
おかみさんは、芋の隣の洗濯桶を覗きこんだ。
「何だい、こりゃあ」
「芋むき機」
「つむじ風二号です」
アニカとバレルの声が重なった。
おかみさんは二つを聞き比べて、名前に聞こえるほうを取った。
「つむじ風かい。いい名だ」
芋と一緒に、桶も広場へ運んだ。
共同井戸のポンプの横に、街の機械が並べてあった。水車の歯車、粉挽きの石臼、宿の柱時計。一年働いた機械に、夜になったら新酒を一杯注ぐ。それがこの街の祭りだった。おかみさんは桶を、その列の端に置いた。
「夜には、これにも注いでやらないとね」
「登録から、六時間です」
バレルが言った。
「六時間でも、百個は百個だ」とおかみさんが言った。
昼過ぎには、隣の鍋の当番が借りに来た。粉屋の、まだ背の低い息子だった。
「アニカ、つむじ風貸せって! 俺んとこ、まだ二十しかむけてないんだよ。借り賃は芋で払う。むけたやつ、ひと山」
アニカは黙って桶を押しやった。夕方には来年も貸してくれと言われた。誰も、芋むき機とは呼ばなかった。
日が落ちる前に、おかみさんが桶の縁に炭で名前を書きこんだ。世話役の帳面にも同じ字で一行。祭りのあとは世話役の倉に置いて、来年また貸し出すのだという。
つむじ風。
二号とは、書いてなかった。
「二号じゃ、なかったね」
帰り道、アニカが言った。坂の途中で、バレルが止まった。
「街の記録にも登録されました。つむじ風、で」
「うん」
「初回試験の記録も、添えておきました」
「添えなくていいのに」
アニカは坂を上りかけて、足を止めた。
「……三号の名前は、ちゃんと登録して」
「受理しました」
アニカとバレルの話は、連載『修理屋の少女は、壊れかけの保護者ロボットを直すため迷いの森を渡る』で続いています。
この祭りの夜に何があったことは、連載の一話『拾った日』で。
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