① サイドB アリス その7 再会
深夜二時。
バカンスから帰ってきたルカは疲れたのか死んだように眠っている。
なんでも一つ言うことを聞くと言う約束をルカはすぐに使ってきた。
一緒に寝てほしい。
なぜか真っ赤になって言うルカの願いを聞き入れて、ルカの部屋で寝ることになった。
私の部屋はベッドだったがルカの部屋は布団だった。
二人で入るとルカはにまにま笑いながら身体をくっつけてきた。
「寒いのか?」
そう言うと何度もうなづいてさらに身体を押し付けてきた。
「そうか」
胸の間に顔を埋めてきた。
苦しくないんだろうか。少し息の荒いルカを心配したが、なんだか元気そうなのでほっておいた。
しばらくすると、胸の中から寝息が聞こえてきたので頭を撫でてやる。
「アリス」
「なんだ」
答えたが返事はない。
寝言のようだ。幸せそうに寝ているのルカの顔を見ながら、ずっと頭を撫でているうちにいつしか私も眠りに落ちていった。
「ぐむっ」
腹に蹴りを入れられて目を覚ます。
おかしい。
胸に顔を埋めていたルカの頭は、私の足元にあった。
「ぼむっ」
さらに二発目の蹴りが左の胸に当たり、跳ね返る。
なんだろう、初めて胸が大きくて良かったと思った。
ルカの寝相があまりに壊滅的なため、私は布団から脱出する。
寝汗がひどく、喉が乾いていることに気づいた。
人と一緒に寝ることなど一度もなかったが、悪くないと少し思った。
寝相が悪くなければ、また一緒に寝てもいいのだが。
水分を取るため、自分の部屋に戻ろうと扉を開ける。
そこに彼は立っていた。
「ハジ、メか?」
最初、誰だかわからなかった。
それほど彼の印象は変わっていた。
わずか三日。
その間に何があったというのか。
もはや、最初、教室に現れた時の幼く、頼りない感じは微塵も感じられない。
装備も完全に変わっている。
全身真っ黒の服、布製だろうか。首にも黒いマフラーを巻いており、口元が見えない。腰には左右に一本ずつ、二本の剣を指して、背中に盾を背負っている。
A組に来たということは上位職になったばずだ。
この姿から想像できる職は忍者かアサシンだ。
あれからミッションは一回しかなかったはずだ。
たった一回で低レベルから上位職に?
バカな、ありえない。
あたりを見渡す、一緒にいたはずのアイはまだB組だろうか。
「アイは、いや、なんでも、ない」
身体が震えた。
アイという言葉を出した刹那、ハジメの顔付きが変わった。
なんだ。この雰囲気は。
いったいB組で何が起きたというのか。
「カムイは?」
ぼそりとハジメが呟く。
こっちを見ていない。
教室を見回している。
「寝てる、と思う。いまは深夜だ」
喉の乾きがさらに増す。
緊張しているのか、ハジメの気配に威圧されている。
ハジメはそのまま無言で立っている。
聞きたいことが山程ある。だが声が出なかった。
『生き残りたいならハジメとパーティーを組め。それが唯一、救いへと繋がっている』
カムイはそう言っていた。
今のこのハジメを見ても彼はそう言うだろうか。
「アリスは」
初めて名前を呼ばれたのではないだろうか。
「な、なんだ」
動揺して少しどもる。
「アリスはこのゲーム、クリアして現実に戻りたいのか?」
ここにいる誰もがそれを目指しているはず、その当たり前の言葉が出なかった。
「わからない。現実での私は窮屈な生活を強いられていた。今すぐ戻りたいとは思っていない」
その答えに返答はなかった。
何かを考えているのか、ハジメは口を開かない。
「ハジメ、君はゲームをクリアして、現実にもどりたいのか?」
「......いや」
首を振る。
「たぶん間違っている。彼女は俺に生きてクリアしてほしいと、言ったのだろう。だけど俺は......」
それは私に対してではなく、独り言のようだった。
「俺はもう一度最初からやり直す。例え、それが間違っていようが、俺はもう一度会いに行く」
クリア報酬は二つ。
現実に戻るか、最初からやり直すか。
ハジメはやり直すを選んでいた。
カムイと同じく。
「それは......」
言いかけてやめる。
間違っていることはハジメもわかっているのだ。
そして、カムイも。
刹那。
頭の中に映像が浮かんだ。
突然だった。
誰かと一緒に教室にいる。
笑っている。私と誰か。
だが相手の顔がわからない。
砂嵐の中にいるように霞んでいる。
ただ笑いかける自分が本当に幸せそうだ。
知らない記憶。
鼓動が早くなり、心臓が跳ね上がる。
「間違えていようが俺は何度でも君に会いに行く」
映像の男がそう言って私を抱きしめる。
一瞬、男の顔がハッキリ見える。
ハジメだ。間違えなくそれはハジメだった。
そのまま砂煙は激しくなり、頭の中の映像はプツンと消える。
ありえない。なんだ、コレは?
私の過去にこんな出来事は存在しない。
なのに、どうしてだ。
私はいつのまにか、大粒の涙を流している。
「貴様っ」
ハジメが魅力のスキルを使ったのかと思い、その顔を見る。
心臓がさらに激しく鼓動する。
ハジメも泣いていた。
同じ映像をハジメも見たというのか?
「なんだ、どうして?」
ハジメにもわからないのか。
呟いて、天井を見る。
視線は私を見ていない。
「どうしてアイじゃないんだ?」
その言葉に胸が痛む自分にひどく驚いた。
生まれて初めて嫉妬という感情を感じていた。




