表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔の星  作者: 嵯峨野遼
第2章 天翔専門学校1年生
37/140

37:中間試験に向けて

 朝の光が木々のあいだを縫って差し込み、石畳の道に淡い模様を描いていた。

 天翔専門学校へと続くこの坂道は、生徒たちの笑い声と会話に包まれている。

 けれど、その賑やかな一団から少しだけ離れたところを、綾小路澪(あやのこうじみお)と結城さらのふたりが並んで歩いていた。

 足取りはゆるやかで、どちらともなく口を開いた。

 さらは軽く制服の袖を握りながら、ぽつりと口を開いた。


 「……鷹宮さんって、すごいよね」


 さらの声は、風に溶けるようにやわらかかった。


 「……うん?」


 「この前の日舞の授業……覚えてる?」


 「もちろん」


 「鷹宮さんの舞い、すごく綺麗だった」


 その言葉に、澪は目を細めて小さく頷いた。

 あのときの情景は、澪の中にも強く残っている。


 「なんていうか……あの子って、まだ日舞の型が完璧なわけじゃないのに、

  一つひとつの動きが、空気を震わせるみたいで。まるで……」


 さらは言葉を探すように少し考え、ふわりと笑った。


 「……風が吹くみたいだった」


 「……風?」


 「うん。見えないけど確かにそこにあって、ふっと心を揺らす、そういう感じ。

  それって、たぶん“心を込めて舞ってる”からだと思うの。技術以上のなにかが、あるんだよね」


 さらの声には、静かな感動がにじんでいた。


 「それだけじゃないんだ。……この前、水瀬さんが日舞の所作で混乱してたとき、鷹宮さん、

  そっと水瀬さんの手を取って一緒に練習してたの。指導じゃなくて、“一緒に覚えよう”って」


 「そうだったんだ」


 澪はまっすぐ前を見ながら、小さく呟いた。


 「教えるんじゃなくて、寄り添うっていうのかな。あかりちゃんって、そういうところがある。

  自分だってうまくできてないのに、人のために動ける。……私、そういうところがすごく好き」


 さらが、はっとして息を飲む。

 自分で“好き”と口にしてしまったことに、気づいた瞬間だった。


 「ご、ごめん! 私……なんか、また話しすぎちゃった」


 顔を赤くしながら、さらは慌てて両手を振った。


 「ううん……」


 澪は微笑んでいたが、その胸の内には、またしても小さなざわめきが広がっていた。


 (好き……さらはあかりのことが“好き”なんだ)


 その言葉が、澪の心に静かに落ちていく。

 落ちたその音が、やけに大きく聞こえた。


 (……どうして、こんなに胸がざわつくんだろう)


 さらのあたたかな想いに対して、澪は怒りも、嫉妬も感じていない。けれど、どこか胸の奥に小さな風穴が空いたような感覚。


 (私は……なんで、こんなにざわざわしてるの)


 その問いにはまだ、名前がつかない。

 澪は自分に問いかける。

 さらの想いはやさしく、まっすぐで、何も責めるものではない。

 それなのに、どこか、心の奥がちくりと痛んだ。

 澪とさらの足音が、落ち葉を踏むような音を立てながら、静かに続いていく。

 前方では、笑い声と制服の背中がちらちらと揺れていた。


 けれど、ふたりの間には、今はまだ誰にも気づかれていない、

 小さな感情の芽が、それぞれの胸の奥で、確かに根を張りはじめていた。


**


 正門をくぐってすぐ、鷹宮あかりが校庭の石畳の向こうから手を振ってくるのが見えた。

 明るい笑顔と軽やかな足取り。まだ朝の光が柔らかい校舎の前で、あかりの姿はどこかまぶしく見えた。

 さらがぱっと表情を明るくする。

 澪も、ほんの少し遅れて微笑んだ。澪の胸の奥には、まだうっすらと、さらの言葉が残っていた。

 あかりは気づくことなく、「今日もがんばろうね!」と元気よく笑って、ふたりの間にすっと割って入るように立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