No where =Now here
タカラのアトリエ。
この三日間タカラはここから出ていない。
食事は一日二回――一日三食は地球の先進国で近代生まれた習慣である。このアンダーゲイトでは二回が普通――エポナが届けてくれる。
それ以外で人と会うこともなかった。
ここに閉じこもり、何をしているかは本人しか知らない。
「……ダメだ。やっぱりこれはよくない。卑怯すぎる……」
タカラは、プラスチックの塊のようなものを部屋の隅のゴミ箱に投げ捨てた。
「くそっ……じゃあどうする? どうすれば勝てるんだ!」
がんっ、
彼は思わず壁を叩いていた。
「ひゃっ!」
「え?」
その音に驚いたらしい声がドアの向こうからした。
タカラがドアを開けると、そこにはレキが立っていた。
「あ、あの……その、こんにちは」
レキは気不味そうに笑顔を作り、手を振った。
「どうしたの?」
「それは……気になるじゃないですか。……あれからずっとこもりっきりなんですから……」
両の人差し指を何度も合わせもじもじと言うレキを見て、タカラは訪問の意図を理解した。
「ごめんな」
「へ?」
「心配させて。でも大丈夫。そういうんじゃないんだ(、、、、、、、、、、、)」
タカラはにこりと笑った。
目の下にはクマがあり、頬もややこけているが、その笑みに偽りはない。
「あいつはまた来るって言ってた。だから、ずっと考えてたんだ。どうやったら勝てるのかって。……でも、ダメだった」
「タカラさん……」
「だから、大丈夫だって。おれの心は折れてない」
どん、と自分の胸を叩く。
「相手は硬度の高い鎧と、素早さを同居させてる。これは反則だよ。どうにもならない。だから同じ土俵で戦っても、多分勝てない」
「だったら、どうすれば……」
「特化するしかない。こっちの強みは、速さ。極限まで軽量化すればあるいは……」
「なぁんだ。じゃあ、そうしましょうよ」
笑って言うレキだが、タカラの表情は暗い。
「リスクが大きすぎる。それだと一撃でも受ければレキは粉々に破壊されてしまう! 痛みに耐える覚悟はある。でも……レキが粉々になるなんて……おれには見れないよ!」
大きく開いたタカラの両手はふるふると震えていた。
「……くそっ、心は、折れてないはずなのに……っ」
「タカラさん」
レキはすっ、とタカラに一歩近付き、その手を取った。
「大丈夫です。私は一人で戦うわけではありません。タカラさんがいるんです。だから大丈夫ですよ」
「何で、何でそんなにおれを信じられるんだ。……マイスターだから?」
「違います。あなたは、世界で、一番優しい人。一番情熱のある人」
レキはタカラの頭を抱え、そのまま自分の胸元に抱きこんだ。
自分で作っておいてなんだが、理性を失いかねないほど柔らかい。
「ちょ、な……」
「あんなに心を込めて神体を作れる人はいません。みんな、何か目的があって神体を作ります。富、名声、地位……人によって違います。……でも、ただ純粋に神体を作った人は、きっといません。そんな情熱をもった人はいません」
とくん、とくん……
「聞こえますか。私の心臓の音」
「う、うん」
「普通、神体には心臓の音なんてありません。みんな、ただ強い兵器を作ろうとしいているから。あなたは違う。命を込めて私を作ってくれた。戦うためじゃない、生きた、血肉を備えたものをイメージしてくれた。世界でただ一人の『レキのためのレキ』を作ってくれた」
レキは優しくタカラの頭を開放する。
「だから、負けるわけがないんです」
私は、とレキは続ける。
「あなたのために、勝ちたい。国のためでも、精霊王様からの言いつけだからでもない。こんなに情熱をこめて、私を作ってくれた、あなたのために勝ちたいんです!」
「ははっ」
タカラは思わず笑っていた。
「……おかしかったですか?」
「いいや。そうじゃない。……ははっ」
そう。
可笑しかったのは――
『おれは、絶対に優勝する! あいつを、優勝させる!』
「二人して同じこと考えてたなんてな……」
「え? 今なんと?」
「何でもないよ。……そうか。だったら……おれも覚悟を決めないとな」
ぐっ、拳を握り込む。
「よし、そうと決まったらカスタマイズだ! やるよ、レキ!」
「はっ、はい!」




