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「こんにちは。学生さん」
陸島が男子寮の中に入ると奥から誰かがやってきた。見た目からして女性で年は四十代半ば程。白のエプロンを身に着けて陸島の到着を待っていたようだ。
「……どうも、こんにちは」
「あら、お疲れ?」
元気のない返事にエプロンの女性は苦笑いを返す。
「ええ、まあ」
「何か飲む?コーヒーとか?」
「じゃあそれでお願いします」
――しばらくこんな状況が続くのだろうか。流されるというかなんというか
玄関で靴を脱ぎ、入り口から右手にあるドアを抜ける。
「ああそうそう。私、三田川っていうの。三田川杏美。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
玄関の右手を抜けた先その先には広いリビングの空間が。陸島と三田川以外の人はおらず、近くの壁に掛けられている見取り図によれば北側からキッチンに冷蔵庫、その下には間をおいて八人は座れる黒の食卓テーブル。壁際には大型テレビが設置されておりその正面には足の低い木製テーブルをはさんでソファーが設置されていた。
「ああ、待ってて。コーヒーと……モンブランとかでいいかしら?」
「それでいいですよ」
「そういえば男の子ってさ――」
キッチンでコーヒーとモンブランの準備をする三田川はわくわくした様子で陸島に声をかける。
「やっぱりご飯はたくさん食べるのかしら?例えば……そうドカベンとか教科書押しのけて入れて。それからあとは四六時中、異性にどうしたらモテるのかを想像してるって本当?」
「知りませんよ」
陸島は彼女の質問にげんなりとした態度で返答しつつ、カバンから一冊の本を取り出して読み始める。
「もう、つれないわね。それじゃあ島の女の子たちに――」
「どうでもいいです」
三田川の声を切るように陸島はやや怒り気味に返した。
「……そう。じゃあはい」
三田川は残念そうにテーブルの上に淹れたてのコーヒーとモンブランを置いた。それとフォークが一つ。
「砂糖はいらないです」
「無糖でいいのね?」
「はい」
コーヒーの香りが広がる中で彼は読書を続ける。
「何を読んでるの?」
「悪魔の紋章ですが」
「江戸川乱歩の?渋いの読むわね」
「そうですかね?」
「今どきの子って読書のイメージないから。あったとしてもファッション誌とか漫画とかじゃない?」
「そうかもしれませんね」
「ああ、そうそう。スマートフォンの設定は確認した?島の外……本州に行くならそれを使えばいいわよ。潜水艦が動いてくれるのは例外を除いて一日数回。頼めば二、三日……もっと早ければ当日中に乗れるわよ」
「それは不便ですね」
「ええ。でも慣れて頂戴。貴方は魔女……というよりウォーロックだから」
ウォーロック。男性の魔法使いの意味を持つ言葉。
その単語が出たときに陸島は本に向けていた視線を目の前の三田川に向けた。
「ウォーロックってそんなに珍しいですか?」
「そりゃあもう。何せここ数十年は出てなかったから。噂じゃ凄い魔術が使えるとかで……本当かどうかはわからないけどね」
苦笑いで話したその時、陸島の口は大きく歪む。
(へえ。まあなんだっていいさ。都合がいい)
何か潜んでいるその表情に三田川はその表情が何を望んでいるのか理解した。
「何かよからぬ事考えてる?復讐とか?」
「……なんでわかったんです?」
「これでも魔女として色々任務をやってたからね。人を見てきたのよ。本当に……たくさんの人間をね」
「そうですか」
音を立てて陸島はカップを皿に置く。
「もし本当に俺にとんでもない力が宿っているというのなら……都合がいいんですよ。潰したいヤツがいるんで」
「誰が殺されたのかは知らないけど……それは魔女に殺されたの?」
「恐らくは。ただそれが魔女であってもなくても俺はソイツを潰す。それだけです」
黒いコーヒーの海を見つめる陸島の脳裏に浮かぶのは、かの日の惨劇。
陸島鉄明がかけがえのないものを失った時の記憶が、陸島の意思とは関係なく静かに思い起こされる。
それは雨の降りだした夜、帰り道に起きた一つの出来事。
幼き陸島鉄明にとって、忘れえぬ記憶。
