最終話 いつまでも
夜。
外は深く、月明かりがぼんやりと畑を照らしている。
出窓から空を眺める。
雲がたなびき、月の存在を大きくする。
ゆっくりと流れる雲の狭間で、現れては消え、また現れる。
時を、静けさが包む。
窓辺のグラスに、赤い液体が注がれている。
そのそばに、手紙と写真。
そして、一枚のチョコレートが、白い皿の上にある。
歪んだ板。
装飾のない板。
溝も何もない。
ただ、歪んだ板のチョコレート。
手。
窓辺の縁を掴んでいた手が、チョコレートに触れる。
そっと持ち上げる。
顔の前。
板を割る。
断面を見る。
更に割る。
小さくなる。
ひとかけらを、口へと運ぶ。
目を閉じて、顔を上に向ける。
ー なぜ、ここに来た。
ー なぜ、ワインをやめて、ここへ。
ー やめていません。
ー 病気は湿りを好む。
ー ここ、風が通らない。
ー 湿ると、黒くなる。
ー 刃は刃だ。
ー チョコレートを食べたことがありますか。
ー 一度だけ。
ー ここで育てた豆を、ここで作れるようになれば。
ー チョコレートを。
ー あなたたちが。
ー 豆を育てるのも、難しい。
ー 夢を見るのは、悪くない。
ー 売る豆は使わない。
ー 焦がすな。
ー 焦がさない。
ー ぱち、ぱち。
目を開く。
もうひとかけら、口へ運ぶ。
ー 完璧ではない。
ー だが、始まりだ。
グラスを掴み、一気に飲み干す。
ー 始まりだ。
ー 始まりだ。
空のグラスを持ったまま。
しばらくの間。
グラスが窓辺に戻る。
透明の雫が、頬を伝い、脚に流れる。
月明かりが窓辺を包む。
一瞬だけ輝く。
白い皿にグラスが沿う。
ワインが注がれる。
ボトルがグラスに沿う。
赤い液の表面に、月が映る。
ゆらゆらと。
永遠の時間であるかのように。
いつまでも。




