↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/34

第24話 誰も救わない


 セルフィリアへの準備を進めるうちに。俺は一つの事実に。改めて向き合うことになった。


 俺が狙っているあの聖点は。


 同時に三つの思惑が。ぶつかり合う場所だった。

  


  

 一つ目は俺だ。

 俺はセルフィリアを獲る。誰にも見下されない圧倒的な自由のために。そして――あの俺を嬲った連中への。ほんの少しの仕返しのために。


 二つ目はヴェルドー家。

 あの男はセルフィリアを獲る。ステラの箔付けのために。庶民の血に武功で箔をつけて。正式にあいつを妻に迎えるために。


 三つ目は。

 ――ステラだ。ヴェルドーに協力し輿入れをするその当事者として、最大戦力として、そこに居ると。


 だから、目に映っていたのは。三つの思惑だった。

 盤面には俺とヴェルドー家という陣で。同じ獲物を狙う三つの思惑。

  

  


 皮肉な話だった。


 俺がセルフィリアを獲れば。ヴェルドー家の目論見は砕ける。ステラの箔付けは不発に終わる。あの男の武功は俺に奪われる。


 つまり。


 俺が聖点を獲ることは。


 ――ステラの輿入れを。阻むことになる。


 かつての俺なら。それを望んだだろう。ステラをあの男から取り戻す。輿入れを阻止する。あいつをあの世界から救い出す。そのために聖点を獲る。そういう筋書きを。夢見たかもしれない。


 だが。


 今の俺は。


 そんなことは微塵も考えていなかった。


  

  

 ある日俺は。都市の大通りで。偶然ステラを見かけた。


 馬車に乗って。貴族街の方へ向かうところだった。従者を従えて。豪奢な衣をまとって。窓の外を眺めている。


 その横顔を。俺は少し離れた場所から見ていた。


 黒い髪を結い上げ。緑の目は穏やかで。満ち足りていた。何一つ不足のない令嬢の顔。あの宴で見たあの男の腕の中の満ち足りた顔と。同じ顔だった。


 かつて俺が。恋したあの黒髪。泥の道を木剣を提げて、駆けていたあの黒髪。「クロト、遅い!」と振り返って笑ったあの緑の目。それはもうどこにもなかった。馬車の窓に収まっているのは。ただ貴族の令嬢。俺の知らない女。かつての面影を探しても。もう指の先にも引っかからなかった。


 あいつは。幸せそうだった。


 あの世界に馴染みきって。何の迷いもなく。あの男の妻になることを。当然の幸福として。受け入れている。その横顔から。それが伝わってきた。


 俺は。


 そのステラを見ても。


 もう何も感じなかった。


 救いたいとも思わなかった。取り戻したいとも。あいつは幸せなのだ。あの世界で。あの男の隣で。救い出す? 何から。あいつは救いなんて望んでいない。あの満ち足りた横顔が。それを告げていた。


 俺がセルフィリアを獲って。あいつの輿入れを阻んだとして。


 あいつは感謝しないだろう。むしろ。迷惑がるだろう。


 自分の幸福を邪魔されたと。あの男との婚姻を妨げられたと。あいつは俺を恨むかもしれない。あるいは――俺のことなど思い出しもせずに。ただ箔付けが遅れたことを。不運だと嘆くだけかもしれない。


 馬車が遠ざかっていく。


 俺はそれを見送った。


 救う対象ですらなかった。


 あいつは。もう俺にとって。救うべき幼馴染でも。取り戻すべき想い人でもなかった。ただあの世界で幸せになっている遠い他人。俺が聖点を獲るその先に。偶然いるだけの。存在。

  


  

 俺は都市の雑踏の中で。しばらく立ち尽くしていた。


 考えれば考えるほど。奇妙な構図だった。


 俺はセルフィリアを獲る。自由と仕返しのために。


 ヴェルドー家はセルフィリアを獲る。ステラの箔付けのために。


 二つの思惑が。同じ聖点で。ぶつかる。


 そしてそのぶつかり合いの中心に。


 ステラがいる。


 だが。


 誰一人。


 ――ステラを救おうとはしていなかった。


 俺は自由と仕返しのため。ステラを救うためではない。ヴェルドー家はステラを箔付けの道具として使うため。ステラを幸せにするためではない。あの男にとってステラは都合のいい妻に過ぎない。


 誰も。あいつを一人の人間として。救おうとはしていない。


 そして当のステラは。


 救いなど望んでいない。


 あの満ち足りた横顔。あいつは今の場所で幸せなのだ。誰かに救われる必要なんて。感じていない。むしろこの三つ巴の争いなど。あいつにはどうでもいいことかもしれない。誰がセルフィリアを獲ろうと。あいつはあの世界で幸せに生きていく。


 ――誰も救わない争いの中心に。救いを拒む者がいる。


 なんて皮肉だと。俺は思った。


 かつて俺が命がけで追いかけたあの少女。そのあいつを巡って。三つの思惑がぶつかっている。なのに。その当のあいつは。誰の思惑にも。救いにも。興味がない。ただ幸せにそこにいる。


 俺の恋も。あの男の打算も。何もかも。あいつには。届いていなかった。



  

  

 その夜俺は。ルーチェにその話をした。


「今日、ステラを見た。……もう何も感じなかった。救いたいとも取り戻したいとも。あいつは幸せそうで。……俺が聖点を獲っても。あいつを救うことにはならないんだな。誰もあいつを救おうとなんてしてない。あいつ自身も救いを望んでない。……変な話だ」


 ルーチェは静かに俺の話を聞いていた。


 そして。


「……それでいいのよ、クロト」


 あいつは言った。


「あなたはもう。ステラのために聖点を目指してるんじゃない。あなた自身の自由のために。あなた自身の仕返しのために。……ステラを救うとか取り戻すとか。そんなこと考えなくていいの」


「……ああ」


 俺は頷いた。


 ルーチェの言う通りだった。俺はもうステラのために動いていない。あいつを救うためでも取り戻すためでもない。ただ俺自身の自由と。俺自身の仕返しのため。


 それでいい。


 ステラのことは。もういい。あいつは幸せなのだ。俺は俺の道を行く。


 俺はそう思った。

  



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。