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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
49/140

49:夕食の話題

 夕暮れどき、ショッピングモールの中。

 人通りも落ち着いたフロアの一角に、和風の暖簾がかかる老舗風のレストランがあった。


 「ここ、良さそうじゃない?」


 あかりが指差すその店に、みんなが頷く。


 「おなかすいた〜!」と陽気に言うひまりに続いて、一同が店内に入ろうとした瞬間だった。


 「あっ……あれ、見て」


 ゆらが、隣のフロアを指差す。

 ふと視線を向けると、和モダンなガラス張りのフレンチレストランの前を、二人の人物がゆっくりと通り過ぎていくところだった。

 スタイルのいい長身の女性と、品のある大人の男性――如月玲奈と、霧島要だった。


 「……あれって、玲奈先生と霧島先生だよね?」


 橘颯真が眉を上げて言った。


 「ほんとだ……」


 大河が驚いたように口を開く。

 

 「もしかして、あのふたりって……つ、付き合ってるとか?」


 ひまりが咳き込んだ。


 「えええっ!? まさか!」


 大河が声を潜めながらもテンション高く反応する。


 「でも、あんな雰囲気ある店に、2人きりって……」とゆら。


 「いやいや、たまたま食事ってだけかもよ」


 さらが冷静に言いながらも、目は興味津々。


 「まぁまぁ、私たちも入りましょ。おなかすいて倒れそう」


 あかりが笑って店の扉を押し開け、ようやく6人は店内へと入っていった。



***


 囲炉裏風のテーブルを囲んで、それぞれが好きな定食を注文したあと、話題は自然と講師たちのことに。


 「で、玲奈先生と霧島先生が付き合ってる説……ありかなしかで言うと?」


 ひまりがサバ味噌をつつきながら、口火を切る。


 「うーん……ないと思う」


 ゆらが真面目な表情で答える。


 「玲奈先生、恋愛って感じじゃない。いつもピリッとしてて、冷静で。あの霧島先生にも、距離感じるよ」


 「わかる。あの人、演技の鬼って感じ。恋愛の授業してても、全然照れないもんね」大河が頷く。


 「でもその冷静さが、逆に……」と颯真がぼそっとつぶやいた。


 「むしろ霧島先生のほうが、玲奈先生のこと好きなんじゃ……」


 ひまりが箸を止めてにやりとする。


 「声楽の授業ではさ、霧島先生って最初こわかったけど……最近は少しだけ、やさしい言葉もくれるようになってきた気がする」


 あかりがふと思い出したように言うと、神妙な顔でうなずく大河。


 「うん。補習のときも、きちんと見てくれてたし……なんていうか、情がある先生なんだよね」


 「私は藤代先生が気になるな」さらが口を開いた。

 

 「日舞のとき、あの所作の美しさ。無駄がないのに、柔らかい。なんだか、言葉より背中で語るって感じ」


 「確かに……」と、ゆら。


 「藤代先生の立ち姿、ほんとうに綺麗よね。ああなれたらなって、憧れる」


 「玲奈先生と藤代先生、同じ空間にいたら空気止まりそう」とひまりが笑う。


 「間違いない。あと3秒沈黙が続いたら時が止まる」


 大河が真顔で言って、全員が吹き出した。

 それぞれが先生たちの姿を思い浮かべながら、ご飯をかき込み、時折笑い声が響く。試験の疲れが残るなかでも、少しだけ心がほどけたような、そんな夕食の時間だった。


**


 「それにしても……」


 温かい湯気が立ちのぼる湯豆腐をすくいながら、あかりがぽつりと口を開いた。


 「宝生先生って、元・男役の2番手だったんだよね? しかも、次期トップって言われてたって……」


 「うん。私も聞いたことある」ゆらが箸を止める。


 「今の雪組のトップの方の前の代、だったとか」


 「だけど、トップになる前に急に退団したんだよね」ひまりが不思議そうに首を傾げる。


 「それって、やっぱり……何か、あったのかな?」


 その言葉に、みんなの箸が一瞬止まった。


 「うちの母、宝生先生のファンだったらしいんだけど……」と、さらが口を開く。


 「あの人のダンスと歌と目線は魔法みたいだったって。舞台上に立つだけで空気が変わるって」


 「……すごいな」あかりが思わず呟く。


 「なのに、トップを目前に退団……それって、どういうことなんだろう」


 あかりの視線がぼんやりと宙を見つめる。


 「もしかして、ケガとか?」と大河。


 「いや、それなら劇団から発表があったはず。すごく急だったって聞いたし」颯真が静かに言葉を挟む。


 「劇団との確執があったって噂もあるよ。男役としてあまりにも妖艶で、色気がありすぎたとか……娘役よりも“女”だったっていう話もあって」とひまりが眉をひそめる。


 「え、男役なのに“女らしさ”がすごかったってこと?」


 あかりが驚いて聞く。


 「うん。ある意味、禁じ手って感じ。あまりにも濃くて、情熱的すぎて、劇団の“理想の男役像”に合わなかったんじゃないかって」


 ひまりが囁くように言った。


 「トップになれなかったというより、“なれなかった”ってこと……?」


 さらがそっと呟いた。


 「でも……もし、それが本当なら……」と、あかりが口ごもる。


 「そんなの、すごく悔しいね」


 「でも宝生先生、今でも充分“華”があるよね」


 ゆらが静かに言った。


 「先生たちってほんとに、すごい人たちなんだよね」とうなずくさら


 「でも、それだけの人が……トップになれなかった。何か、あるんだよ、きっと」と、あかりがぽつりと言う。


 彼女の声には、淡い尊敬と、ひとしずくの疑念がにじんでいた。

 あかりの心には今、さっきまでの楽しい空気とは異なる、小さな渦が巻き始めていた。


 「……あの人に、もっと近づいたら……もしかしたら、理由を知れるのかな」


 そんな思いが胸の奥に芽生える。

 あかりの知らぬところで、テーブルの向こう側に座る澪は、そんな彼女の目の色の変化を見逃してはいなかった。

 そして、澪の隣に座るエリカもまた――

 無言のまま、ひとくち味噌汁をすすりながら、あかりの横顔に視線を落としていた。

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