周囲には血にまみれた者たち。いずれも彼にとっては家族同然の者たち。
それらの内の一人に手を差し伸べる。
「ねえ……おきてよ。しんじゃやだよ」
幼き子供が骸の内の一つ触れて左右に揺らす。
しかしてそれが動くことはなく、流れゆく血が彼の両手に付着して、まるで『もう私は喋ることはない』と答えているようだった。
「……陸島君?ねえ?どうしたの?」
「え?ああいえ。何でもないです」
陸島が次に周囲を見渡すとそこは男子寮の光景が広がっていた。
彼の魂は忘れがたき血の匂いが広がる過去の世界に引っ張られていたのだ。
(またか。いつもこれだ……あいつらが呼んでる。自分たちを殺した敵を地獄に落とせってさ)
嫌な顔をしつつ、陸島はコーヒーを口にする。
熱さはとうに冷めていた。
(ああわかってる。時間をくれ。ごめんよ、長く待たせてさ)
「ならば最初に目標を立てましょうか」
「目標?」
「ええ。魔法とは何か。まずはそこから。目一杯学びなさい。まずは、一人前の魔術を目指してね。それが終わったらあなたの好きになさい」
「……はい。そうします」
「大丈夫よ。貴方なら犯人を見つけ出せるわ」
「探します。絶対に」
三田川は陸島の顔をよく見ていた。目に満ちた決意の表れを。その奥にある怒りを。
後に三田川潤子は最初に彼に出会った時の事についてこう語る。
――ええ。本当に見えました。見たんですよ私は。彼の、陸島鉄明の内にある憎悪が。心に深々と刺さるトゲ……というよりあれは楔ですね。彼を変えた要因にして彼の中心でしょうね。私としては忘れてほしいとは思います。でも彼にとってはけじめをつけないといけないモノであった。だから私は最初、この島で勉学に明け暮れているように言ったんです。もしかしたらその間に相手が捕まるかもしれないという考えがあったのですが……それは甘かったようです。まさかあのような魔術を振るうとは思ってませんでした
「さて……これでいいかな」
一時間後。
出されたコーヒーとモンブランを食べ終えた陸島は三田川に礼を言うとそのまま二階に上がって自分の部屋に入った。中には既にベッドや勉強机。さらにはテレビやエアコンなどが設置されており、学生にしては中々の待遇だと陸島は感じ取った。部屋の中心に置かれた段ボールの山には自分が住んでいた家からの荷物を送ってもらっており、ひとしきり着替えや筆記用具、カバンなどを取り出しては所定の位置に移していた。
「陸島君。今日は夜の八時までいるから手伝ってほしいことあったら言ってね。夕飯はどうするの?」
部屋に入り込んできた三田川が問いかける。それに対し陸島は少し考えると彼女に質問する。
「近くにスーパーあります?」
「あるけど……え?料理するの?」
「何か問題でも?」
きょとんとする三田川をよそに陸島はてきぱきと部屋の準備を進める。
「いえいえまさか。調理器具一式は用意してあるから。でも珍しいわね。島の女学生、基本食堂とかで食べてる人多いから」
「気にしないでいいですよ。料理くらいならできますから」
「料理くらいって……偉いわねえ」
「そうですかね?」
三田川からして料理をする男子高校生と言うのは珍しいものがあった。
加えて自分で自分のご飯を用意するという点に関しては自立をしているという感覚もあってそこに感銘を受けていた。
「ちなみに何を作るの?」
「今日は……引っ越しみたいなもんですから蕎麦でいいかと。料理というにはちょっと違う気がしますが、蕎麦が送ってもらった分あるので」
「引っ越し蕎麦ってこと?いいわね。なら揚げ物とかいる?もし作るなり買うとかなら、色々用意しなきゃいけないし」
「それいいですね。一区切りついたらスーパーまで案内してください」
「いいわよ。車出してあげる」
外に出ると、二人は車に乗って三田川の知るスーパーへと向かう。
スーパー『キチジョウ』は外観は年季の入った見た目をしていたが、内部はそうでもなくリフォームもあってそれほど古さを感じなかった。
目的の総菜を買い、寮に帰るために車に乗ろうとしたその合間の道を歩いていた時だった。
「ん?」
スーパーに隣接された駐車場に向かう途中で陸島の目は一人の人間を捉える。
そこにいたセーラー服の少女が後に陸島にとって大きな存在になるとは、彼自身知る由もなかった。




