60. 履き違えの旅聖
海を背に、高台から街を見守るようにパルシャーマ大聖堂はある。
その内部には結界魔道具に魔力を供給するための大きなクリスタルが存在し、現在、百を超える聖職者達が結界を維持していた。一度に魔力を込めるのは三十名程度。魔力が切れた者から控えと交代し、絶えずクリスタルに魔力を供給し続けているのだ。
「報告します!ドラゴンは第一撃の後、沈黙!現在動きは見られません!」
「沈黙、・・・そうですか」
報告を受けた教皇ホエーデル=ヨルトは、魔力の使用で疲弊した聖職者達に<魔力回復・上昇>をかけながら、安堵とも困惑ともとれないため息を吐いた。
東の空から飛来した真紅のドラゴンが、何か柱のようなものを地に突き刺したのは数分前のこと。柱はすぐさま横に拡大し、土埃を上げながら凄まじい速さでヤルジャハの地をえぐっていった。
ドラゴンとは意思を持った天災のようなもの。一度は死を覚悟したヨルトだったが、しかしそれから数分、ドラゴンは地に降り立ったままいっかな何かをしてくる様子もない。何か機が熟すのを待っているのか、それともただの気まぐれなのか。天災の意図を伺い知ることなど、ヨルトにはできるはずもなかった。
「首の皮一枚で何とか生かされているといった状況ですね。しかし、我々にできることは外で戦う者達にヤルジャハを託し、結界を維持することのみです」
ヨルトの言葉に控えの者達が大きく頷く。その時だった。
「報告!ドラゴンに次いで巨大なゴーレムが出現しました!!」
広間に荒く響いたのは、新たな脅威を知らせる声だった。慌てて外を見ると、ドラゴンのすぐ近くに巨大な石のゴーレムがそびえ立っていた。
「これほど巨大なゴーレムが、いったいいつの間に・・・」
ヨルトは思った。スタンピードありとの神託は、ヤルジャハを守れという意味ではなく、逃げろという意味だったのだ、と。
そんな彼らに、そして結界の外で戦う者達、街で神に祈りを捧げる者達の頭の中に、突然言葉が低く鳴り響いた。
『ヤルジャハのヒト族どもよ、聞くがよい』
職業のレベルアップ時に鳴り響くような、経験のある者には<念話>スキルのような、そんな感覚だった。しかしその声はのしかかるように低く、重たい。
『儂は森巨人。そこな真紅の龍とともにシェシュマ神より命を受け、この地を救いに来た。今しがた南北に敷いた壁は決して破られることなどない。壁の外は龍に任せ、腕に覚えのあるものは戦線を下げ、南の防衛に参加するがよい』
ヨルトは肌が粟立つのを感じながらその言葉を聞いた。御伽噺でしか聞いたことのない森巨人が、そして龍が、シェシュマ神の命を受けヤルジャハの守護にやってきたのだ。
絶望していた冒険者、武僧達も一転、にわかに沸き立ち、歓喜に声を上げる。
『これより我が主にしてシェシュマ神の代弁者が結界を通る。代表者は迎える準備をせよ』
エルテは言って、人と魔物が戦う中を悠然と歩き出す。器用に人を避けながら、あるいは魔物を踏み潰しながら。
結界の近くまで来ると、腕を伸ばして握っていた拳を開く。中にはミロと、一応護衛についてきた『蒼月』のブルズドア、そして認識阻害の魔道具をつけたユゼンの姿があった。
「ねえエルテ。なんかこれ、すごく目立ってない?」
「大丈夫ですじゃ。皆戦いでそれどころではありませんで。のうユゼン」
「そ、そうですね。さっと結界を越えて、治療術士をお借りしてきましょう」
「それもそうですね」
森巨人と龍を従える者が目立たないわけがない。ユゼンは小さな嘘に罪悪感を覚えたが、シェシュマ教から治療術士の協力を得て荷台に乗ってもらうには、ミロを神の代弁者とするのが一番の近道だったのだ。
「それに、あながち間違いというわけでもなさそうですしね」
「ん、なんですか、ユゼンさん?」
「いえいえ。それでミロ君、結界はどうでしょう?」
「やってみますね」
「お、おい、本当に大丈夫なのか?」
心配するブルズドアの視線の先には、結界に焼かれた魔物の死骸が累々と積み重なっている。
「んー、まあ大丈夫だと思います」
ミロは言ってすんなり結界に手を伸ばす。するとバリバリ、と感電したような衝撃が走った。街壁の下に転がる魔物はこれに焼かれたのだ。
「ダメです。<絶対防御>はこのビリビリを防いでくれるだけみたいですね」
「け、結界が発動しているようだが・・・効いていないのか!?」
唖然とするブルズドアをよそに、ミロは次に<悪路運行>を試してみる。
<悪路運行>はミロが悪路とみなしたもの全てを道に変える。
結界。厚い膜のようなものに覆われた空間。触ると弾き返されるゼリーのような。そういえばゼリーに似た、プリンという異世界料理があった。今度作ってみんなに・・・いや集中。ゼリーのように抵抗があって通りにくい。
「通りにくい」と連想したのをきっかけに、ミロの手がぬう、と結界をすり抜けた。
「あ、いけました!」
同時にミロはユゼンとブルズドアを<収納>、エルテの手のひらを離れ、結界の中へと飛び込んだ。
