第5話 美少女への道は、バイト代を削ることから始まる
「……よっし、やっと審査が通ったか」
六畳一間のアパート。ダンジョンから帰宅した翌日の昼下がり、俺はスマートフォンの画面を見て、深いため息と小さな喜びを同時に吐き出した。
カクヨムライブの配信収益化審査。切り抜き動画が掲示板で話題になったおかげで、ようやく通過の通知が届いたのだ。
俺は震える指で管理画面を開く。
先日の『ジャイアント・ラット』討伐配信で得た、リスナーからの投げ銭の合計額。
……一〇二〇円。
「……少ない。これだけか」
いや、冷静になれば当然だ。同接が数人しかいない弱小チャンネルに、そんな大金が転がり込むはずがない。
だが、この一〇二〇円を稼ぐために、俺はダンジョンで泥水を啜り、ウィッグをズラし、ピエロのようなメイクで死線を潜り抜けたのだ。
「この金だけじゃ、まともなウィッグ一つも買えないな」
俺は決意を胸に、自分の財布の中身を確認する。
そこに入っているのは、コンビニの夜勤バイトで必死に貯めた、次月の家賃と食費を合わせた全財産。五万三千円。
これを崩して、今の安っぽい巫女服と百均コスメから脱却しなければならない。
「ここでケチったら、ステータスもゴミのまま。探索者としても、配信者としても、一生底辺のままだ」
俺は財布を握りしめ、アパートを飛び出した。
目的地は、駅前にある市内最大のドラッグストア、および大型のバラエティショップだ。
自動ドアをくぐると、華やかな香料の匂いと、明るすぎる照明が俺を迎え入れる。
普段着のパーカー姿で突っ立っている俺は、明らかにこの空間で浮いていた。
周りには楽しそうに最新のコスメを選ぶカップルや女子高生たち。その横を、ひょろりとした冴えない男が冷や汗を流しながら歩く。
(落ち着け。これは探索者としての装備品選びだ。剣や鎧を買うのと何も変わらない……!)
俺は自分にそう言い聞かせ、まずは『ベースメイク』のコーナーへ向かった。
先日の配信で「顔が能面みたいだ」「首と色の差がひどい」とコメントでいじられた反省を活かさなければならない。
「ファンデーション……どれがいいんだ。俺のこの青白いというか、不健康な肌に合うのは……」
棚の横にあるテスター用の色見本を手に取り、恐る恐る自分の腕に塗ってみる。
隣にいた女性客が、不審そうな視線を投げてきた。ひょろっとした男が真剣な顔で自分の腕にファンデーションを塗りたくっているのだ。不審者そのものだろう。
俺は顔を真っ赤にしながら、その場から逃げるように『スキンケア』のコーナーへ移動した。
(クオリティを上げるには、上塗りの技術だけじゃダメだ。土台そのものを整えないと、ステータス補正の基礎値が上がらない……!)
俺はこれまで適当に済ませていた洗顔を改めるべく、少し高めの泥洗顔料と、保湿力の高そうな化粧水、乳液をカゴに入れた。合計五千円。財布が痛い。
次に俺が向かったのは、バラエティショップのウィッグコーナーだ。
数千円の安物だった前回のウィッグは、激しい戦闘ですぐにズレるし、質感もテカテカしていて「偽物感」が強すぎた。
「……これだ。高級耐熱繊維」
値札には一万八千円の文字。
収益の一〇二〇円を足しても、到底足りない。俺は貯金から大きく金を崩す決意をした。
カードではなく、手持ちの現金を財布から抜き取り、レジへと差し出す。心臓が痛い。これで今月の食費は、完全にカップ麺とモヤシに固定された。
最後に、衣装エリア。
俺は、ジョブ解放書に記されていた第二のジョブ『見習い魔導士』用の衣装を探した。
膝丈のスカートに、大きなリボンのついたブラウス。
「……これを、俺が着るのか」
ハンガーにかかった紺色のプリーツスカートを見つめ、改めて自分の境遇に目眩がした。
周囲に人がいないことを確認し、速攻でカゴに放り込む。
帰宅した頃には、日はすっかり暮れていた。
机の上には、バイト代を削って購入した戦利品が並んでいる。
「よし。さっそく、特訓だ」
俺はまず、泥洗顔料で顔を洗い、化粧水をたっぷりと染み込ませた。
肌がしっとりと吸い付くような感覚。これだけでも、なんだかステータスが+1くらいされたような気分になる。
そして、鏡の前に座り、新しいメイク道具を広げた。
今回は「厚塗り」を卒業し、素肌感を残しつつ、パーツを女性的に寄せる『ナチュラル盛りメイク』に挑戦する。
「アイラインは……目尻を跳ね上げるように……。いてっ、目に刺さった!」
涙目になりながらも、筆を動かし続けた。
これは修行だ。ダンジョンの素振りと同じだ。
一時間後。俺は慎重に新しいウィッグを被り、ピンでガッチリと固定した。
そして、紺色のスカートと、白いフリルブラウスに袖を通す。
鏡の中に立っていたのは――。
「……え?」
思わず、自分の声が裏返った。
そこにいたのは、さっきまでの「ひょろい男」ではなかった。
少し気弱そうで、それでいてどこか芯の強そうな、黒髪ロングの可憐な少女。
もちろん、よく見れば肩幅や男の名残はあるが、パッと見の印象は劇的に変化していた。
【固有スキル『コスプレ・ジョブ』、装備更新を確認】
【着用衣装:魔導士の制服(高品質)】
【メイク完成度:改善(54点 / 100点)】
【総合女装クオリティ:C-ランク】
【ステータス補正:全能力値 +2.5倍!】
「二・五倍……! 一気に跳ね上がったな」
体の底から、巫女の時とは違う、もっと濃密で鋭いエネルギーが溢れてくる。
これなら、Dランク中位のダンジョンでも十分に通用する。
俺は、自分の細い指先を見つめた。
この指で、次はもっと強い魔物を倒し、もっと多くのリスナーを驚かせる。
五万円近い自腹を切った価値は、この二・五倍のステータスに間違いなくある。
「……よし。準備は整った」
俺は、スマートフォンの配信開始ボタンに指をかけた。
今月の食費はピンチだが、そんなことはどうでもいい。
鏡の中の「彼女」が、不敵に微笑んでいる。
「今夜の配信、みんなの脳をどこまで破壊できるかな」
俺は深く息を吸い込み、スイッチを入れた。




