最終章4 ~並び立つ神~
一真の前に現れた男は、響だった。
ボサボサのツンツンの黒髪に一真のように大きくアレンジが加わった衣褌を纏う少年が今ここに現れたのだ。
「なんで・・・・」
響は意識不明の状態だった。にもかかわらず、なぜ今この場にいるのか、危機的状況から救われたことよりそのことが一真の心の多くを占めていた。
「なんでお前が・・・・」
「・・・・・」
その問いに対して響は何も答えない。聞こえてはいるのだろう。しかしその言葉に耳を傾けることなく響は、一真に背中を向け夜鳥の方を見ている。
「驚いたな・・・・まさかこの場面で素戔嗚尊の登場か・・・・・」
夜鳥は面白そうな表情を浮かべるも、相変わらず敵に対しては大した価値を見出しているとは思えない。
「・・・・・・理解はできたよ・・・・・いろいろとな・・・・・・」
響はボソリとつぶやく。一真にも夜鳥にも言うのではなく、自分に言い聞かせてるように。
そして左手を前に出す。
ザワリと響の髪が騒いだように思える。
風がその手に集まり、何かを包み込むようにしてその形を作っていく。そして風が消えた時、その手にあるのは一振りの剣だ。
豪勢なつくりとという訳でも、地味なつくりというわけでもない。
落ち着いた雰囲気を持つ剣を響はゆっくりと引き抜く。
「その剣は・・・・」
そこで異様な光景を目にする。
最初は柄と鞘だ。そよ風のような勢いの青白い風に包まれ、鞘から抜かれた場所から同じように風に包まれる。
みるみる形が変わるのだ。
柄は堅そうな作りから、日本刀のつくりに、鞘もそれに準じて変わり、刀身も両刃の剣から、日本刀の形状へとその姿を変えていく。
その変わる様は、剣が新たな命を吹き込まれたかのような神秘的な印象を与える。
「天羽々斬か?」
天羽々斬
素戔嗚が使っていた十束剣の一振りだ。
その剣は大蛇をなぎ倒した剣
つまり
「強力な退魔の剣か・・・・」
夜鳥がその刀をみて呟く。
石上神宮に祭られているというその剣は響のもとに姿を現す。
形こそ刀に変わるが、まるで再開を喜ぶように、息を吹き返したように天羽々斬は輝く。
「一真さん・・・・・」
ここにきて始めて一真に話しかける響だが、何かを言いたそうな顔をしながらも何も言うことはなかった。
それは下手な言葉よりも一真の心に響いてきた気がする。
「いくぞ・・・・」
ダラリと戦闘態勢をとる響
「まさか・・・・・生きていたとはな・・・・・」
「俺が生きていて残念だったな。だがお前のお陰で俺自身ですら知らないことを理解できたよ。実際感謝している気持ちもないわけじゃない」
「面白いことを言うな?一度死にかけて考えが変わったか?まさか殺しにかかった者に感謝を覚えるとは・・・・」
「・・・・・自身の事を知れた。・・・・・それだけはな・・・・・」
「知らなかった方が、楽に死ねたもを・・・・・」
会話の中一切構えをとらない夜鳥の姿は完全に響を見下していた。
そんな態度を見せられても響は眉ひとつ動かさない。
ザワザワと響の髪が闘気を帯びたかのようになびく。髪が伸び始めているようにも思える。
フウ・・・・と軽く呼吸をする。その時、前髪の隙間から見えた響の目は澄み切った青色に変わっていた。
「!!」
一気に駆け出す響。
疾風のごときスピードで夜鳥との間合いをつぶす。
「!・・・・・」
これには夜鳥自身も少し驚いたようだった。今まで自身が何者かであるかさえ知らなかった男がその力の一端をすでに行使し始めているのだ。
だがそれでも、力は家具土の足元にも遠く及ばない。
一真を倒した夜鳥は冷静にその攻撃にカウンターを合わせる。
「!!?」
がしかし、そのカウンターは不発に終わる。
今度こそ夜鳥の顔が驚愕に変わる。
夜鳥の目線が向く先は自身の後ろだ。
響は一瞬にして、世鳥の後ろに回り込んだのだ。これが本当の速度だ。といわんばかりの攻撃方法だ。
(こいつ・・・・神力を・・・・!!)
