9話:早朝起床
自分には異性の兄弟がいないのでよくわかりません(●゜ⅴ゜)
朝、そう。誰もが間違いなく迎えられるはずのごく平凡的な日常の現象の一つ。
ただ、それは非日常の中では当たり前ではない。
当然のことをただ述べているだけなのだが、これはとても重要なことだと思う。
非日常という単語は、何も特別な冒険をしたとか命をかけた戦いに参加しただとか、そういうものだけに用いられるものではないと俺は知っている。
産まれてからずっと戦ってきた者にとっては、学校に通うということや友達とショッピングをすることが非日常に分類される。
つまり、俺が言いたいのは人によって非日常の内容は違うということだった。
今の俺には鏡の別天地に向かうことを非日常とは思わないし、またこの世界で学校に通うことも非日常だとは思わない。
だけれども、ささいなこと。本当にささいなことで、他人から見ればどうということはない日常の風景は視点を変えることで正反対になったりもする。
例えば、今現在の俺の状態とか。
「玲夜ー! 朝だぞ、起きろっ。今日は学校じゃないのかな」
土曜日の早朝。5時に姉貴によって起こされていた。とはいっても、まだジャージ姿で布団の中で籠城している。
そもそも、突っ込み所が多すぎる。今日は土曜日だし、しかも起こすにしても時間帯がおかしい。
それらを統合して得られる『例え突っ込み』は間違いなく姉貴を怒らせるので口に出すのは止めておいた。
「んー。おねぇちゃん暇だなー。あ、ねぇ。玲夜の部屋漁っていい?」
「何キャラなんだそれは……。っていうか眠いし。……漁るなし」
そんな俺の言葉をかき消すかのように机の引き出しを開けてみたり、箪笥を開いてみたりと姉貴は俺の部屋で好き勝手やっている。
肩を超えるかどうかの瀬戸際で切られたあまり特徴のない黒髪に、弟の俺が言うのもなんだが、普通。普通の顔立ち。そしてすらりとした体型。
面白みがないとか言うと蹴り飛ばされるのだが、確かにどうなのだろうか。
灯花さんと比べてみる。完敗。
沙希さんと比べてみる。おそらく負け。
怜那と比べてみる。………まぁ、勝ち。
「何みてんの?」
こちらの視線に気が付いた姉貴は、目を細めてこちらを窺う。
変なところで勘が鋭い姉貴はとはあまり顔を合わせて話をするということをしない方がいい。
なので俺は布団の中に避難した。
「あ、このキーホルダー。なんか見たことあるな……? うーん。どこだったか……。っと、玲夜」
何かに気が付いたように、姉貴はすこし真剣味を帯びた声で俺に話しかけてきた。
布団から顔を出すと、姉貴は小さな紙袋を掲げたまま立っていた。
その紙袋の中身は俺が辛くなったときにそんな現実から逃げるために使っているモノだ。
「これ、まだ使ってたの?」
「ん……あ。いや、最近はもう」
「そう。じゃ、これはもういらないよね」
そう言って姉貴は手の内のものを俺の部屋のゴミ箱に向かって投げる。
「置いてあるから使いたくなっちゃうんだよ。 だから、最初からこんなもの持ってないくていい。 そろそろ自分の力だけで立ち直れるようにならないとね」
「そうだな」
俺は何気ない返事をした。
特に何かを考えることもなく、条件反射のように応えた。
「ま、こんなところかな。 そう言えば────────────」
ルルルルッ! とけたたましく鳴り響いたのは電話だった。
しかし、俺の携帯ではなかった。音源は、そう。 姉貴のポケットからだった。
「あっ、もしもーし。 うん、うん、………ふぅん。今? うーん、今、ね。 分かった」
通話を終えると、姉貴は俺の部屋から出ていこうとする。
感じ取った、何か嫌な感じを。 こちらの世界には全く関係のない片鱗を、見てしまった。
「あ、姉貴っ!」
「ごめーん、玲夜。おねぇちゃんお仕事入っちゃった。 だからちょっと行ってくるね」
「仕事って何。行くってどこへ」
姉貴は応えない。シン、と静まり返った室内。心なしか気温が一気に下がったように思えた。
日の出から間もない太陽が弱々しい光をカーテンの隙間から照射している。
「また来るからさ、話はゆっくりその時にでも」
その瞬間だった。
