第11話『帝都からの使節と銀の鎖』
いつも見てくださってる読者の方々ありがとうございます
帝都からの高速艦が降下を始めたのは、夜明け直前だった。
暗い空を貫く五本の光が、音もなくアリヴェスの上空に滑り込み、白金装甲の母艦がその姿を現す。
艦体の側面には帝国の紋章──双頭の龍を抱いた星環の意匠──が大きく刻まれ、威圧するような重力場が街全体を包み込んだ。
ナビスの情報によれば、今回の視察団には帝都評議会直属の特別査問官、帝都騎士団の監視役、そして外交の名を借りた第三貴族連合の代表が含まれている。
つまり、彼らの来訪は単なる表敬でも、形式的な儀礼でもない。俺──天城朔夜という“異星存在”と、アストラ・ヴェールという“未知の艦”に対して、帝国としての立場を明確にするための場だ。
それは、歓迎ではなく──査問だった。
*
午前七時。
艦の外装を簡易整備していたナビスからの通達を受け、俺は艦を出た。
黒を基調にした正装風の軽装ジャケット。帝国風の礼服ではなく、あくまで自分の意志で選んだ服装だった。
ドックで待っていたのはリィナと、見知らぬ男だった。
漆黒の髪を後ろに束ね、淡い灰の礼装に身を包んだその青年は、まっすぐに俺を見て一礼した。
「失礼します。私は帝都側より派遣された案内役、クラウス・ヘイルです」
端整な顔立ちに冷静な声色。
その態度には過度な敵意もなければ、下手な好奇心もなかった。ただ、彼にとって俺は“特異点”であり、“評価すべき対象”であることだけは明白だった。
「本日は、議事堂にて公式な対面と協議が行われます。警護部隊と観測班はすでに現地に待機中です。ご同行をお願いいたします」
形式的な言葉の裏にある無言の圧力を感じながら、俺は頷き、歩き出した。
*
アリヴェス都市中枢にある魔導議事堂は、星暦百年に建てられたとされる古式建築だった。
地表から四十メートルの浮遊基盤に築かれたその建物は、石と魔力結晶を融合させた荘厳な構造で、まるで“空中城”のような威容を放っている。
俺とリィナ、クラウスは光転移リフトを使って空中議事堂へと到達した。
すでに内部には、数名の高位貴族が着座しており、その中心には、重々しい装飾の施された玉座に似た椅子があった。
そこに腰掛けていたのは、一人の老紳士だった。
銀灰色の髪を後ろで束ね、軍礼服の胸元には複数の叙勲章が輝いている。
「天城朔夜──我が名はグレイ=ヴァントス。帝都評議会より任命された査問官である」
その声は低く、厳しく、そして一分の揺るぎもなかった。
「あなたの存在は、すでに帝都において大きな議論を呼んでいる。理由は明白だ。あなたが所有する艦が、帝国の持つあらゆる既知技術体系を逸脱しているためだ」
その隣に座っていたのは、黒髪の若い女性だった。
漆黒のドレスに身を包み、見る者を試すような視線をこちらに投げている。
「イレーナ・フローヴェルです。第三貴族連合の使節として同行しております。……ですが、正直に言ってしまえば、私は“あなた”に興味があって来たのです」
その微笑には毒と好奇心が入り混じっていた。
「本題に入ろう。帝国としては、あなたの艦を管理下に置く必要があると判断している。具体的には、あなたがいずれかの貴族家門に庇護を願い出るか、艦そのものを帝国に譲渡するか、あるいは……」
グレイは声を切り、わざと間を置いた。
「敵対存在として排除対象に認定されるか、だ」
その言葉は冷静で、そして残酷だった。
リィナが息を呑んだのが分かった。
俺は前へ一歩進み、静かに答えた。
「どの選択肢も、俺には納得できない」
「では、あなたは帝国の秩序を否定するというのか?」
グレイの問いは、まるで尋問のようだった。
「違う。俺はただ、この艦と共に在るだけだ。誰かの命令で動くのではない。これは“俺の意志”で、この艦も俺を選んだ」
その言葉に、イレーナが微笑を深めた。
「興味深い発言ですね。まるで、自らを国家と見做すような……」
「国家かどうかは関係ない。ただ、俺はもう誰の下にもつかない。それだけだ」
空気が張り詰めた。
まるで全員が、息を止めたかのようだった。
グレイは数秒の沈黙ののち、厳しく口を開いた。
「帝国としては、あなたの発言を“危険思想”と認識する可能性がある。その上で、監視下に置くべきか否かを、帝都へ持ち帰り協議する」
彼は椅子から立ち上がり、視察団の撤収を告げた。
その背中を見送りながら、俺は改めて理解した。
この世界で“自由”を得るということは、孤立と戦いの中でしか手に入らない。
だが、それでも──俺はこの艦と、俺の足で進む。
この銀河に、俺という存在が在ることを証明するために。
そして、ユリシアの記憶の奥に眠る“真実”へ辿り着くために。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしこの物語を気に入っていただけたら、ぜひ「お気に入り登録」や「ブックマーク」をしていただけると励みになります!
続きも全力で書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!