響の刀には自身の神力によって生み出す、風の刃が形成されている。
そしてその一太刀を降り下ろし世鳥の左肩に深く切り込みませた。
血が噴き出した。
「!!?」
しかし風の刃を纏った一太刀は響の予想に反したことが起きた。
「グ!!」
響がいくら力を込めようと刃が世鳥の肩からは一向に動かなかった。
「驚いたな・・・・」
夜鳥の口元にはゆがんだ笑みが浮かんでいる。頬についた自身の血がより一層夜鳥の恐ろしさを演出しているようにも見える。
ゆくっりと。夜鳥は自身の右手で刀身をわしづかみにする。今度はその手に刃は食い込まず、一滴の手すら流れていない。
「本当に驚いたぞ。まさか今まで自身が神であることすら知らなかった奴が、まがいなりにも神力を使った動きをするとは・・・・・・ひょうを付かれたぞ・・・・」
少しずつ、響のの刀が押し返されていく。
「だが、残念だったな・・・・・」
完全に響のかなたが押し返さる。
「所詮はその程度だ!!」
夜鳥の左手に風と炎が宿る。
「クッ!!」
躊躇なく放たれた一撃はそのまま、地面を抉り取る。いや抉り取るというよりは消滅といった方が正しいのかもしれない。世鳥の放った一撃が通った場所は石ころどころか、消し炭すら残っていないのだ。
「ほう・・・・・いい判断だ」
夜鳥が上を見上げる。そこに所々傷を負いながらも、一撃を避けた響の姿がある。
(ふざけんなよ!!こっちは両手に力を集中してるのに押し返されるとか!!しかもあいつは純粋に腕力だけでかよ!!)
その手には刀は握られていない。あの一撃を避けるために響が刀を捨てるしかなかった。
それほどの力の差。
それは響の心に大きな動揺を作るには十分だった。そしてその動揺は圧倒的な力の差をさらに広げることになる。
夜鳥が天羽々斬を投げ捨てる。
しかしそれと同時に天羽々斬は風に包まれ、響の手元に戻ってくる。
「天羽々斬・・・・流石、大蛇を殺した剣だ。すさまじい退魔の力だな」
見ると夜鳥の方からは黒い霧が噴き出している。
しかしそれすらも数秒の内に止まってしまう。
「死ね」
響の後ろから冷たい声が聞こえる。響はその声が聞こえた瞬間、風を使い体をひねりながら風の塊を横にぶち込む。
その風は夜鳥の一太刀をわずかだがずらした。
体もひねっていたために串刺しに刃ならずに済んだがそれでも無傷ではない。夜鳥の突きは響の横腹を切り裂く。
「ぐぅ!!」
激痛で目を閉じてしまう。歯を食いしばる響に対して夜鳥の攻撃は終わらない。
そのまま胸倉をつかんで、さらに上に放り投げる。
「!!??」
激痛に耐えながら響は夜鳥を見る。
「次は、かわせるか?」
「な!??」
響は驚愕する。響の上に半径、10メートルもあろう巨大な竜巻が迫ってきているのだ。
そして下からは、地面を吹き飛ばし、火柱が上がってきている。
上からは風、下からは炎が響を挟み込む。
(だめだ!!)
直感的にそう認識してしまう。上下からくる炎と風は一瞬にして響の逃げ場をなくす。今の響の力ではその両方を防ぐことはできるはずもなかった。
今の響には
「響!!そのまま打ち込め!!」
「!!」
その声を聴いた瞬間響は自身の神力を上に放つ。
すると、打ち勝てるはずもない巨大な竜巻が逆に響の風を受けて消え去ったのだ。
その色は紅蓮に染められている。
ゴウ!!
