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gear;  作者: 245
20歳-討滅作戦編
9/26

再会はまるで別人のようで

 五年の歳月は實原エランを劇的に変化させた。

 それは、彼は一体どんなエリート街道を選んで何者として働くのか、という関心が最近の倫理局におけるホットトピックであることからも明らかだろう。官僚か、医者か、法官か、起業か、軍人か、はたまた短期間の放浪にでも出て、誰も想像しえない資質を身に着けて戻ってくるだろうか。エランはどの分野においても才能の片鱗を示していた。


 しかしそういった関心はエランにとってまったくの意識の外であり、彼は自身がどの分野においても結果を出せる確信など抱いていない。むしろ、自身の変化に無頓着であった。

  

 それも当然のことかもしれない。親が子供の成長を後から気づかされるように、存在が途切れることなく連続している生命体にとって、自らの気づきというものはあって無いようなものである。


「實原エランさん」


 控えめなノック音で、エランは読んでいた学術書に栞を挟み「どうぞ」と返事をする。齢20となった彼はずいぶん大人びた。無論、元から大人っぽかった彼だが、外見も相応のものへと変わっていったのだ。少し気疲れしたような表情は、四年前の義体化による小さな弊害だった。


 緊張した面持ちで扉を開けたのは、新人らしき見慣れない男性職員だった。


「し、失礼します……準備が整いました。局長がお呼びです」

「わかりました。すぐに向かいます」


 職員の男性が終始緊張した面持ちのまま部屋を出て行く。

 エランは本をバッグにしまい、大して持っていくものなど無いことを確認し、部屋を出た。

 

「それにしても……本当に、この日が来るのは早かったね」


 広い局長室の応接スペースで、局長は名残惜しそうにお茶を啜った。


「ええ。あっという間でしたが、五年間お世話になりました」

「まあまあ、そう慌てずに。今日中は局にいても良いのだから」


 局長はしきりに腕時計を確認している。出発の期限は今日中。それは、倫理局が本来職員以外の立ち入りを禁止しているという法に基づいたものだった。


「君に客人も来ているよ。そろそろ到着するはずだが」


 局長の言葉が合図だったかのようなタイミングで、控えめなノック音。「失礼します……」という声は女性のものだった。

 倫理局の制服には、新人の紋章が付いている。だが、それが誰なのかは一発で分かった。


「エメリ!」

「……久しぶり」


 ずいぶん大人びた――もとい、大人の女性としての装いを身に着けた彼女は、それでもエメリらしかった。やつれ気味なのが心配だが、卑屈そうな目は相変わらずである。


「ここで働いてたのか。知らなかった」

「おかげさまで。前は管理局で働いてたんだけど、嫌になって逃げてきたの」


 エメリが自嘲気味に乾いた笑いを零す。「あそこは業務上、心を無にする場面が多いからね」と局長がフォローを付け足した。


「何をするんだ?」

「まあ、いろいろ……」


 エメリにとってはあまり話したい内容ではないようで、彼女は追及から逃れるように話題を変えた。


「で、エランはこれからどうするわけ」

「俺は、とりあえず家に行って、父さんたちに会うよ。それからは街を見て回るかな。就業猶予は一年間あるし……その間にいろいろ迷ってみようと思うんだ」

「へえ、なんかファラみたい」


 言われて、そういえば昔ファラが成人前にそんなことを言っていたことを思い出した。


「ああ、確かにな。……そうだ、皆は元気か? これから会いに行こうと思うんだ。ファラとか、どこで何してるんだ?」

「……知らない」

「え?」

「興味無いから、ごめんね」


 エメリはそう言って、神経質そうに指先で髪をとく。


「そ、そうか……」


 エランは虚を突かれた気分だった。エメリは、自分とは違うのだ。自分は五年間、局の中でのびのびと暮らし、皆と会えることを待ち遠しく思っていた。だがエメリは短い治療期間のあと、五年間ずっと働いていたのだ。友達の動向なんて、忙しくて気にしてられないものなのだと言われたら、エランにもそんな気はしてくる。


