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第1話 渋滞嫌いの加藤さん

 とある都内のIT系企業の喫煙室。


 そこでは、二人のOLがスーツに身を包んで、会話が行われていた。

 一人は、セミロングに近いショートカットの長身の女性、もう一人はポニーテールに小柄な体格。二人とも年齢は25歳前後。


 ショートカットの女は、右手にスマホ、左手に紙たばこを持ち、紫煙を燻らせていた。ポニーテールの女は、右手に電子タバコを持ち、口に含んだり、離したりしていた。


「で、加藤さんが乗ってるバイクって?」

「ああ、CBR650Rだな」


 どこか男っぽい口調で答えるのが加藤由希奈(ゆきな)という女。切れ長の目を持つ、キツネ顔の一見するとクールな美人でもあったが、どこか冷たい印象を抱かせる。

 そして質問をしたのが私。丸顔のタヌキ顔で、垂れ目がちな目といい、見た人に柔らかい、穏やかな印象を与えるらしい。私の名前は山本春香(はるか)。26歳。


 これは、私が出会った「変わり者たち」のライダーの物語である。


「へえ。CBR。ホンダのフラッグシップだね」

「そういう山本は?」


「私? 私はヤマハのXMAXだよ」

「なんだ、スクーターじゃねえか? ニーハンか?」

 ニーハンとは、バイク乗りたちの用語で、250ccのことを指す。


「そうだよ。でも、スクーターって楽なんだよね。特に渋滞が」

 その渋(・)滞(・)という一言に、敏感に反応し、彼女の眉が不穏げにわずかながら動いたことを、私は感じていた。


「渋滞……か。確かにスクーターはいいよなあ」

「じゃあ、今度、一緒にツーリング行く?」


「……うん。まあ、いいか」

 一瞬の間があったことに、私は不思議に思いつつも、二人のツーリングは計画が練られていった。


 私と加藤さんは同期入社組で、入社時から顔を合わせていたから、お互いのことをよく知っていたが、加藤さんがしばらく出向で本社を離れており、この年の4月にようやく久しぶりに本社勤務に戻ってきており、そこで会話をしたのだった。


 どちらも大学生時代から、二輪免許を取り、それなりに経験があり、社会人生活も4年目に入った、同い年で今年で26歳になる二人だったが、互いに離れた勤務先にいたこともあり、これまで一緒にツーリングに行くことがなかった。


 それ以前に、私は以前はネットで募集していたツーリンググループに参加したが、大人数で、ちょっとしたトラブルもあったため、自分には合わないと感じ、そのツーリンググループからは脱退していたし、加藤さんはそもそも「人と群れる」のが嫌いな一匹狼的なところがあったから、通常はほとんどソロツーリングだという。


 計画は、とんとん拍子で進み、次の土曜日の午前7時に、中央高速道路の談合坂《だんごうざか》サービスエリアで待ち合わせをして、一緒に山梨県へツーリングに行くことになった。


 加藤さんは、千葉県千葉市に住んでおり、私、山本は、都内の大田区に住んでいる。


 互いに待ち合わせ場所までは遠いが、千葉市に住んでいる加藤さんの方が私よりも遠い。


 季節は、4月。まだ肌寒さを感じる時期だが、近年の地球温暖化により、5月頃から暑くなる可能性もあるため、実は4月のこの頃の方が場所によっては、バイクでは走りやすくなる。


 そうして、二人で行く初めてのツーリングになったのだが。


 私は、ここで初めて加藤さんの「本性」に気づくことになる。

 お互い、インカムを持ってきて、通信をしながらツーリングをすることになった。


 先に着いたのは、私の方だった。午前6時40分頃。早くも到着。


 暇潰しに電子タバコを吸っていた私だったが、喫煙所を離れて、自分のバイクに戻ろうとした、15分後の6時55分。


―グォオーーン!—

 どこか暴力的なエキゾーストノートを鳴らして、すでに数多くのライダーが集まっていた、談合坂サービスエリア下りのバイク置き場に彼女が現れた。


 赤と黒の美しい車体を持つ、スポーツ系のバイク、ホンダのCBR650Rだった。

 黒のライダースジャケットに、同じく黒のフルフェイスヘルメットをかぶり、黒のライダースブーツを装着しており、ショートカットの髪と長身から、傍から見れば男と思われてもおかしくないほど、男っぽい恰好で、オシャレさや可愛らしさといった、女性的な要素がまるでなかった。


 一方の私は、赤いライダースジャケットに、茶色のチノパン、短いライディングシューズに、バイクにデコレーションをしたり、キーに可愛らしいアクセサリーをつけたり、女性らしいオシャレさと可愛らしさを重視しており、二人は対照的だった。