という太い音とともに響き後ろから黒ではなく紅蓮の炎が点に向かって上っている。
響きが下を見るとそこには黒い炎を食らう龍がいた。
「これは!!?」
それと同時にまたもや空間が炎に包まれた。
飛び交う炎の中にいるのは一真だ。
「家具土め・・・・・」
「なんとか、間に合った・・・」
響に意識が集中している間に一真は自身の力の体制を立て直していた。
一真の体を見ると、多少だが回復したようにも見える。その証拠に神力を使い攻撃をしているのだ。
そして
今の響には吹き飛ばせなくても一真なら、それが出来る。
力を集中するという技術を、響によって作り出された時間で行ったのだ。
一真が指を動かすと空中の炎は夜鳥めがけて突き進む。それを軽くあしらう夜鳥だが四方八方からおそってくるのにはさすがに全身を使って防ぐ。
「ち!!」
払っても払っても途切れることなく襲ってくる火炎に夜鳥の対処がおくれつつある。
しかしそれは些細なことでしかない。
改めて自身の両手に力を集めクロスさせる形で振るうと、夜鳥の風が一真の炎の連撃のすべてを消し飛ばした。
それだけでは終わらない。それと同時に作り出された風の刃は空中にいる響をそのまま襲う。
「まだだ!!」
その間に一真の炎が現れる。その姿は龍から武者の姿に変わっている。
その武者の手に握られた炎剣が振り下ろされる。
ボボボボボボボ!!!
という炎の揺らぐ音を発しながらその武者と風の刃は相殺される。
「うおおおおお!!!」
炎が吹き飛び消えた瞬間だ。
風の推進力で加速をした響きが突っ込んできた。その拳が夜鳥の顔を殴り飛ばす。
今度の一撃は夜鳥は地面に叩き伏せる。
響は風を使い地面に降りている一真の隣へ着地する。
「時間稼ぎはできたようですね・・・・一真さん」
「おかげさんでな・・・・・お前の神術には助かったよ」
一真がてを横に振るうと空間を支配していた炎が消え去った。
おもむろに響の拳に目を移す。
「・・・・・なるほど・・・・」
一真が見た響の拳はまるで炭のように黒く染まっている。
よく見ると、地面から黒い何かが響の拳に集まっている。その黒い拳を覆うように風を纏わせながら。
「こりゃ・・・・・砂鉄か?・・・」
響の拳で黒光りするどの正体は砂鉄だ。斐伊川の砂浜からジリジリとまるで、磁力でひきつけられているかのように集まってきている。
「ええ・・・・・俺はどうやら砂鉄の力も使えるようですよ・・・・・」
「納得・・・・そりゃぁあんな重たいパンチが出せるわけだ」
「なるほどな・・・・・砂鉄の力か・・・・・何者かも知らなかった存在がまさかここまで神力、そして自分の力を扱えたものだな・・・・」
「「!!」」
ゆっくりと歩いてくる夜鳥。その口元からは一筋の血が流れている。夜鳥が素戔嗚の血を取り込んでからあたえた数少ないダメージ。
しかしあれほど攻撃をして、やっと与えられたダメージはたったのそれだけだ。
「嫌になってくるよ・・・・いい加減に・・・」
一真が軽く舌打ちをする。しかし、一真は「しかし」とつなげる。
「まだ終わるわけにはいかない」
一真は不意に響の左手を掴む。響もその行動に疑問を感じているようだ。
すると響の手に一真の神力が流れ込んで来る。そしてその神力は十字の模様を作り出した。
「これは?・・・・」
「響・・・・・お前は今すぐ、栄吉さんのところに帰れ・・・」
「なっ!!」
響はその言葉に耳を疑った。とてもじゃないが夜鳥を一人で倒せるとは思えない。さらに言えば、一真は回復したとはいへ、神力を消耗して、疲弊しきっているのは明らかなのだ。ここで響が抜ければ、勝つ見込みはさらに低くなってしまう。
「あんた何言ってんだ。勝てるわけないだろう」
「だろうな・・・・・だがそれはお前がいても対して変わらん確率だろ。だったらお前は生き延び、次に備えろ」
「次って・・・?」
「その印は俺がつかんだ奴の情報だ。それを持って帰り、栄吉さんを通して大国主達、出雲の神に伝えろ。そうすれば、すぐさま動いてくれるだろう・・・・いま俺たちが出来ることは、奴を倒すために次につなげることだ。」
この言葉だけ一真は夜鳥をにらみながら小さな声で、そう告げる。
