第12話 『傀儡の道、自由の代償』
帝国の使節団が去ってから、三日が経過した。
アリヴェスの空はいつも通りに広がっていたが、その下に流れる空気はまるで別物だった。兵士たちの目は鋭く、街の警備は目に見えて強化され、住民たちの口数も減っていた。
帝都からの圧力が、目に見えない形でこの辺境都市を締め上げていた。
俺──天城朔夜が、帝国の“定義する秩序”に背を向けたからだ。
庇護を拒否し、艦の譲渡を拒否し、敵対の選択肢も選ばなかった。
その代わりに、俺は「どこにも属さない存在」として、自分の意思を明確にした。
その答えに、帝国がどう反応するのか。沈黙は返って不気味だった。
アストラ・ヴェールの内部でも、その緊張感は共有されていた。
《周辺星系の通信傍受によれば、帝都は“監視対象”としてあなたを分類した模様です。航行ログは常時追跡、惑星間移動には監査官の承認が必要となる可能性があります》
「つまり、実質的には“閉じ込め”られたってことか」
《はい。軍事的制圧は避けられましたが、代わりに情報封鎖と行動制限による“静かな拘束”が進行中です》
自由を得るために選んだ道は、想像以上に孤独で厳しいものだった。
*
艦のデッキで空を見上げていると、足音が近づいた。
リィナだった。彼女は薄い上着を羽織りながら、隣に立った。
「……朔夜さん、よくあの場で言い切れましたね」
「ああ。でも、今になって現実が重くのしかかってきてる」
「帝国は“正面から潰す”より、“飼い慣らして骨抜きにする”ほうが得意です。あなたが思っているより、ずっと……ずっと狡猾」
リィナの声には、怒りと恐れ、そして少しの希望が混じっていた。
「でも、それでも……私は、あなたが選んだ道を誇りに思います」
そう言って、彼女は微笑んだ。
その表情に、思わず俺は小さく息をついた。
「ありがとな。お前がいなきゃ、今頃心折れてたかもな」
沈黙が、優しく二人の間に流れた。
*
その夜。
艦のブリーフィングルームでナビスが新たなデータを提示した。
《帝国以外の接触試行を確認。第三貴族連合所属、名義上は“独立支援団体”からのメッセージです》
「第三貴族連合……あのイレーナの派閥か」
《メッセージ内容は以下の通り。“あなたのような異端者が銀河に居場所を得るために、我々は選択肢を提供する。もし独立の意思があるなら、交渉の余地がある”──とのことです》
「……罠かもしれないな」
《ですが、帝国とは異なる力があなたに接触を試みているのも事実です》
少し考え、俺は応えた。
「受けよう。罠かどうかは、自分で確かめる」
*
翌日、アリヴェス郊外にある廃棄された港湾施設。
イレーナが待っていた。
黒曜石のような瞳と、いつもの飄々とした微笑み。
「来てくれて嬉しい。あなたは、本当に興味を引いてくれる存在ね」
「俺を利用しに来たのか?」
「利用か……それは見る側によるわ。私は“提案”に来ただけ」
イレーナが持ち出したのは、ある提案だった。
──アリヴェス周辺の未開発惑星群に、“形式的な自治領”としての地位を持たせ、朔夜を“非帝国籍貴族”として登録する案。
それは、帝国に背を向けながらも法的に存在を保証される、非常に特殊な立場を意味していた。
「もちろん、あなたに協力する代わりに、いくつかの星系での開発権や情報共有を希望している。けれど……あなたが“独自の旗”を掲げることは、私たちにとっても希望なのよ」
「なぜ、そこまで俺に肩入れする?」
イレーナは視線を外し、夜空を見上げた。
「……私も昔、選べなかったの。帝国に、世界に、生まれに縛られて。“自分の意思で何かを選ぶ”って、それだけで自由だと信じてる」
その言葉に、俺は少しだけ、彼女の真意を垣間見た気がした。
「返答は急がない。けど、あまり長くは待てないわ。帝国はもう、動き始めてる」
イレーナは風のように去っていった。
俺は静かに拳を握る。
あの選択が、正しかったのかどうかは分からない。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
自由を選んだ代償は、これから払っていくしかない。
それでも、俺は前に進む。
──この世界で、自分の名と意思を刻むために。
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