8話:暗黙斬殺
新キャラさっそく登場ですね…;
場所は─────────────廻折研究室第二支部。
かつて拠点だった研究室とは違い、ここは対侵入者用トラップやギミックはほとんど存在しない。
ここは、主に実験を行う施設で、元から籠城などに使用するようなことは思っていない。
今集まっているのは世界を広げに行っていた者たちである。
廻折研究室室長は満足気にその面々を見渡した。
「久しぶりだね、みんな。良く戻ってきてくれた」
各々の反応は特にない。自分が話す時は、いつも部下は慎みを持っていることがこの集団の暗黙のルールのようなものだった。
「僕らが一つの実験台として利用していたキリカによって、廻折研究室は半壊した。それはもうみんなに知れ渡っているよね」
特に悔しそうでも、悲しそうでもないような口調で室長は続ける。
「敵討ち……とまでは言わないけど、今に復讐したいよね? でもね、その前にやるべきことがあるんだ」
その室長の言葉に周囲がざわめく。
仲間の死への弔い。それ以上に重要視されることがあるのだと室長は言うのだ。
周囲の言葉数が多くなることは室長も想定出来ていた。だからこそゆっくりと、しっかりと真意を掴みとらせるように室長は話すことにしていた。
「キーワードは二つ。新たな『神殿』の発見と『第二の鍵』。これは─────まぁ、星速見君に聞いてきてもらったことなんだけど、変な集団がいるらしいんだよね。 しかしだ、それはいい。今はいい。 重要なのは、最初に言ったキーワードの方だ。 僕らが最初に求めていた『鍵』は、キリカに対するもの。では、今回見つかった鍵は? 僕の見解ではキリカのものではないと思うんだ」
室長はメンバーの周囲を歩き回りながら続ける。
「第二キリカの存在。それが仮定される」
その言葉にさらにどよめきが走る。中には嫌な顔をしている者もいたが、室長の意図をくみ取りニヤニヤとしている者もいた。
「ま、分かっているとは思うけれど、僕らは第二のキリカを必要とする。 復讐はそれからでも遅くはないだろう? あぁ、キリカの二の舞にはさせないよ。今回は……いや、今回も策は打ってあるからね。そう、最早能力ではこと足りないんだ。 分かるだろう? 群青の雌鳥を襲った時に用いた策だよ」
それから廻折研究室のメンバーはそれぞれ個別に行動を始めた。
その中でも月見里は一人、室長に歩み寄っていた。
「室長。今回の件ですが」
「ん、どうしたんだい。月見里君」
「何故に仮定『第二のキリカ』を求めるのが先なのでしょうか。 群青の雌鳥を壊滅させることを優先してもよろしいのではないでしょうか」
月見里は至極冷静に。一切の感情を表さないように努めて声を発していた。
室長はそんな彼女の様子に気付かないようなふりをしつつ、答えを提示する。
「それはだね。言ってしまうとこの集団の存在意義から語ることになるんだけどね。……まぁこの集団、廻折研究室の目的って言うのは『知る』ことの一点に決まるわけだ。そして今回、新たな要素が出現した」
「それが『神殿』と『第二の鍵』ですか?」
「そう、正解。 『知る』ことを念頭に置いたこの集団の中では、敵討ちなんてものは近くにある謎よりも程度の低いものなんだよ。 厳しい言葉になるけどね、僕にとっては謎や真理の方が圧倒的に強い」
「………」
「月見里君の気が済まないのなら物理で殴ってくれて構わない。しかし、僕はこの考えを改める気にはなれない。 それに、先ほどの集会で賛同者もチラホラと見つかったしね。 薄く意味の浅い言葉を月見里君にかけるとするのなら、『ごめんね』になるのかな」
それ以上は月見里は何も言わず、何も言えなかった。
半ば予想されていた言葉の返答だったが、実際に聞かされるとダメージは大きい。
彼女は神無月美流の親友だった。前回はたまたま任務が違っただけで、いつもは一緒にいて姉妹のようだとも言われていた。
そんな彼女の半身とも言える神無月が死んで、それでいて今は敵討ちが出来ない。
だから、次なる彼女の課題は『第二の鍵』の詮索と『第二のキリカ』の発見だった。
月見里麗華。彼女の今回の任務への思い入れはとても大きなものになると予想できた。
閃光が迸る。一直線に向かうそれはこの世界に引かれた線であり死をもたらす境界線でもあり、自分が放った矢が描いた軌跡でもあった。
ただ、線は一本ではない。
等間隔に世界に引かれていく線は、今や百を超える数になっていた。しかし、対象へは一つもたどり着いていない。
矢を放てば消え、次の瞬間には大きな剣を振りかぶって目の前に現れる。
その間、ゴシックロリータの服に身を包んだ彼女は後ろでただ微笑んでいるだけ。
そう、俺達は二人で挑んでいるのにもかかわらず、彼には一つも傷を付けられないでいるのだ。
「ふっ」
短い呼吸と共に大剣が振り下ろされる。 その速度は目で追えるものではなく、ほぼ反射的に後ろに飛んで回避するしか術はなかった。
あの細い腕で、大きな剣を振り回す青年はかなりの手練だと分かる。
息一つ上がっていない青年に対し、こちら二人は汗を流している。
完全に、力の差というものを目の前に提示されていた。
