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12. 【閑話】悪欲なる計画

「何たる不覚・・・」


司教室へと続く階段を登り、カシーニ=ズゥは怒りあらわに言葉を吐き出した。


「私に神託がないことを知られてしまった!」


それは、ミロが儀式を受けた時のこと。

思わぬシェシュマ神の顕現に、つい溢れた本音だった。

当たり散らすように手荒に開けた司教室のドアを、同じく手荒に閉め、ガコン、と重い鍵をかける。

神託とは時に神の言葉であり、時に断片的な単語や映像の羅列でもある。中級以上の聖職【司祭】や【司教】にもれなく発現するスキルで、【司教】であるズゥもまた、当然習得していたスキルであった。

いつから神託がなくなったのかはわからない。

シェシュマ神教における地位に執着し始めた頃か、私事で人の命に手をかけるようになった頃か。気がついた時にはもう何年と神託を受けていなかった。


「私の地位を脅かす不穏分子は排除しなければ」


見事な責任転嫁の後、ズゥは通信魔道具を手に取った。


「・・・ああ、商ギルの」

「いかがいたしました?司教様」


通信を受けた商業ギルドのギルマスは「どうせまた面倒事だろう」と小さくため息をついた。


「少し頼みがあってな。もし【御者】の職業持ちがギルド登録に現れたら、どんな手段でもいい、登録試験を不合格にしてくれたまえ」

「【御者】?馬車に乗るあの御者ですか?」

「ああ、どうやらそのようだ」

「・・・理由を聞いても?」

「それは知らない方が君のためになる」


やはり面倒事か、と頭を抱える。何が目的かは知らないが、ズゥは度々商業ギルドに厄介事を持ち込んでくる。正直断ってしまいたいが、そうすればさらに面倒なことになるのは目に見えている。


「わかりました。では試験問題を難解にしてみましょう」

「すまんね。また国王様にでも言って、土地か奴隷かで礼をするよ」

「それはありがたいですが、できるだけ汚れていないものでお願いいたします」


我々は何より信用が命ですので、とギルマスは念を押す。


「わかっておるよ。ではな。くれぐれも頼む」

「承知しました」


通信を切ったズゥは、「若造が!」と魔道具に向かってわざとらしく舌打ちした。


「ふん、偉そうに。一体誰のおかげで大きな顔をできると思っておる」


いついつの恩がどうのと文句を垂れながら、次に繋いだのは冒険者ギルドのギルマス、ダガートだった。


「おお、冒ギルの。ちと頼みがあってな。そっちに【御者】の職業持ちが現れたら、事故か何かに見せかけて始末しておいてくれ」

「はあ?なんすかいきなり。暗殺なら司教様お抱えの暗殺ギルドの専売特許じゃないですか」

「馬鹿が。いくら秘密の通信だからといって下手なことを言うでない。暗殺でなくとも、お前なら登録前の模擬戦とでも言って、運の悪い事故に見せることもできるであろう?」


それこそ野蛮な冒険者の専売特許であろう?と言うズゥに、ダガートは「くそが」と口だけを動かした。


「来るもの拒まずの登録に事前審査があったと分かれば問題になるでしょうが。しかもそれがギルマスとの模擬戦となれば、本部の監査案件ですぜ?どこから司教様に行き着くかわかりませんよ?」

「それは私に対する脅しか?お前がギルマスになるのに、私がどれだけ手を尽くしてやったか。よもや忘れたとは言わせんぞ?」

「へいへい。忘れてませんよ」

「では何とかせい!」

「まあ事故死ってのは採用するんで、司教様は暗殺ギルドに頼んで【魔物使い】を3人ほど、俺んとこに寄越してください」

「【魔物使い】?どうする気だ?」

「まあまあ。うまいことやりますんで。それで?何なんです?その【御者】ってやつは」

「・・・シェシュマ教に害をなすであろう不穏分子だ」

「ふーん、不穏分子ね。まあいいすわ。ことが終わったら連絡入れます」


そう言って、ダガートは返事も待たずに通信を切った。


ズゥの暗殺計画はシンプルなものだった。

職業を得た者はそのほとんどが冒険者ギルドか商業ギルドのどちらかに所属する。ギルドは手っ取り早く稼ぐにはちょうど良く、ギルドと言って思いつくのはだいたいその二つだからである。


