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第6話 スライムと鍋ぶた

 せん人様が消えない!!

 他の棒人間はすぐ消えるのに、光の中で生まれた彼だけは残ったままだ。

 自我もあるようだし、何なんだ!?


 問題はそれだけじゃない。


 俺に懐いてきたスライム──しばらくはそのまま「スライム」と呼んでいたが、名前ない。

 せっかくなので名前を付けてやることにした。


「スライムだから……ゲル、げーろ、ゲロゲーロ?」

 名案だと思って確認するたび、器用に伸びた触手でバシンと叩かれる。


「あいたっ!」

 ゲル状とは思えない硬さ……愛のムチじゃないな。


 どうやら気に入らないらしい。

 だから名づけは苦手なんだ。


「ぷるん?……ゼリー?ババロア?」


 バシバシッ、バシバシッ!!

 ……名づけって、この世界では命がけなのか!?

 (そういえば、せん人にも抵抗されたな……。)

 

 所詮、俺はゲルニカ学習帳……惨めだ……。


 体力ゲージがゼロになる寸前、唯一ぷるんと全身で喜びを見せた名前──【スゥ】に決めた。


 由来はスゥが食事のとき、スゥ!スゥ!という、無意識の声にも似た音を発していたから……。

 (安直でもいい。スゥが気に入っているなら、それで十分だ。)  


 夜は思った以上に長く、そして容赦なく冷たかった。


 俺の寝ている場所は大木の根本だ。

 比較的平な場所に草木を敷いただけの簡単な造り。

 幸運なことに森に来てから一度も雨は降っていない。

 

 地面の硬さより、底冷えの方がきつい。

 背中にそれが伝わるたび、氷の板に寝かされているような錯覚に襲われる。

 

 湿った空気が服の隙間から入り込み、濡れた布が肌に張り付く感触がする。

 まるで冷たい蛇が背骨を這うようだ。


 眠りは浅く、何度も目を開けては、木々の隙間ににじむ星を眺める。

 静かで美しいはずなのに、体はそれを味わう余裕もなく震えていた。


「……寒っ」


 吐いた白い息が夜気に溶ける。

 昨夜描いた棒人間はあっという間に消え、全く役目を果たせなかった。


 東の空がわずかに朱色を帯びはじめたころ、腰のポーチからスキルカードを取り出す。

 半透明の板状のそれは朝の光を受けて輝き、指先で触れるとやわらかく反応した。



【Lv】:3 /10

【職業】:クリエイターズ(階級:お絵描きニート)

【スキル】:

 召喚 棒人間(Lv3)最大数:3

 生成 道具(Lv1)サイズ:小型(魔力消費あり)


【せん人様】:常時具現化/体術:Lv 12/気配察知/?????

【契約獣】:スゥ(スライム)


【HP】: E 【MP】:D 【STR】:E 【VIT】:E

【AGI】:E 【DEX】:D 【INT】:D 【LUK】:D


【称号】:異世界転移者/?????

【概要】:描いたものを具現化するスキル(芸術センスに依存)

【分類】:召喚生成/生成



「ニートは相変わらずか……!」

 レベルも能力値も微妙だが、上がってはいる。

 前にせん人様が倒したモンスターも俺の経験値になってるのかな?


 気になるのは【せん人様】と【契約獣】の項目だ。

 俺はテイムスキルなんて持ってないのに……スゥはなぜ仲間になった?


 それにせん人様の項目が追加されてる。

 

 「体術がつよい!!」

 あの子……俺のスキルじゃないの?

 

 せん人様が常に居座っている以上、他に召喚した棒人間の名前も考えきゃだな。

 みんなが【せん人】だと迷いそうだ。


 とにもかくにも分からないことだらけだ。


 スキルのトリセツを整理しておこう。



①【召喚】

・ 棒人間など攻撃・防御ユニットを描いて具現化

・ 制限時間あり(Lvや魔力で延長可能)

・ 同時最大数はスキルLv依存

・ 魔力切れや制限時間で自動消滅


②【生成】

・ 道具・アイテムなどを描いて具現化

・ 大きさと精密さに応じて魔力消費が増加

・ 魔力を消費し続ければ持続可能(生活用品など)

・ 維持をやめると消滅(物理化はしない)


 

 ざっと、こんな感じか……。


 「……俺、いつの間に出来る子になったんだ?」

(この世界で、ついに俺TUEEEの時代が来たか!?)