「はぁ……はぁ……っ。なんなの? あいつは。 トモ様みたいに瞬間移動して……」
「どうやら、階位一と似たような能力らしいな。 空間の移動のようなことをできるらしい。しかし、そうなればあの大剣の威力はどう説明できる……? 能力が不明な以上、不利になってくるぞ……」
一応、形の上ではアイナと共闘という風にはなっていた。
しかし、いまいち連携が取れない。互いが邪魔になるようなことは無いが、相手を追い詰めるような攻撃にもなっていない。これではこちらのスタミナが切れてジリ貧になってしまう。
「ときにアイナ……。お前、能力をちゃんと使用しているのか? 」
自分には、アイナがあまりまともに戦っていないように見えるのだ。
何らかの能力を発動しているのかもしれないが、それが何なのかが分からない。相手に特別な何かが起こっているようにも見えない。
ただアイナは、不自然な長さの切っ先の無い鉄刀を振り回しているだけのように見えるのだ。
「なんなの? 私はちゃんとやっているつもりなんだけど。 あんたこそしっかりと矢を当てなさいよね」
「………早急には難しい。 何せあいつとは能力において相性が悪い」
「なんなの? 言い訳しないでよね」
やはり、いまいちチームワークというものが存在していない。というより、元から赫逢騎士領団は個人が集まって存在しているような集団だ。なので二人組になって戦うなどということはほぼないのだ。
集団に勝る個人になるために、赫逢騎士領団の連中は強さを求めて階位を上げる。
対集団戦において赫逢騎士領団の者はあまり力を発揮できないのだ。
今の場合で言い換えるなら、自分たちが集団を組んで戦うことも同様に慣れていない。ということ。
「ねぇ、兄様。もしかして余裕で殺せてしまう相手なのかしら?」
「そうだな、メタスタシス。特にあの女の方、まるで脅威を感じられない」
「私もそう思っておりましたわ兄様。では、あの男を先に潰してしまいましょう?」
「異論はないよ、メタスタシス」
青年は大剣を引きずってこちらに向かってくる。いつ消えるか、それが分からない。
青年を見ていては駄目なのだ。いや、見ていても攻撃は防げないのだ。
気が付くと別の場所から襲ってくる。これではこちらだけが霧の中で戦っているようなものだ。
そんなとき、アイナが声を上げた。
「あーあ、もう疲れた。 なんなの? 私は面倒なことを終わらせて早くあの人に会いたいって言うのに、邪魔ばっかり。 だから、終わりにしよう。 こんな面倒な戦いはお終い」
持っていた奇怪な形をした剣を地面に放る。アイナは面倒くさそうに首を振った。
「おい、何をふざけたことをしている。早急にそれを拾え!」
「なんなの? 指図していいのは階位一だけだってさっきも言ったでしょ? こんなのはもう必要ないの、もう終わりなんだから」
ついにアイナは敵に背を向けてしまった。
自分の中に絶望感と煮えたぎる怒りがこみ上げてくる。ここでアイナを失うわけにはいかなかった。
少しでも牽制にはなっていたし、敵の注意を自分から逸らすことだって出来ていた。
勝てる可能性というものが少しはあった。でも、自分ひとりではそれが限りなく0に近づく。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
「ふふふふっ。ねぇ、兄様。やはり言ったとおりでしたわ。あの女は使い物にならないわ」
「そうだね、メタスタシス。これでようやく僕らも元の仕事に戻れるというわけだ。まずは軽くあの男を殺そうか」
「そうですわね、兄様。 それにしても醜いわね。低俗な二人は弱くて醜くて最低ですわね。先ほど会いたい人がいる、と言ってましたがさぞその方も低俗なのでしょうね」
彼女の言葉を最後に、青年の姿が消える。
目で辺りを見渡すが、どこにもいない。上、いない。
後ろを振り返るがそこにもいない。小さな焦りが集中力を乱し、頭の中が白く染まりそうになる。
いけない。これでは敵の思うがままになってしまう。集中。耳を澄まして、神経を研ぎ澄まして。
敵の場所は───────────────。
「残念、答えは『兄様は遙か上空』」
にやりと笑った彼女の言葉通り、青年は上から大剣を下にしてものすごい勢いで落下してきていた。
ワンテンポ遅れて上を見上げた俺は、確実に避けられないと悟った。
死ぬ。
「バーカ」
プシッ、と鮮血の飛び散るような音がした。青年は空中で体勢を崩し、勢いを殺さないままあらぬ方向に落下した。
「兄様っ!?」
彼女は瞬きの間に青年の傍らまで移動し、兄の身体を抱きかかえた。
その胸には横薙ぎに刀を振われたような痛々しい跡があった。
「何が」
アイナの声だった。アイナは見えない何かを握るようにして、こちらを向いて笑っていた。
「何が使えない奴だって? 笑っちゃうよね。そんな奴に斬られてんの、やっぱりトモ様以外の男は屑ばっかりね。本当に屑」
彼女は見えない何かを振う。ソレに付着していたであろう血が地面に落ち、染みを作る。
「なんなの?私が能力を使っていないとでも思った? 思ったのなら、屑以下ね」