終鈴の代わりに響く風
季節は巡り、水没校舎にも深まる秋の気配が訪れていた。
二年B組の教室を覆っていた青々とした蔓の葉は、黄色や深紅へと色を変え、水面には色鮮やかな落葉が何枚も何枚も浮かんでいた。
水底の魚たちは、水面に落ちた葉の影をくぐり抜けながら、どこか名残惜しそうに泳いでいる。
この時期になると、山から吹き下ろす風が一際強くなる。
校舎のひび割れた壁、割れた窓枠、そして破れた天井の隙間を風が通り抜けるたび、廃校全体が巨大な笛のように鳴り響くのだった。
『ヒュゥゥゥ……ヴォォォ……』
それは、切なくも重厚な低音となって、教室のコンクリート壁に反響した。
教壇の脇に立つ鹿は、耳をピタリと後ろに倒し、風の音に耳を澄ませていた。
その風の音は、かつてこの校舎で一日の終わりを告げていた「終鈴(終わりのチャイム)」の音色を思わせるものだった。
人間たちが荷物をまとめ、鞄を背負い、「また明日」と声を掛け合いながら去っていった夕暮れの記憶。
風の音には、どこかそうした過去の余韻が混ざり込んでいるようだった。
窓から吹き込ん風が、教卓の上の古い本を激しく揺らした。
湿って重くなっていたページが、バサバサと音を立ててめくられていく。
文字と苔が交互に現れ、人間が書き残した物語と、自然が描いた模様が、めまぐるしく入れ替わっていく。
幼いキツネは、机の下で身を小さく丸め、落ち葉が舞い散る様子を目で追っていた。
赤や黄色の葉が水面に落ちるたび、小さな水煙が上がり、鮮やかな波紋が広がる。
キツネはその落ち葉の一枚に前足を伸ばし、そっと水底へと沈めてみた。
葉は静かに沈み、水底のコンクリートの床を彩る絨毯の一部となっていく。
教卓の上のフクロウも、強い風に羽毛を逆立てながらも、その場所を動こうとはしなかった。
風が運んでくるのは、遠くの山の匂い、枯れ葉の匂い、そして冬の足音だ。
かつて人間たちの時間を区切っていたチャイムは、もうどこにも鳴らない。
けれど、こうして季節の変わり目に吹き抜ける風の歌が、生き物たちに新しい季節の始まりを教えてくれる。
強制されるスケジュールも、期限もない。
ただ風が吹き、葉が落ち、水が冷たくなっていく。
その自然の確かな巡りの中に身を置くことの心地よさを、獣たちは肌で知っていた。
鹿はゆっくりと歩みだし、落ち葉で埋め尽くされた水面を割って、窓際へと向かった。
風が最後にひと際大きく吹き抜け、教室中の蔓がシャラシャラと鈴のような音を立てて揺れる。
終鈴の代わりの風がやむと、そこには秋の深まりを感じさせる、いっそう深い静寂が降り積もるのだった。




