後幕
道化が額縁の絵を入れ替える。
絵は戦争、死、死、死。そして、今、正に滅ぼされる村。
「出兵の日から約半年が過ぎました。」
「村の男衆はあれから散り散りにあちらこちらの戦場へと配され、お互いの行方などわからない状況になっていました。」
「戦争は、激しさを増すばかりでちっとも終わる気配をみせていませんでした。」
「3人の男達はなんとか生き延びていました。」
「同じ部隊に配された同郷の仲間が死んでいくなか、運が良いのか悪いのか、激戦の中でなんとか生き延びていました。」
「半年の戦場生活はやはり3人にかなりの変化を与えていました。」
「笑い男の顔からは笑みが完全に消えて、寝ている時まで恐怖で緊張した表情のまま固まっていました。」
「怒り男はそのぶっちょう面すら疲れからか酷くやせこけ、出兵前とはまるで別人のような顔になっていました。」
「泣き男はあれからやはり無表情のままで、異様なまでに独り言を呟くことが多くなっておりました」
「ですが、戦争はそんな3人の変化などお構い無しに動き、暴れ、何もかもを飲み込みます。」
「そんな銃声と砲火の日々が続くなか、彼らが向かわされた戦場は」
「…彼らの住んでいたはずの村だったのです。」
「彼らの人生のおだやかな終焉の地となるはずだった村。」
「彼らはひょっとしたら村から出る事もなく、普通に歳を取り、普通につがいと添い遂げ、普通にその地に骨を埋めることになったかも知れません。」
「でも、もはやそのありえたかもしれない幸福は、ただの手の届かない幻想へと堕ち、今は現実としての戦争が村を巻き込む形で彼らの目の前に広がっていたのです。」
「たたたん、たたたん、どーん、どーん。」
「向かわされた戦場で3人の男達は焦りました。」
「村が滅ぼされる。」
「自分たちの住んでいた村が」
「家は?家族の墓は?恋人は?」
「親しかった友人、知り合いの子供達、あの、いけ好かないけどどこか憎めなかった酒場の親爺はどうなった?」
「そんな想いがぐるぐると3人の男達を支配しましたが、銃声や砲火が邪魔をして一向に村に近づけません。」
「そんな焦りが彼らを支配する中、村の中から家家を踏み潰しながら戦車が出てきました。」
「戦車がドーンとその火砲を放ち、3人の男達とは違う小隊を綺麗さっぱり吹き飛ばしました。」
「3人の男達はさらに焦ります。」
『なんで戦車があんなとこから出てくるんだ!あんなのが出てくる戦線はもっと向こうのはずだろうが!』
『村が完全に占拠されてるのか?あいつらは…逃げられたのか?』
『どっちにせよあれを越えなきゃ村の状況が掴めない。こっちの戦車はまだ後ろではまってるのかよ!』
「3人の男達の焦りとは裏腹に、味方の進行速度は極めて遅いものでした。」
「まぁ、それもそのはずなのです。なにせ村の有る場所は国境の僻地にあったので、彼らの国にとってはそこまで重要な場所ではなかったのですから。」
「結局、3人の男達が村の中に入れたのは日の暮れはじめた頃でした。」
「村の中は惨々たる有様でした。」
「家家は荒れ果て、砲弾の跡があちこちをえぐり、見知った場所は軒並み壊れていました。」
「ですが、3人の男達の目には別なモノが見えていたのでございます。」
「村の中には敵国の兵の死体がいくつか転がっていました。」
「それらは一様に1つの共通点を持っていました。」
「皆、ガスマスクを持っていたのです。」
「村の中央広場に3人の男達が向かいます。」
「その足は向かいたくないのに向かわざるを得ないといった風体で、ひどく、ひどくゆっくりとした歩みでそこへ向かいました。」
「戦闘はまだ続いています、少し遠くで戦車の砲撃や兵士の銃撃が鳴り響いています。」
「村の中央広場にはナニかがうずたかく詰まれていました。」
「それは村の住人であったモノ達でした。」
「死が、そこにうず高く詰まれていたのでございます。」