 日本にいた頃の俺は、何でも一人で生きてる気になっていた。

 料理も掃除も一人で済ませ、困ればネットで検索。

 

「こっちの世界では火おこしすら、まともにできないのか……」


 今は棒人間がいなければ、夜も越せない。


 「ようやく、訓練の成果がでてきたかな?」

 毎日、欠かさず召喚をしている。

 さらにせん人に道具を持たせて動かすこともできるようになってきた。


 「今日も火おこしを頼めるかい?」

 そう言うと、召喚した子はクルリと巻いた手に火おこしの棒を持たせ、俺は静かに見守った。


 昨日までの練習のおかげか慣れた手つきで、ゴリゴリと作業をしている。

 やがてせん人が作ってくれた種火から容易に火おこしは完了した。


 橙色の光が足元を照らし、肌に触れる温もりがじんわりと広がる。

 火おこしの神、せん人さま様だ!


 ちなみに今言った火おこしの神というのは、ずっと消えないでいるせん人様のことではない。

 彼? 彼女?……は基本何もしてくれない。

 以前、火おこしをお願いしてみたことがあったが、プイッっとされた。


 時折、シュッシュッと身体を動かしているようだ。


 (体術の訓練?)


 けれど、稀に凄い威圧感を感じる時があるんだよなぁ……気のせいか? 


 にしても――紛らわしい名前だ。

 せん人様の常駐で名前が独占されているので、今後は最初に召喚した子を【ボー】、と呼ぶことにした。

 

 ………いいんだよ安直で!!


 パチッ! パチンッ!!

 爆ぜる焚火の前で物思いにふける。


 「俺、一人じゃ何もできない……」

 

 布団の中で伸ばした手でエアコンをつけ、温風に包まれながらスマホを開いた時間──あの快適さが懐かしい。


 今は、その有難さを生存本能が痛いほど感じている。


 炎を見てたら、別の疑問が浮かんできた。


 「召喚以外にも……スキルがあったな」


 今までは生き抜くことで必死だったが、どんななんだろう。

 助っ人を呼び出す【召喚】と道具を造り出す【生成】。


「生成の方は試したことがないな……。」


 初めは実用的かつ、簡単な物から生成しよう。


 んーー、よしマッチ棒だ!


 俺の指で描かれた、それは太く大きい丸太のようだったが……大丈夫。


 試しに近くの石で擦ってみる。

 シュッ!という音とともに先端に火が付いた。


 やった!!火付け棒より簡単だ!

 ……と思ったが、十数秒ほどで煙のように消えた。


「維持の時間がとにかく短い!消える時も爆速!!」


 続けて、小さな木の盾を描く。

 腕にずしりとした感触があったが、やはり十数秒でふっと消える。

 

 「具現化できる時間が少し増えてた……よな?」


 疲れてきたので次でおしまい!!

 俺がいた時代では、存在しない未知の生成を試してみる。


「……いでよ、便利アイテム!!」


 頭で出来る限り想像、映像化したイメージを指先に伝えていく感じだ。

 作ったのはどこでも瞬時に行ける……扉……!


「姿と形はオリジナルだ!」

 (はぁ……疲れてんな……俺。)


 少しだけ客観的に自分を見られるようになってきた。

 「……人間、案外慣れるもんだな。」


 生成した結果……扉は出せたが、開いた先は奥が見えただけだった。 

 この結果から、生成のルールが見えた気がした。


「具体的に想像しきれないモノは、作れない……ということ……か。」


 死んだわけじゃないが、前世では好きな言葉があった。


「――神は細部に宿る。」

 ――目に見えない部分の気配りこそ大事。

 これは昔の建築家の言葉だが、今の俺には腑に落ちる言葉だ。


 まぁ、なんだ……言うは易く行うは難しだ。

  

 ついつい物思いに更けてしまった……。 


 火が落ち着くと、腹の虫が急に自己主張を始めた。

 昨夜から何も食べていない胃は、寒さの欲から空腹の欲へシフトした。


「……次は食べものと水だな」

 

 森の奥へ足を踏み入れる。

 少しねぐらから道を外れると、とてもじゃないが通れる道ところではない場所ばかりだ。

 

 その中で、辺りの草木がなぎ倒されている道がまばらにある。


 「これは、獣道か……魔物道だな」


 木々の根元を探れば、白く丸いキノコがひっそりと顔を覗かせていた。

 形も色も、素人目にはあまりに怪しい。下手をすれば一口で人生終了だ。


 視線を横にやると、いつの間にかそこにいたスゥがぷるんと震える。

 

 キノコを食べてる!? 

 「コラッ!ためらいもなく、落ちてるものを食うな!!」

 (落ちてないキノコってなんだ……?)


 毎日が自問自答の日々だ。

 

 キノコはスゥの身体で溶かされ、数秒後には元の色に戻る。


「……毒なし、ってこと?」

(もしかして、スゥは毒の判別ができる?)


 ぷるん!

