外伝 台湾防衛戦 03節
「敵艦隊捉えました。」
艦橋において、オペレーターが指揮官たる馬将軍にそう伝える。距離はまだあるが、陸上基地から展開している索敵機からの情報である。
「敵の展開状況を知らせい。」
「こちらの索敵機には気づいたようですが、依然としてサイクロプス隊を展開する様子はありません。対空砲のみ展開中の様子。」
「…………対空砲だけでどうにかできると思っているのか?」
馬将軍の指摘はもっともである。海上航行する程度の速度の艦隊では、対空砲は補助装備としては十分だが、それで戦闘機隊の攻撃を防ぎきれるかというと疑問である。
「馬将軍、敵に何らかの新兵器がある可能性は否定できないが、ともあれ戦闘機隊を展開し、敵への魚雷攻撃を慣行したらよかろう。」
そう告げるのは総督の朱籍である。比較的安全な艦隊旗艦に座乗してはいるが、国家の代表である彼が参戦するというのもまた意味がある。それだけ本気であり、激怒しているという事を示すためだ。また、不利な兵数で出撃した中で、圧倒的な自信があることを示すためでもある。
「左様で。陸上基地に戦闘機隊30機の発進要請。18分で敵と接触、魚雷攻撃を実施せよ。索敵機による潜水艦の発見ができれば最優先に、次点で敵護衛艦を優先して叩け。」
馬将軍は、ここで流石に空母を狙う指示は出さない。偵察機はともかく戦闘機隊が近づけば、さすがにサイクロプスを出撃させるであろうし、サイクロプスが出撃した後の空母を狙ったところでただの輸送船を沈めるのと同じようなものだ。どのみち反復攻撃を行うのであるから、まずは対空攻撃力がある護衛艦を狙うことが優先である。
「台湾軍および幕府軍は、サイクロプス隊の出撃準備。敵が上がるまでこちらも待機だ。」
先行して出撃させた方が一般には有利に働くが、これには意味がある。敵の動きが遅い以上、敵の出撃を誘う動きを抑えるためだ。戦闘機隊の到着まで、朝鮮軍のサイクロプスが上空に上がらない方が都合がいいためである。いくら相手が間抜けであっても、台湾軍が先に上がれば、相手もまた上がってくるだろう。保証はないが、それでも敵の防空体制に少しでも穴ができる可能性に賭けたのである。
「戦闘機隊到着まであと10分。」
短いようで長い時間である。細心の注意をもって敵の出方を伺うというのは、それなりに大変なものだ。
「戦闘機隊到着まであと7分。敵に動き有り。サイクロプス隊出撃のようです。」
オペレーターが索敵機からの情報を馬将軍に報告する。
「十分時間を稼げたな。友軍も出撃開始だ。戦闘機隊到着まで艦隊の直掩を。」
現在のサイクロプス発艦は、総て出撃するにしても7分あれば全機可能なほどスムーズではある。カタパルトを使用せずとも、甲板上から自機の推進器で発艦するだけで良いためである。だが、出撃したところで部隊の陣形を整え、迎撃に向かうためにはそれなりの時間が必要だ。7分では十分とは言えないだろう。
「サイクロプス隊は戦闘機隊到着時、陣を整えぬままで良い。敵の注意を引くために突撃開始せよ。戦闘機隊の支援とする。また、順次編成を完了させ、戦闘機隊の雷撃完了に合わせていったん退け。詳細は各小隊長に任せる。」
雑な指揮に思えるが、しかしここは雑でもいい。牽制は拙速を尊ぶものだからだ。
「戦闘機隊到着します!」
「よし、掛かれ!」
号令の下、台湾軍の先鋒サイクロプス部隊が、朝鮮軍に突撃を開始する。台湾軍の戦闘機隊は、朝鮮軍の艦隊にとっては脅威ではあるが、朝鮮軍のサイクロプス隊からすれば台湾軍のサイクロプス隊の方が目先の脅威である。合理的に考えればそれでも戦闘機隊を狙うべきであろうが、人間というものは個人を優先しがちなものだ。航空攻撃への牽制もそこそこに、朝鮮軍はサイクロプス戦の準備を整えるのである。だからこそ本来は、少数でも迎撃戦闘機を用意する必要があるのだ。
「魚雷着弾!水柱複数立ちました!敵潜水艦は全滅の様子!また、護衛艦複数に着弾!」
その光景に朝鮮軍サイクロプス隊に動揺が走るように見えるが、だがもう遅い。
「魚雷を撃ち尽くした後、戦闘機隊は後退せよ。いったん基地に戻り魚雷を再装填し再出撃を。我らはサイクロプス戦に移る。先鋒隊は後退しつつ編成を整え、後衛隊は各隊進め!」