「3人の男達で一人走り出した者が居ました。怒り男です。」
「怒り男は死の山を掻き分けて必死に探します。見つからない事を祈りながら。」
「ですがソレはあっさりと見つかりました。見つけてしまいました。」
「怒り男、彼の心の最後の一本がこの時に切れたのでございます。」
「怒り男はその場で崩れ、ただ泣き叫ぶだけになってしまいました。」
「残る2人はといえば、笑い男はゆっくりと、死の山を眺めていました。」
「その顔には、村を出る前にはあった、かつての笑みなど欠片も鳴く、ただ怒りだけがその表情を支配していたのでございます。」
「彼、笑い男の目に映った死の山には、見知った顔がことごとく乗っていたのですから、無理からぬことでした。」
「そして笑い男、彼の笑顔はそこで完全に消え果たのでございます。」
「笑い男は怒りから叫びました。その声にはもはや理性の色は残っていませんでした。」
「泣き男はといえば」
「…静かに笑っていました。現実のあまりの酷さにもはや笑うしかできなくなったのかもしれません。」
「そこへ、何をどう迷ったのか敵兵が一人迷い込んできました。」
「その兵士は乱戦の中、再び村の近辺まで戦線を抜けてきたらしく、満身創痍のありさまでございました。」
「その兵士は詰まれた死の前にたたずむ3人の男を見つけると重傷であるにも関わらず、ずるずると足を引きずりながら突撃してきました。」
「その姿はあまりにも隙だらけで、そして今にも倒れそうな有様でした。」
「そして、その兵士は撃たれました。」
「怒り男は哀しみから動けず、笑い男は理性を失ったまま叫ぶのみ」
「そのぼろぼろだった敵兵を撃ったのは泣き男でした。」
「泣き男は倒れた敵兵に続けて弾を撃ち込みました。」
「ターン、ターン、遠くから」
「ターン、ターン、近ずきながら」
「ターン、ターン、至近距離で」
「そして弾も切れたなら銃床で敵兵の頭部を何度も殴打します。」
「とっくの昔にその敵兵は死んでいるというのに。」
「泣き男、泣き虫でありながらも優しい心の持ち主だった彼はもうどこにもいなくなりました。」
「泣き男はその敵兵をボロクズにしている間中も、ずっとその薄ら笑みを浮かべつづけていました。」
「こうして、3人の男達のココロはうず高く詰まれた死の山をきっかけに、その死を迎えました。」
「ですが、戦争はまだ彼らから奪い足りなかったのでございます。」
「山の反対側から、ゴー…と重い音が響いてきました。」
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額縁の絵を入れ替える。絵は空爆、飛行機は黒く、爆弾は白い。そして爆発。
「ドーン、そんな前にも一度聞いた音が響きました。」
「そしてそれはココロを死なせた3人の男達から肉の命すらも奪い去ったのです。」
「その飛行機は黒く、白い爆弾を積んでいたのでございます。」
「黒い飛行機は、悠々と戦場の空から3人の男達の命を奪いせしめたのでございます。」
額縁の絵を入れ替える。絵は…なにも無い、黒一色だ。
「そうして、3人の男達はその物語に幕を閉じたのでございます。」
「これにて終わり、道化の一人芝居は終わりでございます。」
「ご来場の皆々様、どうもこの退屈なる紙芝居にお付き合いいただきありがとうございました。」
「これにて本日の演目は全て終了でございます。ではまた、いつの日かお会いすることを願って…。」
「それでは、さようなら、さようなら、さようなら…」
夕闇の広場で、道化が仰々しく挨拶を交わし、まるで図ったかの用に太陽が沈んだ。
全ては闇に閉ざされ、もう道化がどこに居たのかも、その広場がどこであったのかも綺麗に黒のベールで覆われた。
もう、その広場には動くものは何一つ居なくなった。
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死は終わりであるか否か?




