006 百六十年前の出来事 其の二
その日、宮廷では異変が起きていた。
いや、積もり積もった、蓄積した負の感情。"魔"。
それが、爆発しようとしていたのだ。
ゆっくりと、途方のない螺旋階段を登っていく。
邪悪な瘴気が身を縮み上がらせ、心を蝕む。
「ルシウス殿」
「翌日の演説会、やはり考え直した方がよろしいかと…」
『予に』
『予に控えろと申すか』
「なっ…、滅相もございませぬ!!決してそのようなおつもりは」
「ただ私はルシウス殿の身を案じ…」
『パイヤ』
『お前はどの陣営の味方であるか』
「わ、私はいつ如何なる時も勿論ルシウス殿の味方でございます!!」
『マービルのような末路を望むか?』
「そ、そんな、そんな…」
『黙って去れ』
『愚民が』
その瞬間、パイヤという男を扉越しに眼圧が襲った。
「は、はぁあっ…」
「!!!!」
男はたじろぎ、足を滑らせて深淵に堕ちていった。
「はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」
◇
「なぁ」
「昨日の演説どうだった」
諸侯たちが庭園の中で会話する。
「おいお前ら」
一際体の大きい男が二人の前に現れた。
「変な事は言うなよ」
「ルシウス様の部下がそこら中で聞き耳を立てているからな…」
そう言い残して、周りを見渡しながら去っていく。
「世知辛い世の中になったモンだ」
「盛者必衰だ」
「今はモクライ人の世かもしれないが、また近いうちにヘクソ人の世が戻ってくるさ」
「バカ言え」
「どうにかしないとダメだ…この際謀反でも起こそうか」
◇
「これはこれは」
「兄上、久しぶりではありませんか」
「…あ、あぁ」
「昨日の宮廷会議は顔を出したから驚いたぞ」
「お前も随分変わったな」
「ええ、他の皇子皇女同様毒殺されぬよう、地下に籠るうちにこの通り痩せ細ってしまいました」
「…」
「お、お前は俺をどうしたいんだ…!!」
「兄上」
「食卓の上に肘を置かれるのは…」
張り付いたような笑み。
「!!」
「お前………!!!」
「兄上はモクライ人がどのような扱いを受けていたかご存知ですか?」
「…」
「し、しかし俺とお前はヘクソの民だろう!なぜ…」
「美しい睡蓮の花がある」
「その水面下では、数多の水生生物が互いに食い潰し合っている」
「何が言いたいんだ…!!」
「華々しい宮廷の裏で何人もの農民が苦しみ、死んでいるのです」
「文明開花とは名ばかり」
「死骸から栄養を吸い付くし続ける花はいずれ枯れる」
「だがヴァレシアは枯れない…それはなぜでしょう?」
掌を上に向けて、力を込める。
黒色の球体が出現し、禍々しい気を放つ。
「太陽の光…神から授かりし"魔"があるからです」
「だから私は決めたんです」
「すべての"魔"を手中に収めると」
「お、お前は『魔王』になろうと言うのか?!!!」
「何か問題でも?」
「そんな、ただじゃ済まないぞ…!!」
「私から言わせてみればアルバーン、あなたも今の私にとっては取るに足らない愚民だ」
「何!!?!?!」
「せ、戦争になるぞ…国力を上げた、多対一の!!」
「問題ありません」
「すでに私に賛同する宮廷の者も増えておりますし」
「モクライ人や魔物は全て私の同胞も同然です」
右手の魔力が高まっていく。
「私はヴァレシアが欲しいんじゃない。世界が欲しいのだ」
「魔王は全てをご所望だ」
「アルバーン大帝…」
「槍を待て!!!!!」
護衛の二人が槍を構え、装飾塗れの両開き扉が開かれて近衛兵が次々と参入してくる。
「流石は兄上、用意周到なことよ」
「降参してくださいルシウス様」
「俺かていちモクライ人、あんたを殺したくないんすよ」
近衛兵達の先頭に立つ革製の装備で身を固める男がいた。
「ハイディナか」
ルシウスは余裕な表情で近衛兵をひとりひとり見定めるように視線を移動させる。
「アルバーン大帝、享年…あぁ、今って建国何年でしたっけ?」
「今だ!!!」
アルバーンの合図で近衛兵が一斉に襲いかかる。
「《猟師の撹乱》」
ルシウスは姿を消した。
近衛兵達はざわめき始めた。
跡形もなく消えてしまったのだ。
(大変なことになった)
(こいつは…ルカウスよりも幾分か厄介だ…!)