戦闘機は現代において軽視されやすい兵器となっているが、移動速度とミサイルキャリアとしての有効性はなお健在である。とはいえ、汎用性に欠けることや、運用にはその分だけ多くの人員を必要とすることから、過去の戦争程使われているわけではない。ただ、それをゼロにしてしまえば、このように惨めな状況に陥っても仕方はないのである。最新の人型兵器がどれほど優秀であろうと、それだけに頼って戦争などできるものではないのだ。
「台湾軍は流石ですね。幕府軍も出撃します。前衛隊はツバメ中尉に任せますが、後衛隊は私が直接指揮を執ります。」
ヤオネ大尉が指揮下の将官にそう伝える。
「承知しました。」
「では、女神隊発進します!」
ヤオネ大尉の号令に合わせて、幕府軍の女神隊機10機が出撃する。編成されるコスモ・ガディス、コスモ・ガディスⅡ、量産機であるニンフなど、いずれも女性的な曲線で線の細いフォルムをした美しい機体ではあるが、総て女神隊専用機として設計生産されており、高い機動性と圧倒的な装甲強度を誇る特注機である。このため、生存性が高く、先の釧路沖海戦や石狩会戦でも損傷したものの戦死に到ったパイロットは少なく、機体自体も修繕して大部分が戦線に復帰している。足りない機体は地球方面軍宇宙軍付属の女神隊に配されていた機体を地球に降ろしていた。敵を刺激しないように地球上での戦力数を抑えつつ、しかし質は追及する、というスタイルである。
「ヤオネ大尉、敵サイクロプス隊接近。正面左約20機です。」
「様子を見ます。前衛のツバメ隊は大盾とサブマシンガンや長巻装備ですから、無理せず敵を牽制。後衛はロングライフル装備ですから、敵を狙い撃てるか確認します。」
先ずは、台湾軍先鋒部隊が再編成し、立て直すまでの時間稼ぎが優先である。前線に向かいながら牽制射撃を行い、敵の練度や癖を探る程度の交戦である。いきなり仕掛けてもいいが、その場合は流石に敵も備えているため、相当な損害を覚悟する必要がある。
「ヤオネ大尉、敵もなかなかやるようです。」
軽い撃ち合いの中、ツバメ中尉がヤオネ大尉にそう告げる。朝鮮軍はサイクロプスを中心に編成しただけはあって、かなり訓練された動きをとっている。
「車懸りのつもりでしょうか?」
ツバメ中尉の前衛部隊からの映像を映すモニターでの敵の動きは、10機から20機の部隊が、円を描き距離をとりつつ順番に砲撃を続ける、精密な戦術機動である。一斉射撃に比べれば瞬間火力は落ちるものの、入れ替わり立ち替わり砲撃が続くことから、気を抜けないという意味で厄介な攻撃であった。
「崩します。」
「崩す?」
ヤオネ大尉の言葉にツバメ中尉は疑問を呈する。散開し砲撃戦となりつつある状況ではあるが、押されているとまでは言えない状況である。戦術機動としてはいくらか翻弄されていても、台湾軍とて練度は高く、互いに引かぬ交戦を続けているのである。この状態から崩すというのはなかなかの事だ。
「一気に行きます。ツバメ中尉は私と交代し後衛の指揮を。前衛隊が敵隊に飛び込み、抑えつけて敵の動きを拘束するので後衛隊で敵を狙撃しなさい。撃墜まではしなくてもいいので、海に叩き落す感じでいきます。」
「了解!」
女神隊の機体の武装は量産機用の砲戦装備が中心であり、固定武装は腕部内臓のナイフやビームガンなど、決定打となりえるほどのものはない。だが、機体のエネルギーリソースを機動力に振っているだけあって、その加速力は量産機を遥かに超えるものであった。
「盾かまえ…………、突撃!」
ヤオネ大尉の指示の下、5機の女神が圧倒的な速度で敵陣に飛び込む。狙い撃たれない程度の回避しかせずに、ほぼ一直線に朝鮮軍にぶつかっていく。誇張抜きに、盾を正面に構えて、敵に押し付ける、あるいはシールドチャージとでもいうような動きである。
「複雑な戦術機動は、崩されればそれまでです。」
ヤオネ大尉が言うように、朝鮮軍はその突撃を受けて円運動が完全に止まる。慌ててばらばらに散開を始めるが後の祭りだ。女神隊の前衛陣に拘束された機体は、後衛陣に狙撃され損傷し、前衛陣の長巻などでブースターの一部を破壊され、数機が海面に墜落していく。戦術機動に集中していたがための墜落であり、致命傷を受けたわけではないため他のブースターのバランスを再調整すれば再浮上できるが、戦場ではそれだけで命取りである。墜落した機体は台湾軍の後衛を務めるサイクロプス隊が、精密な援護射撃でこれを撃破していくのである。
