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19. 秘密組織『パン同盟』

「知り合いは見つかったか?」


ジジの問いに、ミロは「だめだったよ」と肩をすくめた。

ミロは今日、ジジの案内でワロワーデンの王都ニカラにある商業ギルドに来たのだが、ナックという名の商人はワロワーデンにもいなかった。


「そうか、残念だったな」

「うーん、それが意外とそうでもないんだよね」


職業を授かったばかりの頃は、罵られ、蔑まれ、すぐにでも村に帰りたいと思っていたミロだったが、ルインやヴォルフ達、気が許せる者達との出会いを経て心境に変化があったようだ。


「都会は嫌な人達ばかりだと思ってたけど、友達ができたらちょっと楽しくなって、外の世界も悪くないかもってね。何だか単純だよね、僕」


ははは、とミロは苦笑いする。


「そんなことはない。俺達も同じだ。お前と出会って、だいぶ心に余裕ができた。ヴォルフがハッチの修行に付き合っているのがいい証拠だ」


ヴォルフと雪蛇の戦いに何か思うところがあったのか、ハッチが剣の修行をしたいと言い出し、ヴォルフとロトーがその指導役を買って出たのだ。

ノエリアを<倉庫>に収納してここ数日というもの、三人は毎日のように雪山で剣の修行に明け暮れている。


「あいつが他人のために時間を使うなんて、今までは考えられなかったからな」

「十歳の頃からずっとノエリアさんのために戦ってきたんだもんね」

「ああ。俺は、ヴォルフが【魔物使い】になった時からの付き合いだが、当時のあいつは【魔物使い】というより魔物そのものだったからな。ヒト族を怖いと思ったのは後にも先にもあいつだけだ」

