響の血
時間はさかのぼり約12時間前。夜鳥との戦いのあと、出雲地帯一体に大雨が降り始めた。
(重い・・・)
その雨に直撃した一真は着ている物から髪までビチャビチャにぬれていた。
一真の背中には響が背負われている。単純に響だけの重さではない。自身もそこそこの怪我を負っていたのだ。それも重なって背中にかかる重量はバーベルでも背負っているのではないかという重さだった。
一歩一歩ゆっくりとその足取りは重くも前に進んでいる。
一真が立ち止った場所は扉の前。そこは栄吉が宮司をする神社の社務所だった。
雨にぬれ、泥によっ泥泥の顔を肩で拭い一真はゆっくりとその扉を開く。
すると
「一真!!」
扉を開く音に反応してか奥から栄吉が、そしてそれに続く形で香澄、そして陶器のような冷たさと白さを持った女が表れた。
「響は!?」
すぐさま近くに近寄ると栄吉と香澄は一真の背から響を預かる。
「おじいちゃん!!奥に連れて行って!!」
「あ、ああ!!」
すぐさま香澄が指示をだす。やはりそこは看護師だけあってかテキパキと行動していく。といっても響の外的損傷はほとんど見えない。それを見てか、頭から血を流している一真の応急処置のためにも同時に動き出す。
しかしそれを手の動き一つで止めると、
「栄吉さん・・・・この後、話があります。これはもうほとんど緊急事態だ。・・・・・それとあなたにも聞きたいことがある。」
一真の目線の先にいたのは陶器のような冷たさと白さを持った女だ。
「・・・・わかりました」
ただ端的に答える。その女が作った表情は意外なものだった。まるでそう言われるが分かっていたかのようなそんな印象を持つ。
「お願いします。・・・・羽島・・・・京子さん・・・」
それから約10分後、とりあえずの手当てを終え、一真は一人畳の上で座っていた。
一真はゆっくりと胡坐から正座に座り方を変えた。
するとゆっくりと襖が開きだす。なんとも良いタイミング、いや来ること自体も一真には分かっていたのだろう。それほどにまで一真の精神は研ぎ澄まされている。
「で、話とはなんだ?」
栄吉と香澄そして、羽島京子なる妖怪は一真と同じように正座で座る。
「今日の戦闘で・・・・というより、今日を含めた三つの出来事でいろいろと問題が発生している可能性があります」
「可能性だと?」
眉間にしわを寄せながら栄吉はその言葉に疑問を感じる。
「なぜ?可能性なんだ?」
「あくまで憶測ですから。そしてそれを証明するためにも羽島京子さん・・・・・あなたの情報が少なからず必要だ」
羽島京子。それは妖怪というにはおかしな、明らかに人間につけるであろう名前だ。
そんな人間のような名前を待つ女、羽島京子はゆっくりとしゃべりだした。
「よく・・・・私の名前がわかりましたね。」
「・・・・俺たちの情報網を使えばそれくらいはすぐにわかることです。今回をイレギュラーな要素が多かったがために時間がかかりましたけどね。」
そう付け加える一真には羽島京子は、口元に小さな笑みを浮かべる。その陶器のような白い肌から見える笑顔は冷たさというより暖かさを強く感じさせる。
「それで・・・・・私に聞きたいことというのは?」
間を置きながら自然な流れで羽島京子は本題に戻す。それ
に対して一真もすぐに答えるのではなく、一呼吸してからゆっくりとしゃべりだす。
「さっきも言いましたが、俺が問題を見つけだしたのは三つの事からです。・・・・夜鳥の戦闘、数日前、悪鬼を傀儡のようにして操った上位の悪鬼・・・・そしてあなたを操り響きを襲ったもう一人の謎の悪鬼。」
「つまり、私から聞きたいのは最後の・・・・私を操った悪鬼の事ですね?」
「ええ・・・・」
一真は両手を合わせると顔の前まで持ってくる。
「まずは夜鳥。奴は戦いの最後でこういった・・・・『なぜ暴走してるのか?』と・・・・・この言葉は奴が響が正常に力を持っていると思っていたということだ。・・・・なぜ奴はそう勘違いした。いや・・・そもそも何故あいつは響の情報をつかんでいた?」
「別につかんでいなかったんじゃないの?だって夜鳥の情報をつかんだのは今ら二週間前でしょ。その頃は響君も封印が弱まっていても影響はなかったわけだし。ただ単に偶然にここに来たとか」
しかし香澄の問いに一真が間髪入れずに否定する。
「それはないな。確かに俺たちは高天原の組織からただ単に世鳥の復活。そして島根に来ているということしか聞いていない。しかし響の事は俺たちだけが知る真実で上は知りようがない。そもそも響の封印が弱まりつつある時に夜鳥の来襲?不自然すぎる組み合わせだな」
「17年前・・・・・どの悪鬼よりも響の血を貪欲に求めたのは奴じゃったしの・・・・」
「ん~~」
論破され言い返す言葉が見つからないためか、香澄は自分の髪を指先でいじりだす。
「夜鳥の目的はまだ分かりやすい。しかし、響の情報を知っていたのは夜鳥だけではなかった」
ピクリと三人の注意力が一真の言葉に向けられる。
「あいつか・・・・」
栄吉は口まで持ってきていた湯呑を飲まずにゆっくりと机に置く。
「響きが暴走をした日。そして―――」
「私が操られた日・・・・そしてその悪鬼は私を操っていた者ですね?」
一真のしゃべる言葉を先読みする形で、羽島京子なる妖怪はその核心を突いた。