「ヤオネ大尉、敵部隊いったん退いた後、まとまって突っ込んできますが?」
女神隊の動きに慌てて、朝鮮軍がサイクロプスを30機程度をまとめて、彼女達を叩き潰すためにぶつける。高々10機の相手に対して贅沢な運用だ。
「左に3度、500m移動の後、接敵。両翼開きます。前衛隊は私に続き左へ、後衛隊はツバメ中尉に続き右へ開きなさい。相互距離400m強。後衛隊は敵への牽制射撃を怠らないように。牽制射撃は敵機上方を狙い上昇を抑えてください。」
「了解!」
前衛部隊を指揮しつつ、ヤオネ大尉の手勢が朝鮮軍を翻弄し目的地まで誘導する。ヤオネ大尉のパイロット技量はエース級ではあるが、トップクラスでは無い上に守勢的な動きが多いことから、一般に強そうには見えない。それ故に敵は優位と勘違いし、数の有利を背景に追い立て始めるため、こういった敵を釣込む指揮には適性がある方だ。もっとも、それ以上に敵を待ち受ける方が得意なわけではあるが。
「釣込みました。ツバメ中尉、開きます!」
号令一下、一斉に散開した女神隊の動きに些か混乱する朝鮮軍に対し、ツバメ中尉指揮下の後衛部隊を中心とした狙撃の弾丸が降り注ぐ。同時にヤオネ大尉の前衛部隊のサブマシンガンもである。流石の技量でそう簡単に撃墜される朝鮮軍ではなく、射線を下に抜けて回避行動をとろうとするが……
「華をもたせてくれなくとも構わんぞ。各艦、正面主砲放てぃ!」
馬元帥の指揮する旗艦及びその護衛艦隊からの主砲が放たれ、20機近くの朝鮮軍サイクロプス部隊を海の藻屑に変えていく。
「敵、散開します!」
「前衛は後衛をマンツーマンで防御。後衛は敵が逃げるに任せて狙撃しなさい。」
逃げながら反撃したところで、そうそう命中するものではないが、一方で逃げる敵をその場から狙撃する側は、その命中精度が段違いに上がる。威力が高くないため致命傷を与えることはなかなか難しいが、女神機でも数機の撃墜は成功する。
「崩れ始めたか。流石は幕府軍だな。よし、台湾軍は敵を追い立てる。15分ほど奮戦せよ!幕府軍は必要に応じて弾薬の再装填を。」
本陣の馬元帥が命令を下す。15分後には再度航空機隊が到着する予定だ。それまでに制空権を確保することが狙いである。
落ち葉見の 紅葉は疾くと 競り墜ちて 唐紅に くくる命か
「航空機隊到着します!」
「敵主力艦隊左舷に対し、魚雷の一斉投射を!撃滅せよ!」
馬将軍の命令の下、台湾軍の航空機隊が朝鮮軍の防空線を軽く突破し雷撃を敢行していく。艦載の対空機銃やサイクロプス隊のサブマシンガンで応戦はされるが、厚いアンチレーダー膜の前においては、そうそう撃墜できるようなものではない。そもそも対空機銃程度では、魚雷に対して射程が不十分である。対空戦力であるサイクロプス隊が押し込められてしまえば、もはや一方的な攻撃を受けるしかない。朝鮮軍は空母も護衛艦もそうだが、一時的に帰艦していたサイクロプスまでまとめて海の藻屑と変わっていく。
「もはや勝敗は決したな。幕府の方々は旗艦護衛を。敵の追撃は我々台湾軍に譲っていただこう。」
「承知しました。」
既に幕府軍は十分な活躍を示している。これ以上武功を求めるのは、元々単独で撃退できると豪語していた台湾軍に対して失礼にも当たるだろう。ヤオネ大尉はそう見て部隊を旗艦護衛に回す。もっとも、護衛と言っても台湾軍の親衛隊もまた十分な練度をもって護衛に当たっており、もはやすることは観戦だけである。
朱色に染まる夕焼けの空に
紫炎に染まり行く大海原
野を駆ける悍馬、狩人乗りて
逃げ惑う敵人を悉く射る
山野はただ阿鼻叫喚に包まれ
地獄絵図は朱き血潮に描かれる
泡沫の波間を屍で埋め尽くし
弓矢尽きてその駒を止め
その朝焼け海の金色に染まるまで
「全敵艦、撃沈。作戦終了します。」
旭日の差し込む旗艦艦橋に、オペレーターの声が響く。その直後に操舵手や索敵手の声が沸き、緊迫した空気は溶けるのだ。
「諸君、良くやった。」
艦橋に詰めていた朱籍が部下達に声をかける。