「へぇ、あの優しいヴォルフさんからは想像もできないね」

「あのヴォルフが優しい、か。クククク・・・」


ジジが牙をむいてにやける。


「そこ笑うとこ?だってそうじゃない。お姉さん思いだし、ヤコさんのこともすごく気遣ってるみたいだし、僕にもよくしてくれるし」

「まあ家族思いではあるな。しかしミロ、お前ヴォルフが世間でなんと呼ばれているか知っているか?」

「・・・」

「どうした?」

「・・・ねえジジ、さっきからなんか見られてる気がするんだけど」


あたりを見回すと、やたらと目が合う気がする。

ミロとジジを見て、驚いたような、怯えるような顔をしている。そんな風だった。


「なあ、あれって『死神』んとこのテイムモンスターだよな」

「隣のガキは誰だ?楽しそうに会話してるようだが?」

「楽しそうに?まさか。馴れ馴れしく絡んでいったやつが<威圧>スキルで治療院送りになったことあるって噂だぜ?」

「何人もの冒険者の首を噛みちぎってるらしい」

「マジかよ・・・」


冒険者の一行がこそこそと話す声は、しかし遠くてミロには届かない。


「魔物が街中にいるのが珍しいのだろう。【魔物使い】はまだマイナーな職業らしいからな」

「へぇ、そうなんだ。そういえば僕もヴォルフさんしか知らないや」


テイムモンスターなら運び屋ギルドで見たけどね、とミロは言う。


「それより、この後はどうする?アジトへ帰るか?」

「食材を買い込んだら、ヤコさんを誘ってヴォルフさん達と合流しようか。雪山ピクニック、よくない?」


ミロは言って、久々に召喚していた荷物袋を送還、プトラを召喚した。


「オ、用事終わったのカ?」

「うん。少し買い物をして雪山修行に合流しようと思って」

「やっホー!オイラも修行するゾ!」


ジジを<収納>して自身も御者台に乗り込む。


「な、なんだ今の・・・」

「いきなり騎獣が現れて、『死神』んとこの黒獅子が一瞬で消えちまった」

「転移魔法か?」

「まさか。あんなガキがそんな高等魔法を・・・?」


この後すぐ、『死神』のテイムモンスターを連れた少年の噂話が、冒険者ギルドを席巻することになる。





修行組と合流し、プトラはそのまま修行に参加。ミロとヤコはプトラの荷台の中で夕食作りに精を出していた。

火にかけた大鍋のそばでは、ジジが<草原>のそよ風を受けながらまどろんでいる。


「寝かせた生地をパン一つ分ずつに切り分けて、丸めて、さらに寝かせます」

「寝かせた生地をさらに寝かせるのですか?」

「こうするとふっくら焼き上がるんですよ。それにしてもヤコさん、片手なのに包丁さばきもパン捏ねるのもお上手ですね」

「慣れるとさほど支障もございませんよ。もう十年ほどになりますので」


パンを発酵させる間に、ヤコは野菜を切り、ミロは雪蛇の肉を捌く。

捌いた肉にはスパイスを絡めて焼き目をつけ、出た脂で野菜にも火を通す。

あとは野草を数種類と水を入れてひたすら煮込むだけである。


「最後にココナの樹液を入れたらシチューは完成です」

「ヤギの乳に比べてだいぶとろみがあるようですね」

「ミルクよりほんのり甘みがあって、植物由来なのでもたつかないんですよ」


シチューの番とパンの焼き上げをヤコに頼み、ミロはもう一品に取り掛かる。


「そちらは何を?」

「雪蛇を揚げ肉にしてみようと思いまして」


小麦粉とスパイスに水を混ぜて衣を作り、一口大にした肉をくぐらせる。


「少し水多めで、衣は軽めに。ソースはトマトとパセラン草でちょっと酸味を効かせようかな」


次々と雪蛇肉を揚げながら、同時進行でトマトとパセラン草を刻んでソースを作る。

肉は揚がったそばから<倉庫>に収納である。


「名だたる冒険者が喉から手を出して欲しがりそうなスキルを、揚げ物の保存に使うだなんて・・・」

「<倉庫>に入れておけば揚げたてを食べられますからね」


揚げたては美味しいですよね、とミロは笑う。


《運搬物の総数が1600に達しました。職業レベルが14に上がりました》

「あ、レベル上がった」

《ユニット数が4096から8192に増加しました》

《スキル<第二便>が開放されました》

《<第二便>開放に伴い、ステータス名「形態」が「第一便」に変更されました》

《基礎値:器用が1ポイント増加しました》

《基礎値:敏捷が1ポイント増加しました》

「き、基礎値きたぁーー!!」


ミロは拳を掲げ、久しぶりの基礎値アップを噛み締める。

その声にジジも目を覚ました。


「なんだミロ、職業レベルが上がったのか?」

「うん!器用と敏捷が一ポイントずつ上がったんだよ!」

「そういえば基礎値が上がりにくいと言っていたな。よかったじゃないか」


上昇値は極めて低いが、それをわざわざ指摘するほど無粋なジジではない。


「えへへ。ハッチ達の修行のおかげだよ」


ハッチの修行で大量の魔物や採取物が荷台に収納されるため、ワロワーデンに来てからもう三回目のレベルアップである。今収納している揚げ肉もしばらくしたら運搬物の総数にカウントされるはずなので、ミロの顔も自然と綻ぶ。