◇
『親愛なる父上、母上。お元気でしょうか』
『寒さも厳しいものとなってきたこの頃ですが』
『先日のお手紙で記したように、何度も平和的な方法を試しましたが…結局軍から追放処罰を受けてしまいました』
『このヤマール、必ずしやモクライの誇りを取り戻します。それまでくれぐれもお身体を崩すことなく、故郷で安全にお過ごしください』
『ヤマールより』
「…」
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
粗末な木の扉が勢いよくスライドされた。
「申し上げます!!六番隊隊長のグライム様が殉職されました…!!」
「死地はベイモスの北東部…」
「もうよい」
「明日出陣する」
「あ、明日…ですか」
「心配するな」
「我々には隠し玉がいる」
「しかし、シュトラウス様は…」
「違う。別の隠し玉だ」
◇
暗雲が立ち込める昼下がり。最も、ここは魔力極夜地帯だから昼もクソもねえ。
ようわからんガスがあたりに立ち込めて、嫌な気が充満してやがる。
多種族のハーフだがクォーターがトロッコの線路の側でくたばり、三歩歩けば娼婦に声をかけられる。
でもって適当にあしらい、もう三歩歩いてみたらあら不思議。今度は知らん種族の娼婦が俺の目の前に立ちはだかっている。
なけなしの金を欲して、慣れない変装で別人を装い誘ってくるプロもいる。
人間の内臓を貪り、腸を引き抜いて縄跳びする少女たち。
その歳で二重跳びとは将来が明るいぜ。明るすぎる。
知っての通り、ここはもはや地獄絵図。魔族達のスラムだ。
俺の名はショックド•デイヴィッド。そこら辺にいるごく普通のアウトローだ。
薄茶色のコートを見に纏い、同色のハットで顔を隠したガンマン。んん〜…我ながらイケてるぜ
何か他のガンマン共と比べて突出した点があるとすればなんだろうな?
まあ見ればわかるが俺はリザードマン。
千年生きるトカゲ面の竜人だ。
イエンマ西部からはるばる悪人を撃ち殺しにやってきた。
この時代の連中はこの武器を知らねえ。試してみてもいいぜ?最もここにいる連中に最低レベルの学が備わってるか知らねえが。
コイツは"リボルバー"。まぁ、文明の利器だわな
俺は訳あって先の時代の利器を独り占めしてる。
「待て」
「ン」
コイツは世間一般的に言う"ゴブリンウォリアー"だ。
可哀想にな、ただ武装してるだけのゴブリンが動物の普通名詞みたいになってやがる。
武装した人間の兵士に"ヒューマンウォリアー"と名付けて人間の亜種にしてるようなものだ
これだから人間の魔族•魔物差別は酷いぜ。
「お前…何者だ」
「通行手形は?」
「兄ちゃんら、歓迎してくれねえってのかい?」
「歓迎するとかしないとかじゃなくて、普通に通行手形出せと言っているのだ」
んだよ、真っ当なこと言いやがって
「まァいいじゃねえか」
「魔族のよしみじゃねえか。なぁ?」
「いや、そういうのではなく…」
「どこが魔族なんだ?顔を見せろ!」
「これはヤマールとかいう地方の兵隊長からの文だ」
なんで俺様がおつかいみたいなマネしなきゃいけねえんだ…
しかしヤマールの野郎、魔族と手を組むとは随分踏み切ったじゃねえか。見直したぜ
「あっ…これは失礼つかまつった」
「お通りください」
『使者は魔族と聞いておりました』
『帽子で顔が見えず、人間の言語を使うので…』
『いいってことよ』
封書は渡した。
さて、今回の標的…悪い間者のクソゴブリンはどこにいるかな
◇
『そんでよ、あいつ魔物と魔族の区別もついてえねえの!』
『魔族失格じゃん!!』
『そら婿入りは無理だわ』
『ん?』
『おいおい、酒場の門を開ける時はもう少し優しくしてくれねえと困るぜ』
『どけい』
『あ"?…って、あんた竜人か!!』
『おい、お前』
見つけたぜ…この野郎
二時間も陣内を歩き回るハメになっちまったが、まさかこんな酒場で呑気に一人酒してるとはな
『おい!新聞で顔隠してるお前さんだよ』
『!!!』
ヤマール隊から突如姿をなくした三人のゴブリンのうちの誰か…
馬鹿だな、戦の最中にどさくさに紛れればいいものを
オツムが足りてねえよ。馬鹿は嫌いだ
『魔物のくせに人間に与するとは恥ずかしくねえのか!!』
『そらあんたも同じだ…ひっ?!』
(ハンドキャノン…?)
