36. 紙屑への道
逃げるように教会を後にしたミロは、荷台にいる冒険者の治療組と森蜘蛛の解体・調査組にハンバーガーを差し入れし、その足でヴォルフ達に会いに行った。
これまでは帰りのためにラナかプトラをツィーレに置いておく必要があったのだが、いつの間にか全便の選択肢に『月華』の三人が追加され、その必要もなくなった。ツィーレへ戻る際はジニにでも騎獣になってもらい、転移扉で繋げばいいのだ。
ちなみに。選択肢にはなぜかツィーレ国王と宰相ハインズの名も追加されていた。いまいち選択肢への追加条件がわからないが、特に弊害もないので捨て置く。
ハンバーガーはヴォルフ達にも好評だった。魔道具で包みに状態固定を施した弁当用のハンバーガーを大量に渡しておく。大きい包みはヴォルフとジジ用、小さい方はロトー用である。
「そうだ、ミロ。一つ買い物を頼んでもいいか?」
食後、改まってヴォルフが頼んだのはマジックバッグの買い付けだった。
ヴォルフ達はそれぞれマジックバッグを一つずつ持っているのだが、ミロの弁当用にもう一つ欲しいのだという。
「旅の途中で見つけたらで構わない。金はまたホッズに言って少し多めに入れておくから、そこから使ってくれ」
ダンジョンの中からどうやってホッズに連絡するのかと不思議に思っていたが、何のことはない。S級以上になればディアコードでギルドとも連絡が取れるようになるらしい。
「わかりました。どんなのがいいですか?ジジの腕輪やロトーの指輪みたいに、いろんな入れ物があるんですよね?」
「基本的には俺が身につけるから何でもいいんだ。五百万オロンを目安に、できるだけ小さくて容量の多いものがあれば頼む」
「ご、五百万」
SS級冒険者の金銭感覚に思わず目眩するミロであった。
帰り際、<蝕命の呪い>が解明されるかもしれないと伝えると、待て待て待て、と鬼のような形相で引きとめられた。
ミロはツィーレでの一件を話し、今は荷台の中で検分が行なわれていると伝えたところで、ヴォルフ達は盛大にため息をつく。
「あんたね、そんな重大な情報をさらりと吐くもんじゃないよ」
「まだ調査中だから、変に期待させてもあれかな、と思って」
「それもそうだな。そもそも解明されたところで、魔族絡みの情報をおいそれと教えてはもらえんだろうしな」
「そうなんですか?じゃあ僕が王様に頼んでなんとか教えてもらってきますよ」
「いや、うん。なんだな。ミロが言うと本当に出来てしまいそうな気がするから不思議だな」
「大丈夫ですよ、ヴォルフさん。僕に任せておいてください!」
そう言ってミロは意気揚々と帰っていった。その背中を見送って、ロトーが呟く。
「なんだか、ツィーレの案内人とやらも苦労していそうだねぇ」
*
第三便にジニを選択して、転移扉でクラクシオ家の屋敷に帰る。
マジックバッグのことを相談すると、ジニは、任せるわいな、と言って早速手配に向かった。マジックバッグは希少なアイテムで、そうそう手に入るようなものではないのだが、そこはさすが一商会の会頭である。
少し早めに夕食をご馳走になり、プトラ達はいつもの修行のため<草原>に向かってしまった。ミロは珍しくすることがなく、あてがわれた部屋で一人の時間を過ごしていた。
「こんなにゆっくりするの久しぶりだな」
クラクシオ伯爵、オーバンに呼び出されたのはそんな夜のことだった。
使用人に案内され、オーバンの部屋を訪ねる。呼ばれたのはミロ一人だけのようだ。
オーバンの顔は今日一日で嫌という程見せられた、ジニにデレ通しの情けないものではない。初めて会った時の、外用の厳粛な顔つきだったのだが、しかし、それも使用人が下がるまでの話だった。
「あー!ありがとう!本当にありがとう、ミロ君!」
オーバンはミロの手を取り、ぶんぶんと上下に振りながら頻りに礼を述べる。目には薄っすら涙すら浮かべていた。
「お、オーバンさん。どうしたんですか?何のお礼かわからないんですけど」