「おはよう、加藤さん」

「ああ」

 にこやかに挨拶を交わす私に対し、加藤さんはやはり素っ気ない、男の子のような挨拶を交わすのみ。

 私は、初手から気になっていたことを加藤さんにぶつけていた。


「にしても、オシャレさのカケラもない恰好だね。男の子みたい」

 それに対し、加藤さんの返答は、私の予想とは少し違っていた。


「これでいいんだよ」

「なんで?」


「女っぽい恰好をしてるだけで、『バイク女子』と思われて、道の駅とかサービスエリアで声をかけられるから、ウザいんだ」

「なるほどね。加藤さん、背が高いし、美人だからなおさらだね」


「そういう山本は声かけられないのか?」

「あんまないかなあ。あっても、断るけど」

 そして、二人、というよりも加藤さんが真っ先に向かった場所が、喫煙所だった。


 私は、喫煙者と言っても、あまり吸わなくても平気だが、加藤さんはかなりのヘビースモーカーらしく、社内でも休憩する度に、喫煙所に行くことを私は知っていた。


 そして、その喫煙所で、早速加藤さんの愚痴が始まっていた。

「ったく、土日ってのは、何でこんな混むんだ? 朝っぱらから渋滞しやがって。しかもド下手なサンデードライバーが多すぎるんだよ。ウゼえから、車乗るなよ、バカどもが」

「まあまあ」

 聞くと、ここに来るまでの間、首都高及び中央道で渋滞にハマったらしく、彼女は朝から不機嫌だった。というより、加藤さんがこんなに口が悪いとは私は改めて気づき、驚くのだった。

 普段から、どこか素っ気ないところがあるが、何だかんだで優しいところがある彼女は、ここまで口が悪くはないからだ。


 そして、いざツーリングに行くと。

「音、すごっ。あと、追いつかないって」

 かろうじて届くインカムの受信範囲の中で、私が答えるが、先を行く加藤さんのCBRはもうはるか先に行っていた。


 CBR650Rは、4気筒で最高出力が95馬力もあるのに対し、XMAX250は単気筒で17馬力しかないから、その排気量の差は歴然だった。


 ツーリング自体は、特に問題がなく、山梨県の富士川添いの快走路を走ったり、富士五湖周辺を走ったり、広域農道を走ったりと、天気が良かったこともあり、気持ちのいいツーリングを満喫し、二人で富士宮焼きそばを食べたり、晩飯にはほうとうを食べたり、日帰り温泉に入ったりして、十分いいツーリングだったのだが。


 夕方の18時過ぎ。

「じゃあ、帰ろうか?」

 日帰り温泉の休憩室で、そう声をかけた、私に対し、加藤さんは不機嫌そうに顔をしからめていたように、私には映った。

 一応、頷いて、暗くなり始めた道を高速道路のインターに向かって走らせる加藤さん、そして後に続く私だったが。


 加藤さんが乗り気ではなかった理由はすぐにわかった。再度、行きとは逆の談合坂サービスエリア上りを出発してすぐ。

「えーっ。八王子まで2時間!」

 高速道路の案内表示版には「渋滞」の文字。思わず私はインカム越しに叫んでいた。


 車列は談合坂辺りから延々と続き、全然動かなかった。

「だから嫌だったんだよ。大体、今日は普通の土曜日だ。なのに、渋滞20キロだぞ。頭おかしいレベルだ」

 インカムで会話をしながらも、加藤さんは不機嫌そうに愚痴っていた。


 そして、少しも動かない「高速」道路ですらない道を、ふらふらと低速で走るCBR650Rに対し、私は、

「もう面倒だからすり抜けしよう」

 と提案したのだが。


「嫌だ」

 加藤さんは拒絶していた。


「何でよ?」

「お前のようなスクーターに乗ってる奴にはわからんだろうが、大型バイクですり抜けは結構ヤバいんだ。出来るだけやりたくない。かと言ってやらないと、エンジンからの排熱で熱くなってヤバいし」


「マジで」

「マジだ。とりあえず休憩しながら行くぞ。何だったら、お前だけ先にすり抜けて行っていい」


「いや、それは何だか悪いから」

 と、言って結局、私まで渋滞に付き合うことになった。


 だが、結局、二人は疲れてしまい、途中の藤野パーキングエリアに入って、休憩していた。

「この先は、地獄の小仏《こぼとけ》トンネルか」

 缶コーヒーに紙たばこという、完全に「昭和のおっさん」みたいな休憩のやり方の加藤さんに苦笑しながら、私は電子タバコのお共にココアを飲んで、応じていた。


「そうだね。中央道の渋滞ポイントだね」

 スマホの地図アプリを眺めていた加藤さんは、この先の小仏トンネルが真っ赤になっているのを見て、溜め息交じりに呟く。

「毎回毎回、週末ごとに混みやがって。山本、今度行く時は、時間をズラして帰るぞ」


「わかった。何時頃まで?」

「そうだな。せめて21時過ぎまで待たないと、渋滞は解消しない。首都圏に住む者の宿命とはいえ、私は渋滞という物が大(・)嫌(・)い(・)なんだ」

 そう愚痴って、しかめ面をしてから、加藤さんは2本目のタバコに火をつけ、缶コーヒーを飲むのだった。


 これは、首都圏に住む、「変人な」ライダーたちと、それに付き合う仲間の物語。

 私たちのツーリングは、まだ始まったばかりだった。

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