その眼からは、一真の覚悟が伝わってきた。奴を倒す為に、自身が犠牲になることの覚悟が・・・
一端といえど夜鳥の力に触れたから分かることなのだろう。
「それだったら、あんたが逃げれば!!・・・・」
「お前は素戔嗚だ。それだけで、とてつもなく重要な存在だ。死なせるわけにいかない。それに・・・・・・これは今までお前を騙し、苦しめた俺がしなければならない義務だ」
行け、そう告げると、一真の体から炎がほとばしる。
「・・・・・ふざけんなよボケ」
「は?」
「そんな事で俺を逃がすだって・・・・・・確かに苦しんださ。でもだからってあんた死んでいいことじゃない。まだまだ聞かなきゃならないことがあるんだ!!教えてもらわなきゃならないことがあるんだ!!今あんたにいなくなってもらっちゃ困るんだよ!!それに・・・・この戦いは大蛇を復活させない為だけの戦いじゃない!!俺という存在を掴み始めるための戦いでもあるんだ!!」
「響・・・・・」
「あんた、約束したんだろ。香澄さんに帰ってくるって・・・・・飯食べるって!!好きな人につらい思いさせるなよ・・・・・俺への義務なんて感じるな!!するなら生きて帰ってから聞かせろ!!今の俺があるのは一真さんがいたからこそだ!!」
「・・・・・・」
「行こうよ。生きて帰ろう!!」
響の目にも一真の覚悟に負けないほどの覚悟がともっていた。
生きて帰る。不安や焦りより、今の響にあるのはただ、生きて帰ることだった。
それを見ているとなんだか、自己犠牲を考えていた自分がばかばかしく思えてくる
(そうだった・・・・約束したじゃないか・・・・・決意したじゃないか・・・・)
一真の頭に浮かぶ、17年前の記憶。
それを思い出してくると、この絶望的状況の中に光が見えてくる。
「ああ・・・・生きてかえろう!!!」
一歩を踏み込んだ響。
そしてそれに続く一真をみて、夜鳥は嘲笑うかのごとく拳、
「ふん・・・・感動的な話だな。つい聞いてしまった。だが無意味なことだ。いくら気合を入れようともどちらにしたところで、力の差は歴然。叶いもしないことに力を入れず、さっさと、死んでしまえ」
一切余裕の表情を崩さない夜鳥の口元がより一層ゆがんだものになる。
ゾクゾク背中を駆け巡る悪寒を感じる。
「確かに・・・・奴の言うとおりだ・・・・力の差は圧倒的。どうやって・・・・・切り込んだものか・・・・」
奴の言うとおり、決意したところで力の差はすでに明らかだ。ただでさえ、素戔嗚の血の力で強化されているだけでなく、一真の火の力も自身のものとしている。もしかしたら他にも新たな力が備わっているのかもしれない。
「でも・・・・さっきまではバラバラでやってダメだったけど、二人で連携すればダメージを与えられた。」
「その通りだ」
響の言葉に一真も賛同する。
小さな希望を手繰り寄せる。
「二人でいけば奴に届くはずですよ!!」
二人が一気に走り出す。
響が左から、一真が右から切りかかる。しかしそれをいとも簡単に夜鳥は受け止めてしまう。
「二人なら、やれるだと・・・・ぬるいな!!」
その手から黒い風が吹き出す。
両者はいっきに吹き飛ばされるが、攻撃は終わらない。
止められることなど百も承知。
その体を神力で守り踏ん張る。それても夜鳥の風は食い込んでくる。
それすらも気合いでねじ伏せる。
一真が右手で炎をの槍をいくつもつり出しく、夜鳥に投げつける。
「だからなんだ!!」
軽くあしらおうと夜鳥が腕を振るおうとする。
「!!」
「!!」
しかし、なぜか腕が上がらない。視線を移すとそこには黒い何かが糸のように夜鳥の四肢の動きを縛っていた。
「これは!!」
睨むように先程吹き飛ばした一人である響を見る。
「グッ!!!」
そこには自身の両手で大量の砂鉄を操つり四肢の動きを懸命にとめている響の姿がある。
「素戔嗚ォォォ!!」
「食らえ!!!」
無数の炎の槍が世鳥をとらえる。それと同時に炎の槍は爆発を起こす。
「く!!」
それと同時に、響の砂鉄がちぎれ飛ぶ。
反動で倒れそうになるところをグッと踏ん張る。
巻き上がった煙が世鳥の周りを埋め尽くす。
「きかんな!!加具土よ!!」
煙の流れが変わったと思った瞬間だ。夜鳥が一真の後ろにすでに回り込んでいる。
