4-1 リンゼル=スイーテニア
翌日の昼休み。
俺たちは、弁当を持って中庭を訪れた。
広大な中庭には、芝生が敷き詰められ、専属の庭師によって手入れされた花壇には、季節の花々が美しく咲いている。
端のほうで、玉遊びを楽しむ男子生徒たち。
中央に建てられたガゼボで、お茶を楽しむ女子生徒たち。
そんな空間の中、俺たちは、芝生の上に座り込んだ。クレアが座る場所には、俺のハンカチが敷いてある。
「今日はゆっくり過ごせそうだな」
「ええ、そうね」
クレアが笑うと、その腹が可愛らしく鳴いた。
顔を赤くしながら、クレアが睨んでくる。
「……聞こえた?」
「残念ながら、ばっちりと」
くすっと笑うと、クレアは俺の肩を軽く叩いた。
「早いところ食べようか。君のお腹がまた鳴かないうちにね」
「よ、余計なこと言わないで」
「おっと、失礼」
クレアは、赤くなった顔をふいっと逸らす。
その仕草があまりにも可愛らしくて、俺の口角は、さっきから上がりっぱなしだった。
「ねぇ、ブラン」
「ん? どうかした?」
クレアは、弁当に入っていた料理を指さす。
「この卵料理はなに? オムレツとも違うみたいだけど」
「ああ、それは卵焼きって言うんだ」
現代日本において、弁当のおかずの定番。この世界の料理は、現代に近いため、卵焼きも存在はしているが、貴族の食卓には並ばない料理だった。
「味つけした溶き卵を、少しずつ焼きながら巻いていくんだ」
「へぇ、面白い作り方ね」
「口に合うといいんだけど……」
クレアが、卵焼きを口に運ぶ。
すると、彼女の目が分かりやすく輝き始めた。
「美味しい……!」
「よかった、気に入ってくれて」
ぱくぱくと卵焼きを平らげていくクレアの姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
クレアに料理をふるまう中で、俺は彼女の好みを完璧に掴んでいた。この卵焼きだって、彼女に合わせた味つけになっている。ただ、実際に喜んでもらえるまでは、どうしたって緊張してしまうものだ。
「こんなに美味しいもの、どうして今まで知らなかったのかしら……」
「あまり貴族の食卓には、並ばないものだからね」
「そうなの? もったいないわ。毎日でも食べたいくらいなのに」
「そしたら、お弁当には必ず入れるようにしようか」
「いいの? ふふ、楽しみが増えたわ」
クレアは朗らかに笑って、卵焼きを次々と口に運んだ。
俺の想像していた以上に、クレアは卵料理が好きらしい。今度、オムライスも作ってあげようかな。あれも、貴族の食卓には並ばないし。
談笑しながら食事を続けていると、突然、校内放送が鳴り響いた。
『ブラン=ベルモンド、それから、クレア=ベルモンドの両名は、生徒会室へ来るように』
放送が終わると、周囲の視線が俺たちに集まる。
俺は小さくため息をついて、空になった弁当箱を閉じた。
「食べ終わったあとでよかった」
「ええ、そうね」
微笑むクレアだったが、その表情はどこかぎこちない。そうなる理由には、察しがつく。
生徒会室には、生徒会長を務める我らが次期国王――――リンゼル=スイーテニアがいるからだ。
周囲の視線を感じながら、俺たちは生徒会室へ向かう。
生徒会室の前で、二人の男子生徒が扉を守るように立っていた。
「ベルモンド夫妻だな」
深い緑髪の男――――ラング=シュゼットは、俺たちに鋭い眼光を向ける。
王子の盾とまで呼ばれる彼は、騎士団長の息子であり、いずれはリンゼルの近衛騎士になる男だった。性格は、真面目で融通が利かず、曲がったことを決して許さない。
そして『アンチェイン』の世界においては、攻略キャラのひとりである。
「話は聞いてるよ。どうぞ中へ」
ラングの隣にいた赤髪の男が、読んでいた本を閉じる。
柔和な雰囲気だが、切れ長の目はどこか冷たく、俺たちをじっと見つめている。
彼の名は、ゼスト=カーヴェルン。
リンゼルの幼馴染であり、王子の右腕と称される男である。
