第五章 23 泥濘の祝宴 氷蓮とボアの至高鍋
極限まで空腹を引き出された兵士たちの器に、なみなみと黄金色のスープが注がれていく。
スープの表面には、あぶった剛毛ボアの香ばしい脂が美しく光り、その下には、蟹の旨味をこれでもかと吸い込んで薄琥珀色に染まった、肉厚の氷蓮が鎮座していた。
先遣隊の小隊長が、震える手で器を持ち上げ、まずはスープを口に運んだ。
「__っ⁈ぬ、美味い……ッッ!!何だこれは、うますぎるッ!!」
サウナで限界まで汗をかき、塩分とエネルギーを欲していた細胞に、泥蟹の濃厚なコクとボア肉の力強い野生の脂がダイレクトに染み渡っていく。
(ダグラス、狙い通りだよ!氷蓮のデンプン質がスープに適度なとろみをつけるから、脂と出汁が完全に一体化(乳化)して、口当たりが凄く滑らかなんだ)
湊の狙いは完璧だった。異世界の荒々しい食材が、現代の調理理論よって、極上のコンポーネント(調和)を生み出していた。
続いて、兵士たちは大ぶりの氷蓮にかぶりついた。
__シャキッ、サクゥゥゥゥゥッ!!
静かな雪原の村に、信じられないほど小気味よい、瑞々しい破裂音が響く。
「この歯ごたえは……たまらん。外側はスープを吸ってトロンとしているのに、芯は圧倒的にシャキシャキだ!」
「ボアの肉も、表面を炙って毛を焼いて余分な脂を落としているから、旨味だけがとじこめられていて、噛むたびにジュースのように肉汁が溢れてくるぞ!」
いつもは配給の固い干し肉と、冷たい麦飯しか与えられていなかった兵士たちだ。
彼らにとって、この「温かく、重層的な旨味を持つ鍋」は、味覚の概念を根底から覆すものであった。
「……生きている……。俺たち、本当に生きて戻れたんだな……」
一人の若い兵士が、器にボロボロと涙を溢した。
泥沼で蟹に怯え、凍え死ぬのを待つだけだった。「捨て駒」の自分が、今、普通の服を着て、こんなにも贅沢な食事をしている。
その涙は、広場に居た全員の胸に伝染していった。
「ダグラス様……!私は、私はこの命、貴方の為に使うと決めました!」
「帝国なんてどうでもいい!俺たちのボスはダグラス様だけだ!!」
サウナの熱気と美味しい鍋の湯気。
兵士たちの肌は、まるで磨き上げられた銅のように艶やかに輝き、その瞳にはかつてないほどの強固な「戦意」と「忠誠心」が宿っていた。
(凄いね、ダグラス。料理一つで、彼らの心が一つになったよ。これなら、どんな困難が来ても戦えそうだ)
『ふん、小僧。これこそが軍隊の基礎よ。「乾いた清潔な服」と「旨い飯」を持たぬ者に、勝利の女神は微笑まぬ』
湊(inダグラス)は、器を奇麗に空っぽにして笑う兵士たちを見つめながら、自身の胸の奥が、かつてないほど「温かな何か」で満たされていくのを感じていた。
そして、その私服の祝宴の熱気は、やがて来る「次なる一歩」__この鍋にさらなる深みを与えるであろう、あの黒い液体(醤油)の醸造へと、男たちの情熱を繋いでいく。