墜落の衝撃を<絶対防御>に無効化してもらい、地を転がって着地する。<収納>したユゼンとブルズドアを呼び出す間に、教皇達が慌てた様子で近づいてきた。
「あれがシェシュマ様の代弁者・・・代神様の御一行?」
「いやしかし、あの方は『蒼月』のブルズドア様では?」
「ほ、本当に結界をすり抜けてきたのか!?」
「皆さんお静かに。代理とはいえ神の御前ですよ」
小さく叱咤するヨルトに、聖職者達は我に返ったように姿勢を正した。
「結界は抜けられましたけど、すんなり治療術士の協力を得られますかね」
「ふふ、おそらく大丈夫でしょう。一人知り合いがいました」
ミロの問いに、ユゼンはにやりと笑う。自信ありげに教皇の前に歩み出て、顔の高さで両手を合わせた。
「あ、あなたが代神様であらせられるのでしょうか?」
「いいえ教皇様、私は従者に過ぎません」
「なんと、それではあの少年が?・・・いえ、大変失礼なことを!申し訳ございません」
「いえいえ、あまり敬われるのを好まない方ですので。して、教皇様」
失礼します、と言ってユゼンはヨルトに近づき、二言三言耳打ちする。
途端、ヨルトは顔を紅潮させ、後ろで控える聖職者達を振り返った。
「急ぎ治療術士をここへ!」
「「はっ!」」
「モルガァラ、私は代神様とともに戦場を巡り、負傷した者達を救助します」
「教皇様自ら!?危のうございます、戦場へは私が!」
「いえ、あなたはここの指揮をお願いします」
モルガァラと呼ばれた男は、眉間にしわを寄せしばらくヨルトを見つめた後、諦めたように頷いた。
「承知いたしました。しかし、くれぐれもお気をつけて」
「何かあれば、頼みましたよ」
モルガァラが結界の維持へと戻っていくのを見届け、ヨルトはミロに歩み寄った。
「教皇のホエーデル=ヨルトと申します。代神様、この度は偉大なるご助力を誠にありがたく存じます」
「ダイシン様?えっと、僕はミロと言います。治療術士の方々にご協力いただけないかと思ってお邪魔したんですが・・・」
「従者様よりお聞きしました。ただいま術士を集めておりますので少々お待ちを。私も回復魔法の心得がありますので、是非お供させてください」
「え、ありがとうございます。よかった」
思いのほかすんなりと協力を得られ面食らったものの、ミロはホッと胸をなでおろす。
外ではもう仲間達が戦いを始めてくれている、治療術士の協力も得られた。スタンピード収束に向け自分もできることをしなければ、と意気込むミロであった。
*
エルテが植物と繋がって周囲を感知し、見つけた負傷者はミロとベルベリが手分けして<収納>し、交戦の場を発見すれば、魔物を蔦で拘束して戦況を有利にしていく。
「あちらに一人、魔物に囲まれておりますじゃ」
「わかった!」
植物を依代に作った分体、小さなエルテを肩に乗せ、ミロは走る。
向かった先には狼型の魔物五体に囲まれる冒険者の姿があった。
「とーいといとい!こっちだよー!」
ミロは躊躇することなく群れの中に飛び込み、噛みつかれたところを一匹一匹丁寧に仕留めていく。D級の初依頼では死に物狂いでツノラビと戦ったものだったが、C級ともなれば慣れたものである。
「き、君、大丈夫なのか!?」
「あ、はい。そちらは大丈夫ですか?見たところ怪我はしてないようですね。軽食でもいかがです?」
涼しい顔で最後の一匹を仕留め、ミロはハムと野菜のサンドイッチ、そしてミント草入りの氷を浮かべたレモネードを呼び出した。どちらも現在<食堂>の厨房で獣人達が量産してくれているものだ。
冒険者の男は状況に全くそぐわない提案にきょとんとしたまま、しかし素直にサンドイッチを受け取った。
「う、うまいな、このパン。それにこの甘酸っぱい飲み物も・・・戦場でこんなキンキンに冷えたものが飲めとは思わなかったよ」
「ふふ、他にも必要なものはありませんか?回復薬とか、武器とか」
「い、いいのかい?いやでも、今は手持ちも、交換できるものもなくてね」
「こんな時ですし、お金はいいですよ。あ、旅聖なので」
ここだとばかりにミロは言うが、旅聖は決して「無料でどうぞ」という意味ではない。
おかしな旅聖がいたものだ、と男は笑った。
「俺は『神音』のナルセン、土魔法をメインに体術も扱うんだが、籠手はさすがにないだろうか」
ナルセンの籠手はボロボロだった。魔物との戦いで籠手を潰され、魔力が切れたところを運悪く森ウルフ達に襲われたのだという。
「じゃあ魔力回復薬と、籠手は・・・これとかどうですか?」
武器の知識がないため、ミロは適当なものを<倉庫>から呼び出す。籠手を受け取ったナルセンは細い目を見開き、驚きのあまり二つ目のサンドイッチを飲み込んだ。
「けほっ、これは魔ど「主殿、次はあちらの方角に三人ですじゃ」
「わかった。すみませんナルセンさん、僕次に行きますね!」
「え、ちょ、ちょっとこれは・・・」
「旅聖ですのでー!」
忙しげに走り去るミロを、ナルセンは呆然と見送るしかなかった。
手にはフルポーションとフルエーテル、そしてダンジョン産の魔拳クリムゾンナックル。総額で百万オロンを優に超える置き土産があった。
「旅聖、なのか?」