横を通り抜けようとしたとき、ゼストがクレアに向かって微笑む。
「……やあ、クレア。久しぶりだね」
「ええ、久しぶりね……ゼスト」
ゼストの控えめな挨拶に、クレアも控えめに返す。
この二人に接点があっただろうか? 疑問に思っていると、クレアがそっと耳打ちしてきた。
「公爵家同士で、小さい頃から交流があったの。領も近かったし」
「なるほど」
ゲーム内では語られなかった設定に、少し興奮する。
ゼストは、ゲームにおいて主人公を助ける立場にあった。
リンゼルと会う際に取り次いでくれたり、彼の好みを教えてくれたり。そうして、あまりにも優しく接してくれるものだから、むしろゼストを攻略したいと願うファンがいるくらいだった。
スマホ版の『アンチェイン』がリリースされる際に、ルートが追加されるなんて噂もあったが、今の俺に、その噂を確かめる術はない。
そうして俺たちは、生徒会室に足を踏み入れた。
窓際に置かれた机に、生徒会長であるリンゼル=スイーテニアがいた。
――――間近で見ると、本当にいい男だなぁ……。
リンゼルを、実際に目の前にするのはこれが初めてだった。学年も身分も違うため、接する機会がなかったのである。
リンゼルの隣には、アリス=エルバンスの姿もあった。
彼女は、どこか緊張した面持ちで、俺たちを見つめている。
二人は、俺たちを歓迎するように、軽く会釈した。
「よく来てくれた。さあ、座ってくれ」
踏み心地のいい赤い絨毯に、目を惹く調度品たち。
本棚の上には、歴代の生徒会長の肖像画が並んでいる。その一番右端に、リンゼルの顔もあった。
会長の机の前には、ローテーブルを挟む形で置かれたソファーがある。
俺とクレアは、そこに腰掛けた。
「復学早々、呼び出してすまない。どうしても、人前ではできない話があってな」
リンゼルとアリスが、対面に座る。
ゼストとラングは、それを少し離れたところから見ていた。
「……早速、本題に入ろう。話というのは、クレアがアリスに行った、嫌がらせについてだ」
クレアが、小さく肩を震わせる。しかし、その表情は至って冷静だった。宣告を待つかのごとく、リンゼルとアリスを真っ直ぐに見つめている。
「あれから、私とリンゼル様で、クレア様のことを色々調べさせてもらいました。そして、あの嫌がらせが、クレア様の仕業ではないと気づきました」
予想外の言葉に、クレアが目を見開く。
「な、何故……わざわざ私のことを?」
「君の態度に、違和感があったんだ」
そうして、リンゼルは語り出す。
リンゼルが違和感を覚えたのは、婚約破棄を言い渡したときだった。
あのときの彼女は、まるで何が起きているのか分からないといった様子だった。
とぼけるわけでもなく、ただ茫然と、リンゼルを見て、周りを見て、「ああ」と納得するように声を漏らす。
彼女の目には、悪意がなかった。そこにあるのは、静かな絶望だけだった。リンゼルからすれば、それは異常だった。
何故なら、彼の愛しのアリスは、突然水をかけられたり、世話していた花壇を荒らされたり、実は娼婦だという、事実無根の噂を流されたり、階段から突き落とされたりと、悪意がなければできないような仕打ちをされ続けていたのだから。
続けて、アリスも語り出す。
リンゼルが抱いた違和感は、アリスも同様に思っていた。よく考えれば、クレアから直接嫌がらせを受けたことはなかった。直接手を上げられたときは、いつもミルカとシロンだけがそこにいた。
彼女たちが、常にクレアの名前を出すものだから、首謀者であると思い込んでいたのだ。それに、リンゼルと仲良くしている自分には、クレアに攻撃される理由があったから。
「君に悪意がなかった理由が、ようやく分かった。君は、何も知らなかったんだな。それなのに、私は君のことを知ろうともせず、犯人だと決めつけ、手荒に扱ってしまった」
「私も……勝手な思い込みで、クレア様を深く傷つけてしまいました。申し訳ございません」
リンゼルとアリスが、クレアに向かって深々と頭を下げる。