「商業ギルドの登録を阻み、冒険者ギルドに行くように仕向け、冒険中の不運な事故として処分する。我ながらよくこんな完璧な作戦を思いついたものだ」



つい先程までの怒りはどこ吹く風。あとは吉報を待つのみ、とズゥは優雅なティータイムを一人満喫するのであった。





ズゥの命を受けたダガートは、適当な理由をつけてミロの担当となった。

これで依頼と言うだけで思うままの場所にミロをおびき出すことができる。


「てな訳で、お前らは西の森でツノラビをテイムして、一斉に【御者】を襲わせろ」


「決して姿を見られるな」と忠告して、ズゥが寄越した暗殺ギルドの【魔物使い】三人を西の森に向かわせる。

ツノラビは比較的弱い部類の魔物だが、さすがに五匹一斉に襲われては、しかもそれが【魔物使い】の使役下にあれば話は別である。


夕刻。ミロの帰還を知らされたダガートは己の耳を疑った。


「じゃあツノラビは討伐できたのか?」

「はい、依頼通り、五匹分あります」


話はそれだけでは終わらなかった。

ミロの取り出した白銀のツノラビに、ダガートは目をむいて飛び上がった。


「こいつぁ、シルバーフォーチューンじゃねぇか!」


記録と噂でしか見聞きしたことのない魔物だった。

大金のなる木を目の前に、ダガートは次なる作戦を思いつく。

ミロをサラコナーテのダンジョンに向かわせ、その道中もしくはダンジョン内で葬るという暗殺計画である。

ついでに、と言うには額の桁が凄まじいが、シルバーフォーチューンは買取表を細工して自分の懐に金が入るようにする。書類の偽装などギルドマスターにとってはツノラビ討伐より容易い作業である。討伐した本人は不運にも命を落としてしまうので、証拠も証言も何一つ残らない。

完璧な計画だった。


ズゥに暗殺失敗の報告をすると、当然馬鹿だのグズだのと罵声を浴びせられたが、しかし甘んじて罵られるダガートの声は明るかった。


「次に失敗すればお前の命もないと思え」

「まあまあ、安心してくださいや。次の作戦はバッチリ考えてますんでね」


その後も散々罵倒されながら、なんとか追加の暗殺グループと足手まといになりそうな騎獣を用意してもらい、ダガートは通信を切る。


「何が私に感謝しろよ、だ。俺に手を汚させておいて恩着せがましいんだよ、ジジイが」


ギルドマスター就任時の御膳立てをいつまでも持ち出しやがって、とダガートは苦虫を噛み潰したような顔で吐き出た。

そうだ、とふいにどす黒い愉悦がこみ上げる。


「金が入ったら暗殺ギルドに依頼してジジイを始末するってのもアリだな」





ミロが王都を起って五日。道中暗殺が成功していればそろそろ報が入ってもいい頃合いである。


「失敗なら、今頃あいつはサラコナーテのダンジョンの中か」


この数日というもの、大金を目の前に、お預けを食らうような気持ちで過ごしてきた。仕事も手につかず、少し落ち着こうとマスタールームに入ったダガートだったが、その目に飛び込んできたのは、力なく床に座る暗殺者の姿だった。


「お前は暗殺ギルドの。まさか失敗したのか?D級のペーペー相手に何やって」


ダガートの言葉を遮って、暗殺者の小男が簡潔に報告する。


「強力な魔法使いの同行者がいて失敗した。が、見張りは無事だ。追加メンバーはすでに送った。追加金はいらん。」


そう言って事切れる。

ミロのもとに送り込まれた暗殺グループは目の前の小男を含め四人。実行班の三人は返り討ちにあい死んだが、もう一人、戦闘には加わらなかった見張り役は無事のようである。


かくしてさらに一週間後。

ようやく暗殺グループからもたらされた暗殺成功の報告は、しかし後味の悪い、はっきりしない内容であった。


「ダンジョンから一週間出てこない、か。上級者ならあり得るが、D級なら死んだと考えるのが普通か・・・」


ダガートは、むしろそうであってほしいという願いを込めて、そう言った。

見張り役は一人になった後もミロの動向を遠くから監視し続けた。決して手は出さず、ダンジョンに潜るミロを追って自らもダンジョンに入ったのだが、その途中、驚異の速度で階層深くへ向かうミロを見失ってしまった。仕方なくダンジョンの入り口を張るも帰還する様子はない。追加メンバーと合流してからも、二手に分かれて入り口の監視とダンジョン内の捜索を続けたが、ミロの姿を確認することは叶わず、ダンジョン内で死亡したと結論付けたのであった。


「・・・という顛末です」

「なんとも後味の悪い」

「全くで」


通信魔道具の向こうでダガートとズゥは同時にため息をついた。


「ダンジョン内の捜索は二十階層の主手前までであったか?それより下にいる可能性はないだろうな?」

「そりゃあり得ないです。二十階層の主はSS級パーティーでも突破できるかどうかってバケモンですから」

「ふむ。ならば一ヶ月出てこなければ死んだと考えてよいだろうな」

「そういうことです。しかし、一ヶ月の見張りはタダ働きなんでしょう?司教様も容赦ねえですね」

「ふん。雑魚一匹まともに始末できなかったのだから当然であろう」

「ククク、怖え、怖え」

「ともあれ、これでようやく不穏分子も取り除かれたわけだ」

「これでシェシュマ教も安泰ですかね」


これにズゥは答えない。ではな、と素っ気なく通信を切った。

ダガートもダガートで、そんなズゥの態度など気にもかけない。一生遊んで暮らしても使い切れない大金が懐に舞い込むのだから。


こうしてミロの暗殺計画は、後味の悪い結果を残して幕を閉じたのであった。

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