『うるせえ!!早くお縄につけ!!』
『デコに風穴が空いちまうぞ!!?』
『ち、ちくしょう…』
『アルバーンは魔物や魔族を迫害しようとする大悪党だ!!』
別にどうでもいいけどな。時の帝王が誰だろうと俺には関係ないことだ。
『わかった!!許してくれ!!』
◇
『トロッコに乗れ』
『クソ…』
さっき、実は弾丸を入れ忘れてた。コイツが下手に暴れないで安心したぜ
俺は自慢じゃねえが、早撃ちだけじゃなく剣技にも自信があるから、別に大丈夫だけどな。
しかしな、こいつはゴブリン。アルバーン側についてなんのメリットがあるんだ?
ルシウスも別に好きじゃねえけどな。魔王だしよ。
んん…?トラブルか?
「女」
「そこは俺の土地だ、どけ」
『ァア…ア』
『痛い…』
「いい加減にしろよ、殺すぞクソ魔族…」
「が」
「?!…お、おいグルム!!!」
「死んじまったのか?!おい!魔力防御は…!」
バキュン、と音を立てて俺の相棒が火を吹いた。
ったく、したくもねえ仕事の後に胸クソ悪いモン見せんじゃねえ!
バーカ!
◇
「ザクリオは処刑されたか」
「共犯者は追放刑だ…二度とサヴァクスタンに戻れないほど遠くに」
「謀反を企てた連中は次々消えていく」
「聞くとこによると、二代目魔王の息子が変死したそうじゃないか」
「ルシウス…」
蝋燭の光に二人の男が顔を近づけて、互いに小さく言葉を交わし合っている。
「顔ぶれもどんどん変わっていきやがる。」
「貴族の半分はルシウス派だ」
「第三皇子はあの二人相手にどう戦うおつもりだ?」
「しかし、毒殺された他の皇子皇女と違い意外に思慮深いお方だ」
「アルバーンとルシウス…」
「モーリア殿がどちらに着くかでおおかた決まる」
「普通に考えたらアルバーンではないか?」
「問題はそこじゃない」
「この国はな」
「一人の膨大な魔力を持つ男の気まぐれに左右される…結局は"魔"が支配する国なんだよ」
「魔ばかりだな」
「俺たちみたいな力のある諸侯でも、ましてや軍人風情でもダメなんだ」
「宮廷でもチヤホヤされんのはいつも…魔の才を持つもの、魔導士ばかり」
「皆々がそれぞれの思惑を持って動いている…農民や奴隷のことなど片時も考えはしない」
「サヴァクスタンはもはや伏魔殿か」
その時、部屋に突如轟音と共に黒い霧が蔓延し始めた。
それは徐々に濃さを増していき、遂には部屋全体が真っ暗になる。
「な、なんだ?!」
「随分夜更かしをするではないか」
「諸君」
漆黒から現れたのは、黒いタキシードに身を包んだ肌色の魔王。
「ル、ルシウス様…!!?」
「おばんです…」
「し、し、しかし流石の魔術ですね…」
「モーリア殿とも引けを取らない…」
「御託はいい」
「私の下につけ」
「悪いようにはしない」