「夜鳥以外に響の情報をつかんでいた者がいる」
「正体も全く不明の悪鬼か・・・・・」
「問題は奴が何故響を目の前にして血を奪わなかったのか・・・・・あの場面になら確実に奪えただろうに」
それが大きな問題だろう。わざわざ羽島京子という存在を操ってまで響の血を狙いながらもそのチャンスを使おうとはしなかった。
「羽島さん、あなたは奴からどんな命令を?」
「単純に素戔嗚の血を探せと・・・・」
「・・・・そこからおかしくなるところだな」
親指を口元にあてながらつぶやくようにして栄吉は、不可思議な点を挙げる。
「何故奴は羽島さんを使い響を探す必要があった?」
「そうよね・・・・・そんなことをしておきながら血を奪わなかった。そこまでしてなを奪おうとしなかったってことは・・・・・最初から奪う気が、なかった・・・てこと?」
「本当に・・・・栄吉さんや香澄が言うように奴にとって最初から響の血を奪う気などなかったのかもしれない。」
「???じゃぁ待って?なんで京子さんを使い襲わせたの?結局そこに戻っちゃうんだけど・・・」
香澄の言うとおりだ。
もしこの回答が正しいとしたとき、なぜあの悪鬼は羽島京子を使ったのか、いやそんなことより響を襲う必要はあったのか。
逆にこの回答が正しくなく響の血を狙っていたとしてもなぜ奪わなかったのかという結局同じ疑問が浮かんでくる。
「・・・・・動きがあいまいだな・・・」
腕組みをし、栄吉は疲れたようなため息を付く。
「あの・・・・私が神塚君にやられた後に朦朧としている中で聞こえたんですけど・・・・彼は『俺はお前の血に用はあるが今でなくていい』・・・・そういっているのを聞こえました。ということはやはり・・・・」
「奴は奪う気自体はあったってことでしょう。・・・・・結局羽島さんを使った理由がイマイチはっきりしませんが・・・・・・・・」
でも
と、そう一真は言う。
「俺の考えでは恐らく奴は響の血を別の価値狙っている」
「別の価値だと!? 響きの血に・・・・悪鬼の力を高めるというほかに一体何があるというのだ!?」
間をおいて言われた最後の一言はその場の全員に強烈な印象を与えた。その中でも栄吉は特に際立っていた
「まだ完璧っていうわけではないですけど、奴はもともと響の血を自身の強化として使うつもりではなく、何かはわかりませんが違う使い道を望んでいたはずです。そして響を襲ってそれは今の段階ではないと分かった・・・・現に夜鳥自体は暴走状態とその場で見て分かってなお響を襲ってきた。奴は17年前から素戔嗚の血の強化としての面を狙っていた。この二体の悪鬼の攻撃の仕方がそれの答えになっているのかも」
「でも、それが本当だとしても、別の力って・・・・」
「分からないが・・・・・悪鬼を強化する。という能力のために存在が消え力。または危険が故に消されたことかもし得ない。しかしその力を求めるものが現れたということはその意味は危険のためかもしれない・・・・」
あくまで仮定の話だ。しかし一真の心の底では確証が生まれつつあった。
口づてに聞いた香澄や栄吉には実感がわかないかもしれない。
しかし一真はそれらの情報を自分を通して聞いているのだ。
全てをうまくしゃべれない事にもどかしさを感じれずにはいられなかった。
「別の力など今まで聞いたことがない・・・・・」
いまだ信じられないというような表情の栄吉だ。栄吉としては確証がないことをそうやすやすと決めてしまうのは難しいことだろう。
何といってもこの戦いの拠点を仕切るもの。いわばリーダーだ。一真の事はもちろん信頼しているが、もし間違いの情報ならそれは一真の負担になるはずだ。それはなるべく避けねばならないことだ。
「栄吉さん・・・・・まだ確実ではないにしても、その可能性は捨てきれない。・・・・そもそも俺達ですら分からないことが山積みなのは確かです」
例えるなら権力者の歴史だ。今まで温厚だった皇帝や王、国家の首相が突然として凶変し暴走した政治を行う。その裏には少なからずその権力者をその道に誘導した人物がいるということは言うまでもないだろう。
それがわかれば歴史がひっくり返される。だからその裏の出来事は現代に歴史としてほとんど伝わっていないのだ。
響の血もそれと同じなのかもしれない。
第二の力たるものが危険すぎるため意図的に消された力。
だから後世に伝わることがなかった。
偶然歴史的証拠が消えるのと、自身の手で歴史的証拠を消すのとではその完成度が違ってくる。
はるか大昔の事ならなおさらだろう。徹底的に証拠を断つには秘密をばらしたら者、知った者を殺してしまえばいい。または書物に残さない。消し炭にする。こんなところで証拠は消えてしまうのだから。
「そしてもう一つの問題・・・・夜鳥が何故響の情報を掴んだかは・・・・・タイミング的にも絡んでいる可能性がある。」
「どこかで夜鳥と接触しているってこと?」
「まったくの無関係ではないだろう。・・・・・傀儡を操った奴は響の存在の事を直接語ったわけじゃないにしても、【神隠し事件】や【夜鳥】という言葉に反応していることから見ても・・・・・無関係ではなさそうだがな。」
「結局のところ・・・・・・情報の出所がわからんということか・・・・どれもこれも結局は確率論でしかないか・・・」
そこでこの会議は終わりを告げた。