 スゥが返事をする。


 「キノコの食べ放題、来たー!!」

 これで当分は食料が確保できる。


 「食べられない物は教えてくれよな」

 

 当たり前だが、スゥは無反応だ。

 俺の言ってることを理解して……る?


 森を進みながら、枝にぶら下がる赤や茶色の木の実を摘み取っていく。

 これもスゥが中に、果汁があることを教えてくれた。

 

 慣れれば美味しいジュースだ。

 

 前の世界では容易にパック売りされてた代物。 


 今は、そのひとつひとつが全てワンオペ……。

 どれほどの労力か、嫌でも思い知らされる。


 ふと、足元に見慣れない草があった。

 葉の縁がやけにギザギザしている。


 食べられるかな……触れようと手を伸ばした瞬間、スゥの触手にも似た手が伸び、俺の手を叩いた。


「いたっ!!」


 葉の先から、紫色の汁がじわりと滲み出ていた。

 スゥはその場で葉をつつき、ぷるぷると震えてから離れる。

 

 「この草……毒なのか?」

 

 ぷるん!!

 ……スゥは全身で肯定してみせた。


 背中から冷たい汗が流れる。

 もしスゥがいなければ、俺は迷わず採っていただろう。


 「助かったよスゥ!また、頼むよ」


 ぷるん!!

 (この世界では、俺、寄りかかってばかり……。)

 

 また、自己嫌悪だ……痛い。  


 やがて川の音が近づいてきた。木立を抜けると、透明な水が陽を反射して銀色に揺れ、底の小石までくっきりと見える。

 

 スゥはその水ではなく、少し離れた場所にある湧き水を案内してくれた。

 両手で水をすくうと、手が凍るほどの冷たさ。

 

 「水がうまい!!」

 生きてる実感が湧く。

 

 蛇口の水が懐かしい……。


 水を確保する入れ物には困らなかった。

 前に手枷と一緒に配給された、例の水袋がある。

 拘束されてて、飲めなかったやつね。

 

 森を戻る途中で、小さな三本爪の足跡を見つけた。

 大きさは子供の手ぐらい、地面に深く食い込んでいる。

 

 獣か、それとも……胸の奥でざらりとした不安が広がった。


 焚き火に戻ると、せん人様は木に背中を預け、ちょこんと座っていた。

 

 「ただいま、せん人様」

 他愛もない挨拶が、心地よく響く。


 一緒についてきていた、スゥは焚火の側で落ち着くと枝で地面に何かを描き始めた。

 形の整った立派な棒人間だ。


「やるじゃん……俺よりも上手いよ。」


 理解しているのか、スゥはぷるんと震えて得意げに色を変えた。

 自分で言って虚しくなるが、この世界はスライムにも絵心があるのか……。

  

 ――スライムって、絵が描けるの!?


 漠然とそんな疑問が頭を過ったが、考えても答えが出るはずもない。

 空腹で我に返る。


 俺は右手で鍋を描く。


 光が走り、鉄っぽい深鍋が現れる。

 何度も繰り返しているうちに、何となく俺の絵も様になってきた……気がする。

 まだ、生成した鍋はヨレヨレだが……。


 「うん、使える」

 そう自らに言い聞かせる。


 問題は別にある。


 生成した道具の維持には継続的な【魔力】が消費されているようだった。

 (こんな鍋でも留め続けるだけで、そこそこ疲れる……。)


 「食事で体力を回復しながら、魔力を消費……マッチポンプ」


 水とキノコ、焚き火にかける。

 水で煮込んだだけだが、素晴らしい料理だ。

 

 肝心の味はというと……キノコを水で煮た味だ。

 けれど、冷え切った体をじんわりと温めた。

 スゥにも汁を勧めると、嬉しそうに淡い色を灯す。

 

「味も塩気もない食事だが、温かいだけで幸せを感じる。」

(そういえば……食べものに幸福を感じたことなんてなかったな……。)


 食事を終えると、再び召喚訓練の再開だ!

 

 俺はステータス欄の「最大同時数:3」の召喚を試みる。

 同時召喚を行う。初めの子【ボー】は火をくべる、次の子は鍋をかき混ぜ、三人目の子には周囲の見回りをお願いした。


 小さな三人組がきびきびと動き回る光景は奇妙だが、不思議な安心感をくれた……十数秒で消えさえしなければ更にいい。


「……少しずつだけど、賑やかになってきたな」


 前の世界でもきっと色んな人に助けられていたのだろうが、今はそれが棒人間やスライムに置き換わっただけ。


 今はその気づきに感謝しよう。

 

 今日も変わらず寒い。

 けど、いつもより温かく眠れそうだ。

執筆再開しました!

ここから境界の森編は完結までノンストップで完走します!

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