第一章 1 シュフ専の終焉、英雄の咆哮
クラスのグループチャットに拡散されたのは、港が大切に書き溜めていた『夕飯の為の献立と買い出しリスト』のノートの画像だった。
「成瀬、これマジかよ?お前のカバンの中、このレシピノートとスーパーのレシートとチラシしかねえのかよwww」
「ハハハ、出たよエプロン坊や。今日も親父さんの為に、三つ指ついて待機か?」
教室のあちこちから漏れる、クスクス笑い。湊は机に突っ伏し、自分の存在そのものが、クラスの空気にそぐわない「異物」であると痛感していた。父さんと二人で生きてきた時間。美味しいものを食べてほしくて、必死に勉強した料理の知識。それが、彼らにとっては「嘲笑の対象」になろうとは。
屋上への階段を登りながら、湊はカバンの中に手を突っ込んだ。そこにはさっきの屈辱を象徴するように、破られたレシピノートが入っている。
「……僕が一体、何をしたって言うんだ」
湊は屋上の重い扉に手を掛けた。ここから先は、もう誰もいないはずだ。ただ、この息苦しい日常から抜け出したかった。柵を掴んだ指先が、春先の冷たい風が白く凍えていく。
うって変わって、こちらは、遥か彼方の世界。
ガドム帝国の辺境、名もなき雪山の断崖絶壁で、ダグラスは一人、地に膝をついていた。周囲には、凍え死を待つばかりの部下たちの身体が転がっている。自分たちを追ってきた敵軍の足音が、すぐそこまで迫ってきている。
「……ここまでか」
ダグラスは、握りしめた剣を地面に突き立てた。これが自分の最期だ。部下を食わせることも出来ず、ただ無様に死んでいく。せめて最後に、この冷え切った胃袋に、何か温かい物でもあれば__。
湊が柵を越えようと身体を投げ出した瞬間。
ダグラスが最期の力を振り絞り、雪原に倒れ伏した瞬間。
二人の「誰かの為に生きたかった」「生きたかった」という、あまりに切実な叫びが共鳴する。
世界が反転した。
湊の視界から屋上のコンクリートが消え、猛吹雪が吹き荒れた。
ダグラスの視界から赤く染まった雪が消えて、夕暮れ時の教室の、少し埃っぽい匂いが流れ込んできた。