あの炎の槍をものともせず、髪の毛にやけどの一つ見えない。
「ク!!」
しかし一真も反転し、夜鳥の上段を受け流す。その流れのまま左下から炎を纏わせ切り上げる。
しかし、その一太刀を夜鳥の左手が受け止める。
まるで、鉄でもたたきつけたかのような、衝撃が一真に帰ってくる。
ビリビリと手が痛む。しかしそんなことより驚くべきことに、一真の一太刀を止めた、夜鳥の左手は全くの無傷。血の一滴すら出てはいない。
そのまま夜鳥は刀身をわし掴みにして、自分の元に引き寄せる。
踏ん張ることさえできない、巨大ない力によって一真の体も夜鳥に引き寄せられるように宙を舞う。そのまま夜鳥は左手でたたき伏せようと一真の頭を掴もうとする。
しかし、
ビュンビュンビュン!!!
という鋭い音が聞こえたかと思うと、夜鳥の左手が、まるでカミソリのような鋭利な刃物で切られたかのような傷を負っている。しかも大きさや傷の深さはまるで、刀で切られたかのようなものだ。
一真と世鳥が目の端でとらえたのは、響だ。
自身の刀に、風を纏わせ夜鳥がやったようにカマイタチとして斬撃を放ったのだ。
一瞬とはいえ、その痛みに夜鳥がひるむ。一真はその瞬間を見逃さない。
すぐさま手のひらに小さな火球を作り出すと、夜鳥の腹にめがけてぶち込む。その瞬間、爆発音とともに炎が舞う。
煙が二人を覆う中、響は追撃に備えるため、刀に神力を集める。その時、煙を突き抜け、一真が響の横にまで戻ってきている。
今度は、あの爆発の中、火傷や傷どころか衣服も燃えてすらいない。
「いけ!!!」
一真が叫ぶ。
「うおおおおお!!!」
それを合図に響が刀に溜めた神力を夜鳥めがけて振りぬいた。その神力は暴風へと変わった。
響きが生み出した暴風はまるで煙に吸い込まれるかのように飲み込まれる。
当たった!!
響の中でかすかな手ごたえを感じた。しかし暴風で煙が吹き飛ばされたその場では、響の予想とは反したことが起きている。
「ちっ!!」
一真が舌打ちをする。
響の暴風が夜鳥にあたるか当たらないかの距離。その間を漆黒の炎がまるで、盾のようにして防いでいるのだ。
「惜しかったな・・・」
その刹那、夜鳥の黒炎がまるで火山噴火のように響の風を押し返し始めた。
「くそおおおお!!!」
ジリジリというには、あまりにも違う。化け物が何かを食らうがごとく黒炎は響の風を飲み込んでいく。
ものの一秒もしないうちに、すでに半分の距離を押し返された。
響は精一杯力を込めているにもかかわらず、その勢いが落ちるどことかさらに力を増している。単に相性の問題だけじゃない、夜鳥がさらに力を込めたのだ。
「おら!!」
それを見てすぐさま一真は動く。
炎と風が衝突している場所に自身の炎を下から、叩き込む。
二つの力の間を突き抜け、一真の炎が空に昇っていく。
すると、風も黒炎も一真の炎に沿って、空に昇っていく。
「どうやら、間接的には、干渉できるようだな」
安堵したような声で一真が言うと、夜鳥はとてもつまらなそうな態度で、
「自身の炎で力の逃げ道を作ったか・・・・」
一真の炎は攻撃ではなかった。
完全に力負けしていとしるやいなや一真は炎で力の逃げ道を作ったのだ。
どうやら、夜鳥の黒炎は直接操れなくとも、力の向きを曲げることはできるようだ。
「まぁそれくらいして貰わなくては張り合い長いからな・・・・」
ペロリと左腕の血をなめる。
その所作が、ほぼノーダメージのこの状況が、満身創痍で戦う二人にとっては絶望的に思えた。計り知れない力を手に入れた夜鳥のその立ち姿にはまだまだ余裕の姿が見える。
まるで命を持て遊んでいるかのようなその戦い方に響は嫌悪感を感じずにはいられなかった。一真の表情を見る限り同じような考えだろう。
自身の力を強化し、なおかつ、相手の力を自身の物へとする危険な力。
二人係でも追いつけない位置に君臨する夜鳥。
しかし、
しかしだ・・・・一真には今、この状況で何かを感じ取っていた。明確ななにかではない。頭の端っこをひっかっくような些細な出来事があったきがするのだ。
小さすぎるが故、出来事が大きすぎるが故に隠れてしまった何か。明らかに異常な出来事が起きていた気がずるのだ。
(何だ・・・・何を忘れている・・・・?)