「久しぶりに。なむなむなむ、<ステータスボード>!」


-----


ミロ(15才) ヒト族・男

職業/御者 Lv.14

状態/正常

ユニット数/8192

第一便/▼騎獣、▼プトラ

第二便/▼―、▼―


<基礎値>

力:0

守り:0

器用:6

敏捷:1

魔力:0


<スキル>

荷台召喚、安全運搬、荷物リスト、地図、収納、護衛戦士、コンシェルジュ、ユニット操作


-----


「この表示の仕方からすると、<第二便>は騎獣がもう一体増えるって感じだね」


採取の効率が上がるな、と喜ぶミロ。その真価は全く別のところにあるのだが。


「パンももうすぐ焼き上がるし、確認は夕食の後にしよっと」





「ミロ、おかわりをもらってもいいか?」

「はい。たくさんあるので遠慮なくどうぞ」

「俺も頼む」

「あたしもだよ」

「は、ハッチもだよ!」

「はいはい。ハッチはまだ残ってるでしょ?たくさんあるから、それ食べ終わってからね」


シチューは大好評のようである。

プトラが独りにならないように、夕食は外に絨毯を敷いてとることにした。火魔法が込められた魔道具だそうで、じんわりと暖かい。


「このパン、本当に柔らかいです」

「手間をかけた甲斐があったでしょ?」


ヤコはパンを噛みしめ、感心したように頷いた。


「お前のパンは世界中で食べたどのパンよりうまい」


そう言ってヴォルフがかじるパンはもう六つ目である。


「この揚げ肉もうまい。雪蛇がうまいのは知っていたが、調理でここまでうまくなるとはな」


ジジは一口大の揚げ肉を五、六個ずつ口に入れ頬張っている。


「ピリッとした衣に、このさっぱりしたソースもいいね。ジューシーな肉に合ってる。あたしはこの組み合わせ好きだよ」

「おい、食べ過ぎだぞ、小鳥」

「あんたこそもうちょっと味わって食べたらどうだい、黒ネコ」

「ほらほら二人とも喧嘩しないで。パンも揚げ肉も<倉庫>にまだたくさんあるから」

「これもおかわりがあるのかい?」

「なんだ、ここにあるだけだと思って遠慮していた」


ジジとロトーの食べるスピードが加速する。


「ミロ、ハッチのパンをちょっくらだけ切ってくれ」

「いいよ」


ハッチに言われて、ミロはパンに切れ目を入れる。


「何をするんだ?」

「ボルフ、見ていろ。ハッチはこうする!」


ハッチは切れ目に野草のサラダを敷き、その上に揚げ肉を隙間なく挟みこむ。

出来上がった創作パンを両手で掲げ、どうだまいったか、と言わんばかりにヴォルフに見せた。


「ハッチによる、スーパーへびパンだ!」

「ほう、うまそうだな」


一口かじったハッチの顔がとろける。


「うまいだ。ボルフも食べてみろ」

「うむ、うまいな。肉汁とパンの甘さがよく合っている。これにもソースをかけてはどうだろうか」


ハッとしてトマトとパセランのソースをかけ、もう一口。


「すごいうまいになった!」

「本当だな。トマトとパンも相性がいい」

「・・・」


ハッチは腕を組んで目を閉じた。


「どうしたハッチ?」

「・・・ボルフよ、よく聞け」

「うむ」

「ここで、パン同盟を結び目にする!」


雪山にハッチの声がこだました。

おそらく、今ここにパン同盟が締結されたようである。


「パン同盟?」


語彙力の乏しいハッチの説明をまとめると、どうやらパン同盟とは、ミロを崇拝対象とし、ミロの作ったパンの美味しい食べ方を研究、その素晴らしさを大いに語りあうことを目的とした秘密組織であるらしい。


「なるほどな、光栄だ」


がっしりと手を握り合うヴォルフとハッチ。

その様子を見てヤコが微笑んだ。


「ヴォルフ様があれほど楽しそうにしているのを久しぶりに拝見しました」

「ノエリアさんのことが一段落して余裕が出たんだろうってジジが言ってました」

「ジジの言う通りでございます。私もこんなに心穏やかな気分になったのは久しぶり、いえ、初めてのことかもしれません」

「たまにはこうして外で食べるのもいいですよね」


それは長年穴ぐらで生活してきたヤコに対する、ミロなりの気遣いだった。


「とても充実した一日でした。本当にありがとうございます」


ヤコは遠くの方から夕日の色に染まっていく雪景色を眺めている。

その胸に、一つ大きな覚悟と決意を抱いたのはこの時だった。


「・・・その、ヤコさんはこれからどうするんですか?」


ノエリアは<倉庫>の中に収納したので、これからは世話をする必要もアジトで暮らす必要もない。

ヤコはミロに向き直り、姿勢を正した。


「その件で、ミロ様にお願いがございます」

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