② 遭遇イベント カムイ その3 対決
アリスが泣きながら部屋に戻り、教室に一人になる。
彼女も同じ映像を見たというのか。
この映像を見るのは二回目だった。
アイと初めて結ばれた日、確かに同じ映像を見ていた。
あの時は顔が、わからなかった。
だが、一瞬確かにその顔が見えた。
幸せそうに笑うアリスが最後のアイの顔とかぶる。
何故、こんな映像が頭に浮かぶのか。
なくなっている過去の記憶なのか。
それとも、自分とは違う、前の自分の記憶なのか。
たとえ、自分の記憶だったとしても今の自分には関係ない。
ボブに貸した剣とアイに貸した盾。
どちらもレンタルした後、一日経ったが消えることはなかった。
一日目に消えた自分の文字で書かれた設定ノート。
あれが前の自分が残したものだとしたら、本当は消えないはずだ。
だが、一日経って消えたということは前の自分と今の自分は違う人物ということだ。
記憶をなくし、何度も神として呼び出される。
カムイのループとは違う。
一度、記憶が消えてしまえば、それはもうまったく別の人間だ。
そうだ。
アイ。彼女にもう一度会いに行っても、あの時のアイはいない。
たぶん、また結ばれることもないだろう。
あの時、なにも知らずに迷い込んだ俺を助けるようにアイは側にいてくれた。
今の俺と出会ってもきっとまた違う展開になる。
残穢。かすかに残る砂嵐に包まれたバグのような記憶。
再び出会った時、アイにもそれは残っているのだろうか。
残っていなくてもいい。
ただ、次は彼女を守ってやりたい。
いや、それは次の次かもしれない。
すべてをあきらめ。
それでも捨てきれぬまま。
いつか願うは、自分でない幸せだった。
午前五時。
机に座ってノートを書く。席はB組にいた時と同じだった。黒板の目の前、一番前の真ん中。ハジメと書かれた三角プレートを確認する。
新しいページの一番上に職業と書く。
レベル10で選択できる七つの職業。
戦士。僧侶。武闘家。魔法使い。盗賊。狩人。詩人。
レベル20の上級職で派生する職業はそれぞれ数が違った。
一番多いのは戦士。
防御に特化した騎士。
攻撃に特化したバーサーカー。
魔法と剣を扱える魔法戦士。
二刀流のツーソード。
刀を扱える侍。
五つの派生がある戦士に対し、一番派生が少ないのは盗賊。
派生は二つしかなかった。
一撃必殺に特化したアサシン。
忍術スキルを駆使して戦う忍者。
一撃必殺。
もし、カムイに勝てるとしたら、一撃に賭けるしかないだろう。
戦士からの二刀流ツーソードと迷ったが、盗賊からのアサシンを選んだ。
職業スキルから暗殺のスキルを確認する。
暗殺スキル。
相手に気づかれていない状態から発動。
相手の防御力に関係なくクリティカルヒットになる。
隠密スキルと相性がいい。
うまくいけば大きな実力差を埋められるかもしれない。
さらにレベル50で最上級職の派生があるようだが、今回はもう関係ない。
もうすぐミッションが終わるとカムイは言っていた。
アサシン、この職業でクリアしなければならない。
背後のロッカーが開く音がした。
後ろは見ない。
見なくても気配でわかった。
頭にダースベーダーのテーマが流れる。
「来たか」
機械のマスクを通した声は、相変わらず、深く暗い。
「ああ」
黒板を見ながら答える。
振り向かない。
まだだ。
ギリギリまでレベルを上げ強くなる。
カムイと戦うのはそれからだ。
「愛する者を失ったか」
振り向きそうになる。
振り向いて襲いかかりそうになる自分を必死に止める。
机を握りしめた手に力が入りすぎて爪が剥がれる。
噛み締めた唇からも血が流れる。
ダメだ。
勝つ確率を1パーセントでも上げろ。
抑えろ、抑えろ、抑えろ。
「今すぐ俺を倒して会いに行きたいだろう。だが、わかっているのか?」
言うなっ。わかっているっ。
「それはまた違う人物だ」
限界だった。
衝動的に立ち上がり、カムイに向かって突進する。
二本の剣を同時に抜く。
左だけ隠密のスキルを使い、右だけ抜いたように見せかける。
「カムイっ!」
機械に覆われた姿が見える。
赤と黒パーツが呼吸するように光り、教室を不気味に照らしている。
前回見た時よりもパーツが増えているように感じる。
バージョンアップしたのか。
さらに強くなっているのか。
それでも、嗚呼、それでもっ。
咆哮を上げる。
何を叫んでいるか自分でもわからない。
全力で剣を振る。
右、左。
見えている右も見えてないはずの左も簡単にかわされる。
ウォンという機械音がして、カムイの右拳が腹にめり込んだ。
胃の中のものが全部教室に撒き散らされる。
「ガムィイィイィっ」
さらに剣を振る。
めちゃくちゃに振る。
隠密スキルもなにもない。
ただ子供のチャンバラのように振りまくる。
まるで分身しているようにカムイの身体がブレて見える。
剣はかすりもしない。
どれ程の差があるというのか。
カムイはまだ本気のカケラさえ見せていないだろう。
「そんなものか」
カムイの言葉に頭の沸点が突き抜ける。
最高点まで達した熱が急速に冷めて行き、冷や水をぶっかけられたように冷静になる。
ふー、はー
呼吸を整えて隠密のスキルを使う。
消える。極限まで気配を消す。
「ほう」
カムイが声を上げる。
「見られている状態の隠密は効果が薄い。気配が残り探知しやすい。だがこれは中々見事だ」
カムイは俺のほうを見ていない。
位置を把握しているのか。いないのか。
どちらにしてもやるしかない。
暗殺スキル。
クリティカルを狙い剣を振る。
だが、カムイの姿が眼前から掻き消えた。
腹に二度目の衝撃が走る。
吐き出すものがなく、血の混ざった胃液が噴出される。
「またやろう」
ロッカーに帰っていくカムイの背を見ながら意識が遠のいていく。
あきらめない。
戻りたい未来を背負って。
どんでん返しを祈って。
暗闇が包み込み、すべてが黒く染まった。




