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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
68/140

68:育てる者と染める者

 午後の選抜レッスンが終わり、静まりかえった講師棟の教室。玲奈は教壇の前に立ち、窓の外で夕日に染まる校庭を眺めていた。


 ――今日のあかりは、声も、立ち姿も、確かに変わっていた。


 バレエも日舞も、未熟ながら芯が通ってきた。声楽は霧島の教えが効いているのだろう。

 そして演技――。

 何よりもそこに、玲奈は鷹宮あかりの真実を見つけ始めていた。


(まだ、ぎこちない。でも……)


 心の奥で、あの夜のことがふとよぎる。

 静まりかえった教室で、月も灯らない夜。

 澪と二人で、ロミオとジュリエットを演じていた、あのあかりの姿。


 ――あの一瞬。

 彼女の身体のすべてが「ロミオ」になっていた。

 あの煌めきは、誰にでも出せるものではない。

 玲奈はそっと瞳を伏せる。


(光は確かに宿っている。それを、どう導けるか……)


 それが、今の自分の役目だと感じていた。

 だからこそ、聖子の存在が気がかりでならない。

 あかりが演技において突然飛躍した理由。その中に、宝生聖子の「影」があるのは明らかだった。

 玲奈の中で、胸の奥にひりつくような違和感が残っていた。それは、かつて舞台で並び立った仲間としてではなく——教育者としての感覚だった。


(あの人は、子どもを育てるような指導者ではない。あかりの“光”に、手を伸ばしている)


 そのことを、玲奈は直感していた。


**


 講師棟の最上階。

 静かに夜の帳が下り始めた部屋の中で、聖子はソファに身体を預けていた。

 赤ワインのグラスをゆっくりと揺らしながら、目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、あの夜、ベッドのそばに立っていた鷹宮あかりの姿。


 ――瞳を伏せて、顔を紅く染めながら、それでも自分の意思でここに来た少女。


 あの脆さと、芯の強さ。

 自分に触れられたときの、あの小さく震える指先。


「……ふふ。もう逃げられないわね」


 独りごちるように唇を歪める。

 あかりはもう、自分の手の中にいる。

 演技という名の「魔法」で、彼女を揺らし、惑わせ、焦がしてゆく。


(あの子は火なの。真面目で、努力家で、誰かに導かれたいと願ってる)


 でもその火は、誰が灯すかで色を変える。

 玲奈のように「正しさ」で光らせるか。

 自分のように「欲望」で熱を加えるか。


(私は、もっと熱い炎にしてあげるわ)


 その炎が、やがて舞台を焼き尽くすほどのスターになることを、聖子は確信していた。そしてそのとき、あかりの瞳の中に誰が映っているのか――それは、如月玲奈ではないと信じていた。

 グラスの縁を指でなぞる。ゆるく笑みを浮かべながら、独り言のように呟いた。


 「私が育てる。彼女を、舞台の恋人にふさわしい女優に……」


**


 玲奈は「育てる者」。

 聖子は「染める者」。


 ――その差は決して小さくない。

 かつて同じ舞台に立ち、同じ栄光を目指し、そして、袂を分かった二人。


 今、鷹宮あかりという火種をめぐり、かつての名優たちの静かな戦いが始まろうとしていた。


 どちらがあかりを導くのか。

 どちらが彼女の光を手にするのか。

 ――それは、あかり自身の選択に委ねられていた。

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