感謝しているのはミロの方である。ここ数日屋敷で世話になり、炊き出しの援助までしてもらった。感謝されるようなことは特にしていないのだが。
「二度も命を救ってもらったのは言うまでもないのだがね、私が言いたいのはここ数日のことだよ!あのジニちゃんが!ここ数年屋敷にも碌に寄り付かなかったあのジニちゃんがだ!ああ、なんてことだ。私を頼ってくれて、いろいろとお話をしてくれるんだよ!ううぅ!」
オーバンは言って泣き崩れた。
「君が商売を始めるから、一緒に、一緒にだよ!?料金表を作って欲しいと頼んできたり、炊き出しの資金を出しただけなのに後でお礼を言ってくれたり!ああ、その時の可愛い笑顔と言ったら!それに、さっきだってそうだ!君が欲しがっているからとマジックバッグの手配を相談してくれたんだよ!!」
動く金額以外はごく普通の父娘のやり取りに感じるが、そんなことはないとオーバンは首を横に振る。
もう何年と顔を見ていなかったジニがひょっこり帰ってきたと思ったら、この数日でいろいろな相談事をオーバンに持ちかけるではないか。これほどまで父親として頼りにしてもらえたのは十数年ぶり、ジニ幼かった頃以来のことだった。
「そしてその全てのことが君に絡んだことだ。だから、私とジニちゃんの時間を作ってくれた君には感謝してもしきれない!」
「いや、僕は特に何も・・・」
「それで!?」
オーバンはずい、とミロに詰め寄った。手を握ったまま顔を寄せ、もうじき唇が重なるという距離である。
「それで、どうすればいいんだね?」
「な、何がですか?オーバンさん、か、顔が近いです」
「どうすれば君のようにジニちゃんにかまってもらえるようになるんだね!?」
「い、いやわかりませんよ。僕が世間知らずだから、ジニさんは世話を焼いてくれるんだと思います。そういう依頼でツィーレまで連れてきてもらったんだし」
「ほう、では私も依頼を出せば・・・」
「それは絶対ないです」
「ではどうすればいいのかね!頼む、教えてくれ!」
とうとうオーバンは額を床に擦りつけて懇願し始めた。ジニに対するこのバイタリティーは一体どこからやってくるのか。ミロは呆れ気味にため息をつく。
そして呆れながら、それでもどこか放っておけない自分がいるのを自覚する。家族が生きて健康であるなら、仲がいいに越したことはない、と。
「わかりました!」
ミロは言ってオーバンの前に正座した。太ももの辺りをパン、と叩いてオーバンの顔を上げさせる。
「ジニさん好かれるように、僕と一緒に特訓しましょう!」
*
「まずはそのウザいスキンシップは完全封印しないといけませんね」
「おおぅ、ウザい・・・のっけから辛辣ではないかね?」
「そうですか?ジニさんもずっと言ってましたよ?」
ずん、とオーバンが項垂れる。
「これからは不用意に触れてはいけません。突然抱きしめたり、キスなんか論外です」
「えぇ!そんなの耐えられない!」
「じゃあこれから先も嫌われ続けて、死ぬまでに何とか数回だけ、嫌悪感丸出しのジニさんを抱きしめる詫びしい人生でいいんですか?」
「いやだ!」
「じゃあ過剰なスキンシップはなしです。それと、ジニちゃんって呼ぶのも禁止です」
「なぜだ!?」
「では想像してみてください。オーバンさんがギルドマスターをしていた時のことです。ギルドの会議に突然お母さんがやってきました。オーバンちゃん、おやつ持ってきたよ。どう思います?」
「嫌すぎて爆発する!」
「それがジニさんの気持ちです」
「なんと!そんな風に思われていたなんて・・・」
「今のところ、ジニさんにとってオーバンさんは生ゴミのような存在です。触れたくもないし、近寄りたくもない」
「君、思ったよりスパルタが過ぎるな!」
「まずは近寄っても害のない、紙屑辺りまでレベルアップしないといけませんね」
こうしてミロの特訓は、ミロがツィーレを出る前夜まで、みっちり行われることとなった。




