番外編 小鳥の観察日記
二年B組の割れた窓枠の隅。
そこは、一羽のヤマガラにとって世界で一番お気に入りの「特等席」だった。
毎朝、山から霧が引き、東の空が白み始めると、ヤマガラは小さな羽を羽ばたかせてこの廃校へとやってくる。
人間たちが去ってから、校舎を包む木々は一段と背を伸ばし、小鳥たちにとって安全で豊かな餌場となっていた。
ヤマガラの目から見ると、この「水没した教室」は実に面白く、不思議な光景に満ちていた。
「チチッ、ツツッ」と小さく鳴きながら、ヤマガラは窓枠から一番近い机の天板へと飛び移る。
その机の上には、青々とした厚い苔がびっしりと蒸し咲いており、朝露を含んでキラキラと輝いていた。
ヤマガラは器用なクチバシで苔の隙間をつつき、そこに潜む小さな虫や、風が運んできた植物の種子を探し出す。
『朝のごはんの時間だ』
ヤマガラが種子をひとつ啄み、ごっくんと飲み込んだとき、足元の水面が揺れた。
見下ろすと、水底を大きな黄金色の影が横切っていく。
教室に住み着いているあの鹿だ。
小鳥の視点から見ると、鹿はまるで歩く山のように巨大で、威厳に満ちている。
けれど、鹿が歩くたびに水底の砂や苔が巻き上げられ、そこに隠れていた小さな水生昆虫たちが一斉に水面へと浮き上がってくるのだ。
ヤマガラにとって、鹿の足元は絶好の採餌スポットでもあった。
「ツチチッ!」と喜びの声を上げ、ヤマガラは鹿の角のすぐ脇をすり抜けるように滑空し、水面に浮かんだ虫を器用にクチバシで掬い取る。
鹿は驚く様子もなく、ただ耳をパタパタと動かして小鳥の羽音を受け止めているだけだった。
ヤマガラの観察は続く。
教卓の上に座っているフクロウは、昼間はほとんど動かない「木のコブ」のような存在だ。
けれど、時折片目だけを薄く開けて、ヤマガラの動きを目で追うことがある。
ヤマガラはフクロウが自分を襲わないことを知っているので、フクロウの頭のすぐ上の棚に留まり、身づくろいをすることすらあった。
また、窓の外から吹き込む風の通り道も、ヤマガラはすべて把握している。
どの窓枠から入れば一番風に乗れるか、どの机の上が日当たりが良くて羽を乾かすのに最適か。
かつて人間たちが「教室」と呼んで規則正しく机を並べていた場所は、今や小鳥たちにとって、立体的な「風と樹々の迷路」となっていた。
ヤマガラは天板から天板へ、黒板のフチから教卓へと軽やかに飛び移りながら、今日もこの水没校舎の新しい朝を、元気に謳歌するのだった。