どこから?、何が変わった?どのようにして?何がきっかけで?
必死で何かを考えるが、まるで薄いビニールでも貼られたようにその答えを知ることが出来ない。
ビニールが簡単に引き裂けるように、もう一度見ることが出来ればその答えがわかる気がする。
「響・・・・行くぞ・・・・」
「・・・・はい・・・」
響はその言葉に何を感じたのか。はっきりとはわからないまでも、直感的にその一言が重要なことを秘めていると悟った。昔から見ている。一真という男は決して無駄なことはしないということを。
すぐさま響が夜鳥に突っ込む。
「炎海・・・・!!」
一真が両手を上げる。すると大気からふつふつと赤い炎が表れてくる。まるで水のような柔らかさを持った炎とめどなくあふれてくる。
その量は一気一真の後ろを覆うほどに広がった。
左右から砂鉄が盛り上がる。鞭のようになり、響が腕を振るうたびに夜鳥に向かう。しかしそれを踏み台にしながら夜鳥は交わしていく。飛ぶ瞬間も狙うも、ことごとく回避される。
空中に夜鳥が舞う。その瞬間を一真が狙った。
海のごとき炎を今度は津波のように上から夜鳥を飲み込む。先程の炎弾とは違い、いっきに全体を飲み込む炎に夜鳥もすぐさま防ぎにかかる。
とめどなくあふれてくる炎。しかしかなりの神力を練りこんで作った炎でも、夜鳥は全く意に返さない。体全体から、風を放出した。
まるで蝋燭の火を消すかのごとく、一瞬にして一真の炎が消え去る。
だがその瞬間を響は見逃さない。夜鳥の視界から炎が消えた瞬間に飛びはね、鉄を操り作った刃で夜鳥に切りかかる。
夜鳥がその刃を風でたたき潰す。散らばる鉄の破片の一部が夜鳥の頬をひっかき小さな傷を作る。
「!!」
まだ終わらない。
今度は一真が炎漸を連続で飛ばし、夜鳥に連続で攻撃する。
なおも夜鳥は捌く。
しかし今度は響だ。
響もそれだけでは終わらない。
自身も砂鉄の足場を作りいっきに夜鳥の頭上まで駆け上がる。
ビュウン!!
