27-6
「トパーズ・グラスだっけ?あそこの魔女、手ごわかったわね」
「……何?」
ため息を吐く魔女から吐かれたセリフに陸島は顔を上げた。
「ああ、死んではいないわよ。途中で逃げ出したから」
「逃げただと?」
陸島は思わぬ言葉に驚く。
陸島から見て布塚は過去に一度ミスがあったとはいえ、実力は認めていた。戦いの慣れもそれなりに持っていた人物でもある。
「ああ、逃げたのは私、今は上の方で部下に足止めさせてる」
「ややこしいわ」
「ふふ。ごめんね。途中でこの子が先走って地下に行ったもんで、私も慌てて今来たから――」
話の途中、魔女の後ろの天井が崩れた。
「げこーっ!」
そこより流山が呼び出した大蒲のフロウが勢いよく降り立つ。
だがすでにその体は傷だらけだった。上の階で組織の兵と戦ったのだろう。
「あら、このカエルあなたの?良いもの持ってるわね」
「違う。俺じゃない」
「そう。まあ丁度いいわ」
魔女は穴の開いた天井を見た。
「じゃあそろそろ私もお暇するわ。何せ暇じゃないからね」
「は?じゃあ何でここに来た!?」
「できるだけ、他のウォーロックが見たかったからよ。後この子の調整。それじゃ」
魔女はそういって自身の目の前にいたフロウの前で人差し指を軽く横に振った。
警戒するフロウの腹に大きな斬撃の跡が出来上がった。
「ゲコーッ!」
「何!?」
軽いひと振りが生んだのは雄々しき斬撃。
身構える間もなく繰り出されたその攻撃にフロウは崩れ落ち、煙とともに消えた。
「あらこれ、忍者の使いだったの?まあいいか」
魔女は包帯の者に視線を送る。
それを合図に包帯の者は立ち上がり、全身に力を込めた。
「ぐおおおおっ……!」
すると体中に線の群れが浮かぶ。
筋肉に沿って薄暗い闇を照らす光に陸島は目を見張る。
(なんだ……魔術か!?)
「それじゃあね。体には気を付けるのよ。陸島君。そうそう。そこのブツは好きにしていいわよ」
ウィンクをして魔女はその場から天井の上の階へ飛んだ。魔力を込めて足に力を纏わせて飛んだのだ。続いて包帯の者も飛んだ。荒々しく地面をその足で踏みつけて、その反動で飛んで見せたのだ。
「な……!」
陸島は信じられないものを見た。
「待て!まさかそいつウォーロックか!?」
「さあどうでしょう?じゃあねー」
上の階に飛んだ魔女はそのまま笑って陸島に手を振ってその場を後にした。続いて包帯の者もその場を離れた。
(なんだ?あいつ何者だ?何を目的に――)
その時、廊下の向こうから足音が響く。
陸島がその方を向く。
「あ!いたぞ!!」
「大丈夫でしたの?!」
鴉田と燦央院が駆け寄ってきた。
二人をよく見ればほとんど傷はなかった。
「へえ。お前らよくもまあ無傷でいたもんだな」
「そりゃあこっちには布塚さんが……じゃない。お前それどうした?!」
「え?ああこれか?」
陸島は額からかすかに血を流していた。
先ほどの包帯の者との戦いで傷ついたらしい。
「さっき妙なのに絡まれた。戦況は?」
「それでしたらもう平気ですよ」
そう言ったのはいつの間にか陸島の後ろにいた流山だった。
彼女は陸島の後ろにできた天井の穴から飛び降りてきていた。
「あれ?フロウは?」
「あのカエルなら死んだよ」
「それを言うなら死んだじゃなくて消えたです。時間があれば復活するから……って消えた!?あれから結構強化したのに!?」
「……妙な魔女に襲われた。短い髪で薄ら笑いの気持ち悪い女だ。それと顔に包帯巻いた男だ」
「え?!そっちにいたのか?!」
鴉田が驚く。
「そっちってどういうことだ?」
鴉田が未だ状況を呑み込めていない陸島に説明をする。
「えーっとだな。お前が消えた後、俺たちは二階から一階に降りたんだよ。そしたら妙な包帯男を連れた魔女がいてな。そいつと俺らでドンパチしてたんだよ。途中でその包帯男がいなくなって、魔女がそれを追ったんだよ。布塚さんはその魔女と戦って軽いけがしたけど無事だ。深追いしようにも俺らじゃ厳しそうでな」
