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天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
48/140

48:束の間の休息

 日曜の朝。試験後の束の間の休日を祝うように、空は透き通るような青を見せていた。

 私服に着替えた6人――鷹宮あかり、綾小路澪、紫堂エリカ、一ノ瀬ゆら、橘颯真、水瀬大河、そして水城ひまりが、駅前のショッピングモールへと向かっていた。

 あかりと澪はワゴン屋台で買ったクレープを手に、歩道を並んで歩きながら、それぞれの視線は交差し、心の距離がゆっくりと揺れる。



***


【あかりと澪】


 「今日は……いい天気だね」


 あかりの声が、澪の横顔に届いた。


 「うん。空が澄んでて……春の風が気持ちいい」


 そう答えた澪の頬に、淡い風が触れる。

 淡いピンクのブラウスに、ミントグリーンのスカート。普段の制服姿よりも柔らかく、儚さを含んだ佇まいに、あかりはふと目を奪われる。


 「澪って、こういう時も凛としてるね。私なんてソワソワしっぱなし」


 「……そう見える?」


 「うん。でも……そんな澪がすごいって、ずっと思ってる」


 その言葉に、澪は一瞬だけまぶたを伏せた。

 まるでその一言を、どこか心の奥で欲していたように。


 「……ありがとう、あかり」


 静かに告げたその声の奥に、わずかな揺らぎがあった。


 そんなふたりの会話がふっと止んだ瞬間を見計らったように、さらが駆け寄る。


 「鷹宮さん! ねえ、このあと、雑貨屋さん寄ってもいい? 見たいものがあって……」


 「あ、もちろん! 私も見てみたいな」


 さらの目が嬉しそうに輝く。


 「鷹宮さんの部屋に合いそうな可愛い小物があったら、ぜひ一緒に選ぼうと思ってて……!」


 あかりがうなずくと、さらは横を歩きながら、あかりに向けてどこか独占欲をにじませるような微笑みを浮かべた。

 その横顔を、少しだけ離れた位置で見つめる澪。

 ふと、自分が輪から外れたような寂しさを感じて、歩調を緩める。



***


【ゆらと颯真】


 少し前を歩くのは、優等生ペアの一ノ瀬ゆらと橘颯真。


 「次の演目、何が来るんでしょうね。文化祭に向けて、本格的に準備も始まるし」


 「たぶん、定番ものじゃないかな?『ロミオとジュリエット』とか。配役で人生変わるからね」

 

 「そのために、みな中間試験を頑張ったのよ。私は今回の試験は役を取りに行くつもりで挑んだわ」


 「ゆらって、本当に芯が強いよね。見習わないと」


 その言葉に、ゆらは優しく微笑んだ。


 「颯真は……人をちゃんと見てる。そういうところが、私は好きです」


 「え……」


 颯真が驚いて目を見開いたのを見て、ゆらは軽く口元を押さえて笑った。


 「ふふ、からかっただけ。今のは、演技の練習」


 「う、うん……なるほど。さすが、娘役の鏡だね」



***


【 大河とひまり】


 最後尾を歩くのは、マイペースなコンビ。


 「大河、そのたい焼き一口くれない?」


 「ひまり、さっきクレープ食べたじゃん」


 「せっかくだからたい焼きも食べたいのよ」


 「……ほんとに遠慮がないな」


 「それ、大河にだけ言われたくないよー」


 笑い合いながら、ふたりはのんびりと歩く。

 試験後の晴れやかな空と、穏やかな時間がゆるやかに流れていく。


 「……でもさ、こうやってみんなで出かけると、なんか元気出るね」


 「……うん。がんばらなきゃ、って気持ちになる」


 「じゃあ、また明日から一緒にがんばろ?」


 「うん、ひまりとなら」



***


【エリカと澪】


 ショッピングモールの片隅にある噴水の前――あかりとさらに取り残された澪は一人、静かな時間を過ごしていた。

 陽が少し傾きかけた午後の光が、彼女の横顔を淡く照らす。

 黒髪にほんのりと赤みが差し、長いまつげの影が頬に落ちている。

 どこか儚げなシルエット。まるで時間から取り残された美術品のようだった。


 「……澪」


 不意にかけられた声。

 少し距離のある声色に、澪はゆっくりと振り向く。

 そこに立っていたのは、紫堂エリカ。


 「エリカさん。どうかしたの?」


 「……いえ。ちょっと……話さない?」


 エリカは一瞬視線を泳がせると、澪の隣のベンチに、軽く腰を下ろした。

 いつもの自信に満ちた所作に比べると、どこかぎこちない。


 「試験……どうだった?」


 その問いに、澪は少し考えてから言った。


 「うまくいったとは言えないけれど、自分なりに、できることはやったと思う」


 「……そう。あなたなら、もっと上にいけると思うわ。試験のとき、特にバレエと演技、印象に残った」


 「ありがとう」


 澪は静かに礼を言うが、その表情に読み取りづらい警戒の色がわずかに浮かんだ。


 「……何か、言いたいことがあるんじゃない? 私に」


 その問いに、エリカは視線を逸らし、少し口元を引き結ぶ。

 そして、意を決したように口を開いた。


 「……あなたって、ほんとうに綺麗よね。立っているだけで視線を集める。私、あんなふうにはなれないわ」


 その言葉は、想像以上に素直だった。

 澪は少し驚いたようにエリカを見つめる。


 「……それは、私も思ってた。あなたのバレエ、指先まで神経が行き届いてて、まるで時計みたいに正確。声楽も、譜面の意味をちゃんと歌にできてる。とても……正統派」


 「……正統派、ね」


 エリカはかすかに笑った。しかしその笑みには、ほんの少しの棘があった。


 「でも……あなたは、正統じゃない美しさを持ってる。たとえば、舞台にひとり立ったときの、あの……静謐さ」


 澪の頬がわずかに強ばった。褒め言葉。だが、真意は読めない。


 「ありがとう。でも、あなたが今、何を思って話しかけてくれてるのか……少しだけ、戸惑ってる」


 その率直な言葉に、エリカは一瞬黙り込んだ。

 だが、すぐに表情を整えると、小さく笑って言った。


 「私にもよくわからないの。たぶん……中を深めてみたいと思っただけかも。あなたという人と」


 その言葉に、澪は少しだけ目を伏せた。


 「……中を深める、ね。簡単なようで、難しい言葉だわ」


 エリカはそれに返すことなく、ただ静かに立ち上がった。


 それぞれの心が、すこしずつ、誰かに傾きはじめる。

 静かに、でも確実に。

 そして、このささやかな休日の終わりが、やがて訪れる文化祭に向けて、舞台の幕を静かに上げていく。

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