③ ハチミツとコーヒー
起きたら二つの巨大な柔らかいモノに挟まれていた。
それが人の胸とわかるまで数秒かかった。
昨日の夜を思い出す。
「うっ、わぁ」
叫んで飛び起きる。
その声でアリスも目覚めてしまう。
「おはよう、ハジメ。な、なんだ。朝から元気いっぱいだな」
そう言われて裸ということに気づいた。
しかも、自分の分身はこれでもかとばかりにそそり勃っている。
慌てて服を着ようとするが脱ぎ散らかした服が見当たらない。
「服は畳んで風呂場にある。二人とも朝御飯前にシャワーを浴びてきなよ」
ルカの声が聞こえて振り向くと狩人の装備をきたルカが歯を磨いていた。
俺の裸を見ても表情を変えない。
昨日、照れまくっていた可愛いルカと本当に同一人物なのか?
「ルカ、どうして戦闘装備なんだ?」
裸のアリスが布団から出て尋ねる。
巨大なモノがぶるんと揺れる。
隠して下さい。分身が治りません。
「もうすぐ朝食だからな。これからは教室にいる時は油断しない方がいい。ボク達はカムイ達と敵対することになったんだから」
「そうか、それもそうだな」
アリスが納得して立ち上がる。
もちろん下も履いてない。
髪の毛と同じ金色の毛が下半身でも光っている。
「一緒に入るか、ハジメ」
「い、いや。先に入ってくれ」
ぶんぶんと首を振る。
なんだ、二人共、どうしてそんなに男らしいのだ。
俺のほうが乙女みたいじゃないか。
アリスがシャワーを浴びている間、布団を羽織って待つことにする。
コトン、とルカがマグカップに入ったコーヒーを横に置いてくれた。湯気が出て暖かそうだ。
横顔を見上げる。
何かを決意したようなルカの瞳。なんだ。何か、違和感がある。
「何か、あったのか?」
いや、すごい事は昨晩あったが、それとは違う。
その顔はまるで......
「ん、別に何もないよ」
歯ブラシを咥えながら、器用に話す。
「そうか」
それ以上は聞けずにコーヒーを飲む。
「あ」
思わず声が出る。
美味しい。
かなりの苦味があるがブラックではない。
だが、砂糖の味とは違う甘さがあり、それが優しく口に広がっていく。
「美味いか?」
うなづいてルカを見る。まだ歯ブラシを咥えている。
「ハチミツが入ってるんだ。山でいつも親父が作ってくれてたんだ」
甘さの秘密はハチミツか。だがほんの少しだけ入れているのだろう。コーヒーの味を壊していない。
「ボクは高校に行ってない。中学卒業と同時に親父と一緒に山の中で自給自足で暮らしてた」
「すごいな。サバイバル家族だな」
この時代にそんな日本人、しかも女子高生がいることに素直に驚く。
「すごくないよ。人間社会についていけなかったんだ。自然の中と違って人との学園生活は嫌なモノが見え過ぎたんだ。ボクはそこから逃げ出したんだよ」
『たぶんここはね、現実で行き場をなくした人達を神様が連れてきているんだよ』
アイの言葉を思い出す。
やはり、ルカも現実での居場所がなかったのか。
「山の中でね、自称冒険家の親父に色々教わったんだ。自然の中での生き方や、生命のこと、ボクは山で生き、山で死にたいと思っていた。だけど親父は許してくれなかった」
歯ブラシを抜いて、俺のコーヒーを奪う。
そのまま流し込むように飲み込んだ。
「ある日、登山中に喧嘩になった。些細な喧嘩。でもその喧嘩中に落石があった。何があっても死なないと思っていた親父は呆気なく、本当に呆気なく谷底に消えて行ったんだ」
ルカの視線は俺を見ていない。
どこを見ているのか。
過去か、未来か、今なのか。
「この世界に来て、何もわからないボクに色々教えてくれるアリスに親父を重ねて見ていたんだ。でもアリスに助けられる度に妙な感覚があったんだ。記憶にない記憶。ボクはアリスの前に誰かにここで大切な何かを教えてもらっている」
「それは、まさか」
ルカが笑ってコーヒーを返す。
飲むと少し歯磨き粉の味が混ざっていた。
台無しだ。
「たぶん、それはハジメだと思う。でも、もっと逞しくて、強そうで、親父みたいに頼りになるハジメだった」
「そ、そうか。ごめん。今、こんな感じで」
こんっ、と胸を叩かれる。
アイが最後に叩いた所。
心臓がドクンと跳ね上がる。
「大丈夫。アリスと二人で鍛えてやるから。先にご褒美あげたんだから死ぬ気で頑張れ」
飴と鞭。いや、ハチミツとコーヒーか。
ご褒美が先のほうが恐ろしいことが判明する。
「わかった。死ぬ気で頑張る」
そう言うとルカは本当に嬉しそうに笑う。
「なら、もう少しご褒美をあげてもいいな」
顔を近づけてくる。
自然に二人の目が閉じられていく。
だが唇と唇が触れ合う寸前。
目の前に巨大な鉄板のようなものが現れた。
「あ、アリス」
ルカが風呂上がりのアリスを見る。
完全武装した騎士が剣を巨大化させて、仁王立ちしていた。
「ルカ、抜け駆けという言葉を知っているか。この世で最も卑しく、悲しい言葉だ」
怖い。ご褒美どころではない。
隠密スキルで姿を消す。
「ハジメ、どこにいったっ、ボクの理想のハジメは逃げたりしないぞっ」
叫ぶルカを尻目に風呂場に逃走する。
ごめん、いつかこんな修羅場も笑って耐えれる男になるよ。
無理無理と言って笑うアイの姿が浮かぶ。
確かに何回やり直そうがそこは変わらない気がしていた。




