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 立ち上がった龍彦は、そのまま真っ直ぐ満乃に向かって頭を下げた。


「あんたと神無月副長官との出鱈目(でたらめ)な噂を真に受けた。俺が未熟だったのが原因だ。そのせいで……あんたを泣かせちまった」

「龍彦さん……」

「でももう、あんたを泣かせたりしない」


 顔を上げると、大きく目を見開きこちらを見据える満乃と視線が交わる。


「あんたがもう二度と理不尽に涙を流さないよう、これからは俺があんたを護る」

「……!」

「あんたには……笑った顔が一等似合うからな」


 伝えたいことをどうにか伝え終えた瞬間、厨房の裏からひゃあっと歓喜に近い声が聞こえた。

 どうやら花や他の女給が待機していたらしい。


 どういう声だと怪訝に思っていると、対峙していた満乃がそっと口を開いた。


「結構です!」

「は?」

「ですから! 龍彦さんに護っていただかなくて、結構です!」


 思いも寄らない返答に、龍彦は呆気にとられる。


「私を護るなんてそんなことどうでもいいんです! 私はただ、龍彦さんとこうして、お話しすることさえできれば……それでいいんです」

「……!」

「だからその、これからはもう、急にいなくならないでくださ……っ」

「満乃」


 苦しそうに言葉を紡いでいた満乃の瞳が、はっと見開かれる。


 思えば、その名を口にしたのはこれが初めてだった。


「わかった。約束する」

「……本当ですか?」

「俺もあんたに会いたいから」

「っ、ほんと、ですか……?」

「……ああ」


 頬を赤く染めてこちらを見つめる満乃に、胸が妙な苦しさを覚える。

 しかし、それは決して不快なものではなく、もっともっとと急き立てるような衝動に近い。


 もっと、満乃のいろいろな表情を見ていたい。

 その声を聞いていたい。

 自分のことを見つめていてほしい。


 彼女のその、曇りのない真っ直ぐな瞳で。


「俺は、あんたに惚れたみたいだ」


 二人きりの食堂内に、龍彦の言葉がはっきりと響いた。


「……へ?」

「だから、これからは迷惑がられたとしてもここに来る。それであんたも安心だろう」

「え、あの、え? 今、なんて……」

「? だから、迷惑がられたとしても」

「その前です!」

「……あんたに惚れた。か?」

「──ッ!!」


 瞬間、ぼんと湯気が立ったように満乃は顔を真っ赤に染める。

 そして振り下ろされた盆が、龍彦の頭に直撃した。


「……っっ、痛ってえな!?」

「当たり前です! 急に! そんな! 何を言っているんですか……!?」

「あんたがもう一度言えと言ったんだろうが!」

「そういう意味じゃありません! もう……もうっ!」


 ぷりぷりと怒りながら満乃は厨房へ戻っていく。

 その顔はいまだに赤く、まるで以前定食で出されたトマトのようだ。


 盆で叩かれた頭をさすりながら、龍彦は「あ」と短い声を漏らした。


「おい満乃。今日は前に約束したあの」

「コロッケ定食ですね! わかっています! 今作りますよ!」

「……おお」


 被せ気味に返ってきた答えに、龍彦は小さく仰け反る。


「あー。それから」

「まだなにかっ?」

「そのリボン……付けてくれているんだな。よく似合ってる」

「……付けますよ。付けるに、決まっているじゃありませんか」


 龍彦の言葉に、満乃の勢いがたちまちしぼんでいく。

 盆で口元を隠してはいるものの、垣間見える満乃の頬はやはりほんのり赤い。


 一本に括られた長い髪の根元には、鮮やかな赤と紫の花模様が浮かぶリボンが結ばれていた。

 以前、龍彦が満乃に贈ったものだ。


 そそくさと厨房に戻っていく満乃を、龍彦は静かに見送る。

 厨房から時折漏れ聞こえる弾むような会話と調理の音は、龍彦の心を穏やかにしていく。


 新たな赴任地で出逢うことになった、人生初の料理と特別な感情。


 差し出された二度目のコロッケ定食は、以前に増してほかほかと温かな甘みが加わったように思われた。


 おわり

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