「とにかく、エメリが元気そうで何よりだ」

「……そ」


 無感情に返事して、エメリが時計を確認した。


「そろそろ仕事に戻らなきゃ。じゃあね、エラン」

「ああ。また、皆と連絡が取れたら呼ぶよ。同窓会しよう」

「……まあ、頑張って」


 エメリは一礼して、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 一気に冷め切った部屋で、局長がぽつりと言った。


「あの子は昔からああいう感じなのかい?」

「いや、どうだったか……」


 子供時代からドライな子だった、と言えばそうだった。でも、心は確実に通じ合っていた。それは六人全員で。

 きっと、大人になるということの一側面なのだろうと、エランは一つ理解しておく。


「では局長、そろそろ」

「もう行くのかい? 一度局を出たら入り直すことはできない。聞きたいことができても戻ってこれないよ。それに、別れを済ませておきたい職員たちなんかもいるんじゃないかな」

「そうしたら、全職員と話し込むことになりますから」

「そうかい」


 局長は何度か小さく頷くと、意を決したように立ち上がった。


「では、せめて僕が見送ろう」

「そんな」

「いいから。最後なんだ」


 局長はにこりと笑うと、返事も待たずにエランを部屋の外に出す。仕事が山積みだろうに、そのまま廊下を歩いていく。

 

「こっちだよ」


 エランは首を傾げた。


「正面玄関はあっちですよね?」

「まあ、こっちでいいじゃないか」

「?」


 不可解な遠回りの経路を通って、二人は裏手の入り口に辿り着いた。


「僕が付き添えるのはここまでだ。ここから先は一人で行きなさい。さあ、早く」


 裏口の向こうには小さな中庭が広がっている。渡り廊下を行けば、すぐに街の路地だ。


「はい。……局長。本当にありがとうございました。何から何までお世話になって……」


 エランが頭を下げようとすると、止められた。局長は何故か厳しい面もちで言った。


「さっきも聞いたよ。いいから行きなさい」

「は、はい」


 有無を言わせぬ声音は、エランをたしなめるようでもあった。せっかくの別れだというのに、何か不手際があったのだろうかと、エランは不安になる。だが、とにかく裏口を出て歩き出す。


「エラン君!」

「はい」

「言い忘れていた。路地を抜けたら、なるべく早く人混みに――」


 ぱたん。

 扉が無慈悲に閉じられる。


「まさか、本当に裏口から来るなんて」


 ワインレッドの制服を着たその女が、一方通行の裏口のドアを閉めたのだ。

 音は無く、匂いも無かった。女は静かに銃口をエランに向ける。

 標的に気づかれないよう、迅速に、確実に任務をこなす。街中でも返り血が目立たないワインレッドの制服は倫理規定執行局。またの名を――


「實原エラン。理言(アガスティア)に基づき、あなたを処理させてもらうわ」


 追跡局(チェイサー)


 弾かれたようにエランは中庭を駆け抜けた。ナノマシンによる筋力補強によって、人外じみた速さで路地に飛び込む。


「……!」


 チェイサーはエランの後ろにぴたりとついていた。向こうもまた義体化を済ませているのだ。

 そして彼女が備え持つ資質は、単純な身体能力だけでは無かった。


 三発の渇いた銃声。後方から発射された銃弾のうち一つが、側方から正確にエランの太ももに食い込んで破壊する。跳弾だった。

 路地の壁――正確には、細い補強の金属部分から跳ね返ったらしい。後方からならば避けられる自信があったが、それも含めて狙ったのかとエランは戦慄する。


 エランはその場に膝をつく。片足に力が入らない。追跡局の使用する高級弾丸の中には、ナノマシンを一時的なパニックのようなものに陥らせる効果を持つものがあることを、エランは思い出した。


