37:中間試験に向けて
朝の光が木々のあいだを縫って差し込み、石畳の道に淡い模様を描いていた。
天翔専門学校へと続くこの坂道は、生徒たちの笑い声と会話に包まれている。
けれど、その賑やかな一団から少しだけ離れたところを、綾小路澪と結城さらのふたりが並んで歩いていた。
足取りはゆるやかで、どちらともなく口を開いた。
さらは軽く制服の袖を握りながら、ぽつりと口を開いた。
「……鷹宮さんって、すごいよね」
さらの声は、風に溶けるようにやわらかかった。
「……うん?」
「この前の日舞の授業……覚えてる?」
「もちろん」
「鷹宮さんの舞い、すごく綺麗だった」
その言葉に、澪は目を細めて小さく頷いた。
あのときの情景は、澪の中にも強く残っている。
「なんていうか……あの子って、まだ日舞の型が完璧なわけじゃないのに、
一つひとつの動きが、空気を震わせるみたいで。まるで……」
さらは言葉を探すように少し考え、ふわりと笑った。
「……風が吹くみたいだった」
「……風?」
「うん。見えないけど確かにそこにあって、ふっと心を揺らす、そういう感じ。
それって、たぶん“心を込めて舞ってる”からだと思うの。技術以上のなにかが、あるんだよね」
さらの声には、静かな感動がにじんでいた。
「それだけじゃないんだ。……この前、水瀬さんが日舞の所作で混乱してたとき、鷹宮さん、
そっと水瀬さんの手を取って一緒に練習してたの。指導じゃなくて、“一緒に覚えよう”って」
「そうだったんだ」
澪はまっすぐ前を見ながら、小さく呟いた。
「教えるんじゃなくて、寄り添うっていうのかな。あかりちゃんって、そういうところがある。
自分だってうまくできてないのに、人のために動ける。……私、そういうところがすごく好き」
さらが、はっとして息を飲む。
自分で“好き”と口にしてしまったことに、気づいた瞬間だった。
「ご、ごめん! 私……なんか、また話しすぎちゃった」
顔を赤くしながら、さらは慌てて両手を振った。
「ううん……」
澪は微笑んでいたが、その胸の内には、またしても小さなざわめきが広がっていた。
(好き……さらはあかりのことが“好き”なんだ)
その言葉が、澪の心に静かに落ちていく。
落ちたその音が、やけに大きく聞こえた。
(……どうして、こんなに胸がざわつくんだろう)
さらのあたたかな想いに対して、澪は怒りも、嫉妬も感じていない。けれど、どこか胸の奥に小さな風穴が空いたような感覚。
(私は……なんで、こんなにざわざわしてるの)
その問いにはまだ、名前がつかない。
澪は自分に問いかける。
さらの想いはやさしく、まっすぐで、何も責めるものではない。
それなのに、どこか、心の奥がちくりと痛んだ。
澪とさらの足音が、落ち葉を踏むような音を立てながら、静かに続いていく。
前方では、笑い声と制服の背中がちらちらと揺れていた。
けれど、ふたりの間には、今はまだ誰にも気づかれていない、
小さな感情の芽が、それぞれの胸の奥で、確かに根を張りはじめていた。
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正門をくぐってすぐ、鷹宮あかりが校庭の石畳の向こうから手を振ってくるのが見えた。
明るい笑顔と軽やかな足取り。まだ朝の光が柔らかい校舎の前で、あかりの姿はどこかまぶしく見えた。
さらがぱっと表情を明るくする。
澪も、ほんの少し遅れて微笑んだ。澪の胸の奥には、まだうっすらと、さらの言葉が残っていた。
あかりは気づくことなく、「今日もがんばろうね!」と元気よく笑って、ふたりの間にすっと割って入るように立った。




