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いつからだろうか。生きているのに、死んでも別に何とも思わないようになっていた。だから実際に大学の渡り廊下から飛び降りたわけで……。だけど、ここまで自分の肉体を乞うたのは初めてだと思う。彼女に触れられない。頭を撫でてやれない。声を掛けてやれない。「大丈夫?」って一言すらかけられない自分は、やっぱり肉体を失った人間でしかなかった。
やっぱり後悔は後を追ってやって来る。肉体を失った後でこんなにも肉体を乞うてしまうなんて。それもこれも、全部こんなもはや死んでいると変わりないような人間を、現世に留めようとしているあの仮面の男のせいだ。だって死んだ後の世界を見せられなければこんなに後悔なんてしなかったはずだ。ふざけやがって。俺のイライラの根源は全部仮面の男だ。そう思えてならなかった。
最初こそ比留間のそばにいることが彼女のためでもあり、自分のためでもあると思っていた。だが、もう違っていた。自分の心境の変化に驚いてしまうくらい。彼女に触れてあげられないこと、彼女の止まない涙を見ていて耐えられないこと、それだけのことで俺は一週間でこの生活に音をあげそうになっていた。
今日も彼女は布団の上で泣いている。そんなに苦しいことなのだろうか。一週間も泣いていられるだなんて聞いたことがない。
何に対して泣いているの? そんなことも問いかけられない。
俺はそっと手を伸ばした。
触れられないことは知っている。それでも、と俺は手を伸ばしていた。
なんだか懐かしい感じがした。途端に、彼女が布団から飛び上がる。
「え?」
布団の上で毛布を抱きながら驚きだす。脚をぺたんとさせて、学校で見ていたときは綺麗にそろわれていたはずの髪が、寝ぐせが付いたのか少し膨らんでいる。
何が起きたのだ。なぜ比留間さんは跳び起きた。泣いていたのに。俺の頭は混乱していた。
俺は遅れて悟った。「ああ、もしかしてこれがオプションってやつか」と。
もうすでに忘れかかっていた人間の感覚。人の頭を撫でる感覚。人の髪の毛を触った感触。確かにさっきの現象はそれと同じような感じだった。
比留間さんは少し怯えていた。この部屋に誰かがいるのかと疑っているような感だった。
比留間さんが俺に怯えている。
俺が彼女に振れたことで怯えた。
そんな姿を見たら、触れることができたという喜びや人間の尊さ、肌のふれあいの快感を悟るよりも罪悪感が勝った。
もう彼女に触れたいだなんて思えないじゃないか――。
比留間さんは毛布の中にもぐった。頭まで覆ってしまった。
俺は、もうこの生活をやめようと思った。