風が響の刀に集まる。
「食らえ!!」
響が上段から振り下ろす。関止めから解放されたように、風が世鳥を覆うもそれも夜鳥は自身の風でうちながす。
無防備の状態の響に夜鳥のけりが水月にけりこまれる。
しかし蹴りを今度は一真自身が一瞬で移動し刀でうけとめる。
その瞬間を響は下から上に世鳥の顔に切りかかった。
その太刀が届く前に、夜鳥は一真に止められている足から風を作り二人をまとめて地面にたたき飛ばす。
たたきつけられた二人の肺から一気に空気が抜ける。
以外にもそれだけで済んだのは一真の炎を使い風にたいして炎の盾を作り、さらには地面にあたるまでに炎の推進力で勢いを弱めていたおかげだった。
それでも防ぎきれない夜鳥の攻撃力。それを一真自身と響二人分も作ったことによりさらに神力を消耗していた。
二人係の連続攻撃。それそすら問題ないといったように、赤子でもひねるかのようにして打ち倒す夜鳥。
「・・・・何故だ?」
しかしおかしなことそんなことを言ったのは夜鳥だった。右頬を親指で拭うと赤黒い血が手についている。意識すると痛みも伝わってくる。
そこには一つの太刀傷が小さいながらもできていた。考えられるとすれば最後の響の一太刀だ。しかし夜鳥はあたる前に二人とも同時にふきとばしていたはずだ。なのに・・・
「成功はしたようだ・・・・・」
ゆっくりと立ち上がる響。その姿を空中で滞在する世鳥がにらみつける。
明確にはその握られた刀を。
それにきずいたのか響も誇示するようにして天羽々斬を前に出す。
「なるほど・・・・」
それを見て一真も納得したようだ。
響の刀。その刀身を風で作ったと思われる刃が纏っている。これによって切れ味をさらに高めたのだろう。しかしそれだけではない。天羽々斬の切っ先。そこにつなげるようにして、鉄の新たな刀身が作られていた。
つまり、もともとの刀の長さに響の力で作った鉄のあらなた刀身がたされたことによって届かなかったはずの世鳥にその人たちがとどいたのだ。
浅い傷だ。
しかし退魔剣、天羽々斬はその小さな傷でもダメージを与えていく。
それでも今の夜鳥にどれほどのダメージを与えられているかわわからない。もしかしたら今も急速に退魔の力を上回る速度で回復をしているかもしれない。
響は一たびそれを考えると、今までの攻撃全てが無意味だったのじゃないかと思えてくる。
より一層張りつめていく空気。夜鳥の怨念がまた広がったように思える。
しかし
「なる・・・ほどな・・・・!!」
改めて、
そんな空気を切るように、一真は笑みを浮かべながらこういったのだ。
何かを確信したその一言に響はもちろん、夜鳥ですら反応する。こんな状況でこのような仕草をとれば当然といえる反応ではあるだろう。
「なるほど・・・・って・・・・何が?」
響きは決して夜鳥から目を離さずに一真に問う。
「とりあえずは説明より、実践だ。俺が隙を作る・・・・その時のために力を溜めろ」
小さな声で一真はそう告げる。
響が言葉を呑みこむ前に一真は動き出した。
一直線に最短距離を全速で切りかかる。
それを見た夜鳥は、失望したかのような目で一真を見ていた。
左前腕で一真の一太刀を受け止める。先程と同じように傷一つつかない。
「なんだ?・・・・このつまらん攻撃は・・・・勝てないまでも、抗って見せろ!!」
その攻撃方法に響も疑問を持つ。
あれだけ多彩に攻撃をしていたにもかかわらず、単調な攻撃になっている。あれでは夜鳥にダメージを与えることなど不可能だろう。
しかし響は一真の言ったことを心で繰り返した。何か考えがあるのは明らかだ。だったらその言葉を信じることが今響がすることだった。
意識をゆっくりと刀に集中する。
「つまらんな・・・・・・加具土よ・・・・さっきの言葉もはったりかぁ!???」
夜鳥が刀を一真に振り下ろす。
それを一真は炎を足の裏で爆発させ、夜鳥を飛び越え、後ろに回り込んだ。
その攻撃方法に夜鳥も敏感に反応する。
一真が夜鳥の襟元を掴むと柔道技のように投げ飛ばすも見事に一回転して着地する。
「ふん・・・俺の勘違いだったか・・・」
一真が走り出す。
その刀に再び炎が宿る。
ニヤリと夜鳥は、複数の黒炎弾をぶち込む。
「っ・・・・・!!」
勿論炎を操る一真からしてみれば、大した攻撃ではない。
難なくかわす。
しかしその炎は着弾したその場で形態を枝木のように無数に変化させる。
それであっても一真は回避をする。
それでも、一真の頬や肩にえぐるような切り傷ができている。
その現象の正体は炎から放出されている風の礫だ。
(なん!!?・・・・・)
その正体を垣間見た時、押し付けるような新たな戦慄を実感する。
ぶっ飛びすぎているにもほどがある。
夜鳥は炎から風を作り出したのだ。
属性を炎から風に切り替えたのではない、炎から風をつくりだしたのだ。
(複数の属性を持つ奴は多くいるが・・・!!)