 追跡局の女が細い路地へとエランを引きずる。通りはすぐそこだったというのに。

 エランは壁際に投げ捨てられて、冷たい銃口が突きつけられる。


「一つ聞くわ。わざわざ裏口から出てきたのは、倫理局局長の入れ知恵?」

「……」


 まともに女を正面から見据えると、制服の胸元には上官クラスの階級章が見える。追跡局のうち上官クラスには街中での殺傷許可が与えられている。


 職務に何の感情も挟まない冷酷な瞳。

 だが、その顔だけは見覚えがあった。


「……お前。ファラか?」

「……」


 女は何も言わなかった。だが、エランはある種の希望を持って言う。


「ファラ! 何を――」


 遮るように銃声。至近距離で放たれた消音器付きの轟音に、エランの聴覚野ナノマシンが一時的な保護膜を作って、消える。


「質問に答えなさい」


 女は顔色一つ変えずに銃口を突きつける。随分大人びて――冷たい眼をしているが、瓜二つの顔だ。

 しかし、まるで別人だった。


「ファラ……一体、何があったんだよ……?」


 女は無表情に細い溜息をつく。


「……あなたは何も変わっていないのね。相変わらず、腑抜けた過去の情景に囚われ続けている。……もういいわ」


 女が引き金を引く。

 だが、銃弾は検討違いの方向へ飛んでいく。エランが全力で女を蹴とばし、立ち上がって走り出してた。


「逃がすか!」


 女が吠え、エランに体当たりをする。強靭なカーボントレンチナイフが、エランの腰に深々と突き刺された。


 腹の中で熱さの暴風雨が荒れ狂うような痛みを感じながら、エランは女を振り払った。そして、力が入らずに路地に転がった。希望が途絶えた瞬間だった。


「おっと」

「……!」


 その時、謎の覆面スカーフの男が迫りくる追跡局の女の刃を弾き飛ばした。

 そして別の男たちが二人がかりで、エランの体をひょいと抱えた。


「ちょっと失礼しますよ、っと」

「急げ急げ!」

「……」


 エランは痛みの中、通りの喧騒にわっと包まれるのを聞いた。そして、停めてあった四輪ジープの中へと乱暴に投げ入れられる。

 

「意外となんとかなりましたね」

「どこがだ。さっさと外に回せ」

「へいへーい」


 前時代的なエンジン音を鳴らして、ジープが発進する。

 不快に揺れる車内で、覆面の男たちはエランの傷の治療を始めた。


「なぜあの女を殺さなかった。背中を向けたから、お前は刺された」

「……幼馴染だった。だから、殺せなかった」

「馬鹿め」


 体に入った弾丸が取り除かれると、ナノマシンが組織を瞬時に再結合させていく。出血はすぐに収まって、エランは人心地ついた。

 とにかく、助かった。この男たちが何者なのかという警戒は必要そうだが、助けてくれたことは確かだった。


「まあ、義体化しているんだから、すぐには死ななかっただろうがな」


 突っぱねるような口調。男が覆面を取った。

 エランはその顔をまじまじと見つめて、言った。


「……モーガン?」

「ああ。五年ぶりだな、エラン」


 男は――モーガンは薄く笑った。それだけで、エランは救われる思いがした。


「も、もーがん」

「何だ、気持ち悪い……」


 変わらないその侮蔑的な態度が、今はひどく嬉しかった。五年の月日が、皆をまるっきり別人に変えてしまったと思い始めていたからだ。

 しかしそれは中身のこと。


「でも、見違えたよ。なんか……」

「……なんだよ」

「ごつくなった」


 エランの言う通り、モーガンの肉体は厚みを増していた。背丈は変わっていないが、まるで軍人のようだった。


「……まあ、誉め言葉として受け取っておく」


 その時、運転席から快活な声が飛んだ。


「隊長は人一倍鍛えてますからね!」

「……うるさい」


 隊長ということは、モーガンは何かの組織に属しているのだ。だが、三人の衣服は砂漠の民のように何枚もの布を着合わせたもので、制服らしさはどこにも無い。

 エランがそのことを聞こうとした時、外の景色が街を抜け、無限の荒野になっていることに気がつく。舗装されていない道が、不安定なジープを一層揺らしている。


「これ、どこに向かってるんだ」

「アジトのある街。僕たちは松千翠には住めない」

「……モーガン達は、いま、何やってんだよ?」

「到着したら、全部説明する」


 モーガンは荒野に目をやって言った。


「この社会の真実を……、我々の果たすべき使命も」

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