「ああ、そういうことか」
「っていうかお前はどうなんだよ」
陸島はその場所を指さした。
鴉田がその場所を見ると、そこには血の海に沈む魔女が一人歪んだ表情で横たわっていた。
「うわ……」
「なにが『うわ』だ。とりあえずは潰した。で、状況は?」
口を押える鴉田を置いて、陸島は燦央院を見る。
「ひとまずは制圧完了です。私たちの勝ちですわね」
「そうか。布塚さんは?」
「正面で戦っていたグループと私たち学生の混成チームと合流して周囲の捜査ですわ。多分もう敵はいないと思いますが念のため」
燦央院は手に持っていたハルベルトをその場にそっと置き、ため息を吐いた。
「……ただ、あの魔女を取り逃がしたのは手痛いですがね。いえ、むしろ幸運というべきですか」
あの魔女。
先ほど陸島の前に現れ、そして布塚たちとも対峙した正体不明の女性。振舞からして組織の魔女だというのは確かだった。
「なんだあいつは?得体が知れないぞ」
「……ドレッサー・ドレッドが一人、紅崎桐音。二つ名はスケアー・ネイル」
「何?あいつがか!?」
陸島は大きな声を上げた。
ドレッサー・ドレッド。それは組織の魔女の中で魔女機関が恐れる魔女の中でもひと際強い者たち。大罪人でもある彼女たちのその実力は魔女機関に属する上級の魔女でも苦戦するという。
陸島は組織の連中が、特にその魔女たちのいずれかが五年前の事件に関わっているのではないかと考えており、その魔女たちに強い関心を示している。
「ええ。貴方に以前、渡した資料の中にその名前があったはずですわ。」
「そういえば写真の……」
陸島は資料に添付されていた写真を思い出す。
「ええ。現状写真が撮れているのはアイツだけですわね。他の魔女に関しては現在は詳細な情報はありませんが……いずれはわかるでしょう」
「まさかいきなり出くわすとはな」
来訪者の正体を知り、陸島の額から汗が流れる。
(……アイツを捕まえたら何かを知ってるかもしれんな。次は倒す。それにしてもアイツの隣にいたあの包帯野郎は何だ?)
陸島は先ほどの紅崎とのやり取りの中にいた包帯の者を思い出す。
(魔力……だよな?あれ。でもウォーロックというには、魔術師というには何か違う。普通じゃない。あれはなんだ?奴ら、何を企んでやがる?)
思案している最中、陸島はそのドアを方を自然に向いていた。
その振り向く合間に流山がおよよと泣いていたが気にしなかった。
(そういえばこのドア……霊安室か?)
陸島はそのドアの前に立つ。
ドアノブに手を触れたが特に何か鍵がかかっているわけではなかった?
「お?なにここ?」
いつの間にか、鴉田が陸島の近くにいた。
彼はドアの上についていた霊安室というドアのプレートを見て顔を青ざめさせていたが、その恐怖を振り払って陸島を再度見た。
「大丈夫か?呪われる準備は?」
「あほか」
――そこのブツは好きにしていいわよ
先ほど紅崎が最後に行っていたことを思い返しながら、陸島はそのドアを開いた。
「ここは……?」
陸島はドアの向こうに足を踏み入れる。
霊安室というだけあって室内は冬の寒さとは違う寒さが周囲に広がっていた。静かな空間に響く不気味なモーター音の暗い室内でさらに特徴的だったのがそこに充満する匂い。それが鼻に入ったとき、陸島は思わず顔をしかめた。
(なんだ?アンモニア……?)
暗い部屋の中にある壁際を探る。
すると続いて部屋に入った鴉田が陸島に気づいて同じ場所を見る。
「探してるのはこれか」
鴉田は先に壁際に設置された部屋の明かりのボタンを見つけ、手を伸ばす。
かちりと音がして周囲を蛍光灯が照らした。
「な……!?」
目の前の光景に陸島は思わず口が開いた。
「……嘘だろ。なんだよこれ」