同時に作り出したり、合わせて放つことはできる。
しかし一度作り出した力を別の力に変換するなどそもそも不可能なのだ。
その属性によって引き起こされたのならわかる。
そもそも悪鬼の邪気も神の神力も一つの属性に変化させて放出する。
それはその属性エネルギーとして出来てしまったものだ。
その属性エネルギーを火から風へ、風から水へといったように変わることなどできない。
しかしその現象は目の前に現れている。
新たな異形すぎる力が現れているのだ。
一真は無理やり進むも夜鳥の攻撃がついに一真のバランスを崩す。
一瞬の隙を夜鳥は見逃さない。
そこに向けて巨大な竜巻を叩き込む。
「っ・・・・・!!」
一真は掌に炎を集中する。
「無駄だ・・・・」
ため息を付くかのように夜鳥は言う。
しかし一真は迷わず炎を開放し、体を移動させる。
そのタイミングと同時に響が間に割り込んだ。
ばん!!
と地面に手を付けると、勢いよく砂鉄が巨大な壁を瞬時につくりがした。
ギュリリリリリリリ!!!!!!
という削り取る音が響く。
それでも一瞬、風の猛威が止まる。
二人もその隙を見逃すわけがない。
「!!」
瞬時に響が夜鳥の後ろに回り込んだ。
その速度はまたしても夜鳥の上をいく。
それでも夜鳥はすぐさま反応する。そしてその瞬間に真正面から一真が切り込んだ。
挟み撃ちで切りかかる。
「防ぐまでもないな・・・・・」
まるで、独り言のように夜鳥が呟いた。その小さない言葉が強烈に響く。
夜鳥を中心にして、風が吹き出す。
それだけで、勢いの乗った二人の腕を押し返す。
というより、そんなレベルではない。
両者の体ごと吹き飛ばす。
ズバズバと風の刃が二人を切り裂く。
苦し紛れの風弾も炎弾も夜鳥には当たらず、煙をまき散らすのみだ。
そしてその一つが、一真の左肩を切り飛ばした。
クルクルと円を描きながら、そしてボテリと思い音とともに一真の左かたふぁ身体から離れ落ちる。
一真が左肩を見る。
まだ血は出ていない。
しかし噴水のようにして、赤い鮮血が噴き出した。
一真の炎にも負けない、赤い血が。
一真の衣褌が赤く染まる。
ドスリ!!
と、そこに畳みかけるように夜鳥が一真の腹に、刀を突きさした。
「ぐ・・・・・がぁぁ!!」
夜鳥の突きが一真の腹を突き破る。
バタバタと一真の血が地面に落ちる。
「さてと・・・・」
目の前を飛び回るうっとうし虫でも殺すかのようにして世鳥はいう。
残るは素戔嗚のみ。
最後の虫を殺すために夜鳥は一真から刀を引き抜こうとする。
「?」
しかしなぜだ。刀を引き抜こうとするのになぜか動かない。刀が骨にでも引っかかったのか、多少力を入れてみるがそれでも全く動かない。
「いけ゛!!・・・ひびきぃ!!!」
体の底から絞り出すかのような声が夜鳥の耳に強烈に響いた。
確かに苦しんで殺すために急所は外した。それでも声が出る力なんて残っていないはずだ。
突き刺した刀の先を見る。
そこには突き刺されながらも、右手で刀身を握る一真の姿があった。
その眼はまだ死んでいない。その燃えるような目は死んでいないのだ。
(こいつ!!!わざと!!!!!)
その眼を見た瞬間、夜鳥の背中に寒気と動揺が全身を駆け巡った。
そしてその言葉を理解した時には遅い。
ボフ!!!!
一真の火によって生まれた煙を吹き飛ばすようにして、響が飛び込んできていた。




