⑥ 君の名は
話があるというアリスを振り切り部屋に戻る。
部屋の中はB組にいた時と全く同じ殺風景な白い部屋。
クリスの恋愛相関図、ハッキリ言っていらなかった。
カムイの愛する者がわかった所で利用できる隙などないことがわかる。
逆に自分の弱点が大きくわかった。
これまで、俺は神として大量生産させらている。
その時、その時、好きになる人物は違うのだろう。
そしてその想いは、残りカスのように記憶のどこかに存在している。
好感度に差があるのは、最近のものが想いが強いということだろうか。
もしくは、好きになった回数の違いかもしれない。
今、その感情は邪魔でしかなかった。
装備の剣と盾を外して床に置く。
アイに渡した鱗の盾。
ポイントで強化し、龍鱗の盾に変化させた。
気がついたのはミッションが終わってからだった。
盾の裏側。取手の下にアイが小さく落書きしていた。
相合傘の上に♡、中にアイ、ハジメと並べて書いてある。
多分、ミッションが始まる前に書いたのだろう。
アイが唯一残した思い出の盾。
敵の攻撃を防ぐために強化したのではない、
二刀流でいくと決めたので、盾は使わない。
ただ、この盾を壊したくないと思った。
たとえ、何周することになってもずっと持っていたいと思った。
盾を抱きしめてアイとの思い出にふける。
携帯電話はその時、突然鳴り響いた。
驚いて画面を確認する。
着信ありのマークと共に流れる着信音。
クラッシックの名曲、パッヘルベルのカノンだ。
これまでこの携帯電話は電話としての機能は使えなかった。
ポイントの交換に使うだけで通話などには使えないと勝手に思っていた。
「誰から......」
名前の表示はない。非通知になっている。
恐る恐る通話ボタンを押す。
『キモいです』
第一声がそれだった。
聞いたことのない女性の声が胸に突き刺さる。
『まだ、出番じゃないんですが思わず電話してしまうくらいキモいです』
感情のこもってない淡々とした口調。
「誰だ? お前は?」
『思い出せないでしょう。思い出していたら好感度ランキングは我がぶっちぎりで一位ですからね』
我? なんだ、まったく知らない女性からの電話。
だが、先程の恋愛相関図を聞いているということは。
「お前、ゲームの外から電話しているのか?」
『思い出せない人には答えません』
拗ねているのか? 抑揚のない声からは感情が読みにくい。
『くだらないキモ話を三話もしたうえ、彼女の形見を抱いてのキモ行為。さすがの我も我慢の限界です』
「三話? なんだ、その単位は?」
電話の主は明らかにおかしい。
まさか、まさかっ。
「お前が神かっ」
『それはあなたでしょう』
食い付き気味につっこまれた。
『我の登場は二十話ほど先になる予定です。その時、思い出すことができるでしょう。でも、あなたがくだらない事をするたびにそれは伸びていくのです』
また話という単位が出る。日にちではなく話。
やはり、コイツはこことは違う所にいる。
『海より深く反省してください。そして、他のくだらない女のことなど早々にお忘れください』
「くだらない? それをお前が決めることなのか?」
声に怒りが混ざる。アイに対する感情を誰にも触れられたくはない。
『ちっ』
舌打ちの音。
『バーカ、バーカ、ピーーのバーカ』
名前の所だけピーー音が入る。
そのまま電話は切られてツー、ツーと音が鳴る。
明らかに異常な存在からの電話。
情報を引き出さなければならなかったが、アイの事をくだらないと言われて逆上してしまった。
もう二度とかかっては来ないだろうと携帯を見る。
再びパッヘルベルのカノンが流れてきた。
『ごめんなさい』
電話を取るなり謝る謎の存在。
『待っています。早くいらしてください』
「ちょっと待て、どこで待っている? そこはどこだ?」
電話は再び切られる。今度はすぐにかかってこない。
今の電話。
予測の域だが彼女は、観測者なのか?
明らかに別次元からこちらを見ている。
ゲームの進行役、本来ならゲームマスターのようなものだ。
だが、それは本来の自分。
劣化したコピーでない、神である自分の本体がしているものと思っていた。
違うのか。だったらオリジナルの存在は?
そして、彼女は一体何者だ。
思い出せない。この情報は大切なはずだ。
少しでも、ほんの少しでも情報を得る為に俺は異常な行動にでる。
「アイ、アイ、寂しいよっ、アイ」
盾を抱いてベッドにゴロゴロと転がる。
これで電話がなかったらただの変態だ。
しかし、すぐさま携帯から着信音楽が流れる。
『やめてください。強制終了させますよ』
「冗談だ。だがせめて君の名前だけ教えてくれ」
名前を聞けば思い出せるかもしれない。
一か八かの勝負。
沈黙。その後に彼女が名前を告げる。
携帯を落としていた。
記憶はまったく戻らない。
彼女の存在は謎のままだ。
だが、その名前は。
この子の名前をつけてほしいな
アイの言葉を思い出す。
あの時。まったく考えないで名前が出た。
まるでずっと昔から決めていた名前。
俺がその名前にすることが昔から決まっていたような名前。
その名前と同じ名前を彼女は口にした。