俺の前では一つたりともあちらの世界の話をしなかった姉貴が何かを呟き、宙に魔方陣を生み出した。
どこかで見たことあるような幾何学的なその魔方陣は、青白く光っていた。
移動用魔方陣。灯花さんが何度か見せてくれたそれによく似ている。
それは姉貴を吸い込み、瞬く間に消滅した。
大きな力の残滓が漂っているのが見える。それほどまでに強大な力だった。
「ちょっと! 何事なの!?」
力の波動を感じてか、怜那がパジャマ姿のままドアを蹴破るようにして俺の部屋に転がり込んできた。
「なんなのよ……この力」
怜那は目を見開いて先ほど姉貴が移動用魔方陣を展開した位置を直視している。
「この世界からあっちの世界までの通路を無理矢理作った? 魔鏡も使わずに?」
「お、おい怜那。何を呟いて……」
「あんたのお姉さん。なんなの……?」
「そんな事俺に聞かれたって」
分かるわけ、ない。
分かるわけないんだ。
俺が知ってしまった現実を捻じ曲げてまで普段と同じように過ごそうとした姉貴。関係ないからと問題を破り捨て、それでもなお追求しようとする俺をついには黙らせたっていうのに。
なんでここであちらの世界の欠片を落としたのか。
自ら進んで題材を再び机の上に広げて、それでまた放置するのか。
本当に、本当に姉貴は謎だった。
謎を編んで作り上げられた人物だった。
「……。飯にしよう」
「………」
怜那は何も言わなかった。それは本当に腹が減っていたからか、それとも今の現状を理解することを拒んだからなのか。それも俺には分からなかった。
ベットから立ち上がると、少し鈍い音と鉄同士が擦れるような音がして何かが落ちた。
俺のポケットからだ。
「………、」
「あんた。なに、それ……」
燃えたぎるような赤をした、通行石だった。
「そうだ、言おうと思って忘れてた。 これ、通行石だよな?」
そっと拾い上げ、怜那の近くまで持っていく。
「こんな色の通行石なんて……見たことない」
通行石の色というのは、この世界とあちらの世界をどれほど行き来したかを示すようなもので、また、所有者の力の大きさにも関係するものである。
色を見るだけでその者の力量が分かると灯花さんは言っていたのだが………。
「私のは緑、灯花さんは黄、沙耶さんも黄、ということは」
「指標は赤に近づくほど大きくなるってことか?」
「たぶん、そんなところだと思うんだけど………」
怜那は俯き加減にそう言葉を濁した。
しかし、まだ何かを言いたげにこちらをチラチラと見ている。
「行くか?」
「えっ」
「いや、だからあっちの世界」
「で、でも……この間灯花さんは20日後にって」
怜那は否定的に、でも少しそわそわしながら言葉を切って話した。
「そのこととは関係なくて、俺は少し個人で動きたいことがある。 姉貴ことだ。そりゃあ目の前であんなことされちゃあ気になるだろ」
「確かに……お姉さんは」
「この現実世界で電話を受けて、それでいて向こうの世界に向かうってどういうことだよ」
「考えてみれば、そうかも……。あんたのお姉さん、あんなにすごい力を持ってるのに他の組織で名前を聞いたこと無いもん。 他の何か……、そして今の急な行動。 もしかしたら、あっちの世界で何かが起こってる……?」
推測から生まれる推測。
根拠の存在しないもののはずなのに、不安がぬぐいきれない。そして、多分その不安はあっている。
何度かこういうことは経験してきた。
キリカのときも、廻折研究室のときも。
「俺はちょっとこの通行石を使ってあっちの世界に行ってくる」
「えっ、ちょ、ちょっとまってよ! 一人で行くの?」
「……そのつもりだったんだけど?」
「わ、私も行くわよっ!」
いきなり声を上げる怜那。
あまりの大声に俺は驚いて、箪笥の角に足をぶつけてしまった。
涙を浮かべ痛みをこらえながらも、俺は怜那の次の言葉を待つ。
「あ、あんた一人じゃ危ないでしょ? 魔眼が暴走したらど、どうするの!」
「まぁ………お前がいたからって何か変わるわけじゃないんだけどな」
「なっ、生意気! あっちの世界じゃ私より後輩のくせに!」
そんな怜那の意味不明な叫びに苦笑しつつ、俺はあちらの世界へ行く準備を始めたのだった。




