⑨ サイドK ラス その2 臨界
足元で倒れている血塗れのクリスを見下ろす。
首から血がとめどなく流れていた。
「あら」
薄っすらと目を開けてクリスが笑う。
「可愛い顔が台無しよ」
オレはどんな顔をしているのか。
泣いているのか、怒っているのか。
わからない。様々な感情が入り混じっている。
「もう死ぬの?」
「そうね」
クリスはいつも本を読んでくれる時のような穏やかな顔をしている。
「トドメは刺されなかったけど、間も無く死ぬわ。まだ少し甘いわね、あの子も」
少し嬉しそうに話す。
話す口からは血が吹き出る。
「まだ間に合う。全部倒してミッションを終わらせる」
筋肉が更に盛り上がる。
100パーセントはとっくに超えている。
無理をすれば、肉体は崩壊するだろう。
構わない。
それでもすべてを終わらせる。
「あまり無茶しないでね。あの子達、強いわよ」
「うん」
知っている。
ハジメ、神の強さはそれ自身の強さだけではない。
女性陣を多く生き残らした時、いつも簡易ハーレムを作っていた。
命をかけて神を守る女達。
そのおかげで神の攻略は超難易度クラスに上がる。
「ねえ、一つ聞いていい? ワタシは次、貴方達のことを少しでも覚えているかしら?」
「無理だ。残る記憶は一番大切だった者の一部の記憶だけだ。脳内チップ21グラムの中の1グラム。クリスはカムイの記憶だけが少し残る」
そう、それはオレも同じ。
クリスの記憶は残らない。
「全部の記憶が残っていくのは、チップが空っぽなハジメだけだ。記憶を残したければクリアして周回するしかない」
「悲しいわね、そして少し嬉しいわ。ワタシにも失くしたくないものが出来たのね。それも二つも」
クリスの顔が青くなっている。
鼓動も小さくなり、まさに虫の息だ。
「行ってくる。もう少しだけ、生きていて」
クリスに背を向ける。
あとどれくらいの時間が残っているのか。
ハジメを倒し、ラスボスを倒す。
カムイを待ってはいられない。
今すぐ、全部ぶっ潰す。
「いってらっしゃい」
クリスの蚊の鳴くような声を背に走り出す。
もう二度と会えないかもしれない。
だが振り向かない。
草原についた血の跡を追跡する。
三人が集まっていればいい。
あっという間に終わらせてやる。
草原で二人を発見する。
真っ二つになった機械化ドラゴンの上にアリスが剣を持って立っていた。
その横に血塗れのルカが座っていた。
犬の耳と人間の耳が片方ずつちぎれ、脇腹に布を巻いているがそこから血が滲んでいる。
「クリスはっ」
歩きながら叫ぶ。
「クリスは全然本気じゃなかったっ。本気ならお前の頭は残っていないっ」
最後までクリスの優しさを見抜けなかった。
アリスとルカとパーティーを組んでいたクリス。
共に戦ってきた仲間と殺し合いをさせたのは、オレのわがままだ。
「知ってるよ」
ルカが立ち上がる。
「だが、お前がそれを言うな」
かっ、と頭に血がのぼる。
剣を握り、ルカに突っ込む。
その前にアリスが立ち塞がった。
「「不倶戴天」」
二人の声が被る。
巨大化した二つの剣がぶつかり合う。
アリスの剣は自分の剣の半分くらいの大きさだ。
剣ごと叩き折ろうとしたのだが、アリスの剣はビクともしない。
豪華な装飾をあしらえた西洋の剣。
聖剣エクスカリバーか。
生意気にも、オレの断罪の大剣よりポイントが高い。
「ルカ、ハジメの所に行ってくれ」
オレに攻撃しようとしていたルカをアリスが止める。
「かまわん、二人で来いよ」
まだまだ力をあげられる。
時間がない。
まとめて来い。
「嫌な予感がするんだ。頼む」
迷っていたのか、少し止まっていたルカが四つん這いになる。
「行かせるかよっっ」
筋肉増加スキルを高める。120パーセント。
アリスを吹っ飛ばしてルカを止めようとする。
だが、アリスは剣を斜めに傾け、力を受け流した。
火花をあげながら、オレの大剣が滑っていく。
地面に剣が刺さり、バランスを崩す。
その隙を狙い、アリスが剣を横に薙ぎ払った。
剣を離して後ろに飛ぶ。
ザックリと腹の辺りが裂け、血が吹き出る。
更に筋肉を増強させ、無理矢理止める。
140パーセント。
身体中が悲鳴を上げている。
まだだ。まだまだ力を上げていく。
ぶっ壊れてもいい。
そのかわり全部ぶっ壊す。
「アリス、オレはお前が羨ましかった」
カムイの隣に最初に立っていたのはアリスだった。
オレよりもずっと一緒に長い時間を過ごし、何度も何度も共に周回を繰り返したと聞いた。
「だからこそ、お前が憎くてたまらない」
カムイはずっとアリスを想い続けている。
しかし、アリスの中からカムイの記憶は消えている。
それがどれほど残酷なことなのか。
そして、それは自分の身にも降りかかろうとしている。
嫌だっ。嫌だっ。ずっと望みは叶わなかった。
家族も愛する者もいない。
そんな自分に戻りたくない。
「ウワァアアあぁあああ」
泣き叫ぶ。
泣き叫びながらアリスに突進した。
アリスの剣がオレに振り降ろされる。
右拳の背で落ちてくる剣の腹を力いっぱい殴った。
ガイン、という音がして、剣が宙に舞う。
アリスの目が見開く。
驚愕の顔のまま固まっている。
左腕にすべての力を込める。
200パーセント。
左腕だけでオレの身体より大きくなる。
プチプチと、筋肉の繊維が切れていく音がする。
この左腕はくれてやる。
限界を超えた左拳をアリスの顔面に叩き付ける。
ぼんっ、と肉が弾けて飛び散った。