「朱総督、全軍にもお声を。」
横合いに控える馬元帥がそう伝える。全軍への正式通達については、司令官たる馬が伝えても良いが、今回の作戦には国主である朱籍が自ら参戦している。このため、彼に華をもたせるためにも、また兵達の士気向上のためにも、尊敬されている国主の朱総督に頼むのである。
「全兵士に告げる。朝鮮軍は総て撃破し、我々台湾軍の完勝である。諸君の奮戦に感謝を。また、本作戦で失った、護衛艦船員、サイクロプスパイロット達に敬意を。加え、日本協和国の援軍の方々及び、その司令たる王族のイシガヤ大尉に謝辞を述べたい。この戦いは現在の世界情勢からみれば、必ずしも大きな戦ではないが、この北東アジア圏においては意味のある戦いである。この台湾国の勇猛を天下に高らかと示し、我らの安寧に寄与する事であろう。」
台湾軍の損害は、護衛艦2隻撃沈、サイクロプス21機大破のみである。台湾軍の総戦力からすると決して少なくない被害ではあるが、数に勝る朝鮮軍艦隊とそのサイクロプスを一隻も余さず全滅させたことは、決定的とも言える快挙である。如何に朝鮮軍艦隊に優れた指揮官がいなかったと考えても、この戦力比では敵の撤退時点で追撃をし、そしてそれを総て撃破するなど簡単に成し遂げられることではない。
「諸君、戻れば祝勝会だ。今はまだ油断なく、台湾に戻るぞ!」
朱籍の言葉に艦隊が沸く。圧倒的な勝利の下に飲む美酒はうまいに違いない。
「ヤオネ大尉もどうかね?」
朱籍がそう誘うが…………
「ヤオネ大尉、どうやらコニシ大尉より通信が来ているようだ。貴軍のセレーナ少佐より直ちに帰還するようにとのことだが…………」
それを止めるのは馬元帥である。先ほど台湾政府とも通信をしていたようで、些か浮かない顔をしている。
「帰還指示であれば仕方ありません。戦勝をお慶び申し上げますと同時に、凱旋に参加出来ない無礼、お詫び申し上げます。」
「残念だが、構わん。ヤオネ大尉の部隊はよく働いてくれた。感謝する。礼はまた改めて天皇陛下にも申し上げよう。」
「恐縮です。では、これにて失礼致します。」
兵は拙速を尊ぶ。特にセレーナ少佐からの召喚とあっては、よほど重要なことに違いがないからだ。ヤオネ大尉達が離艦する際に、台湾軍艦隊が臨戦態勢であったことは油断無く頼もしいところであったが、些か気になる点ではあった。
「えぇぇ…………」
伊達幕府軍艦隊旗艦、大型戦闘空母双海の司令室にて、厳重な警戒の下行われた通信の中、ヤオネ大尉はそう声を漏らす。当然ながら相手は地球方面軍司令代行のセレーナ・スターライト少佐である。
「事実ですわ。すぐにイシガヤ家からも連絡が行くでしょう。」
「いえ、しかしイーグル前執権が謀反というのは、ちょっと…………」
つまり、彼女達の本拠木星の危機であり、同時に木星に向かった彼女の婚約者であるイシガヤ少佐や、本軍の危機でもある。
「ヤオネ大尉は誰につくのですか?」
だが、そのような混乱や迷いは許さず、セレーナ少佐はすぐにそう詰問する。彼女の瞳に睨まれては、ヤオネ大尉は流石に射すくめられてしまうものだ。そしてこの質問には大きな意味がある。つまり、王族として出自のオニワ家につくか、婚約先のイシガヤ家につくか、或いは軍につくか、女神隊につくか、逃げるか。あるいはセレーナ少佐につくという選択もあるだろう。ヤオネ大尉の立ち位置は、本人の望む望まないに関係なく、その出自と役職から重要なポジションにある。
「私は、女神隊士ですから、国会に従い、女神隊を率いるつもりです。軍がどう出るかはわかりませんが、仮にそれと対立することとなっても。」
彼女の答えるそれが、女神隊の原則事項である。幕府軍とは正式には命令系統が異なり、国会直属の部隊としても機能するのが女神隊であり、軍の暴走時にはこれを抑える役割などもある。
「よろしいですわ。…………それでは、艦隊をまとめて小笠原沖にしばらく待機してください。想定は1~2か月といったところでしょうか。仙台には戻らなくても補給は続きますね?」
「補給の方は大丈夫です。」
「ヤオネ大尉の率いる女神隊機10機であれば、そちらの艦隊で多少の反乱分子が出たところで制圧できますから、よろしく頼みますわね。ヤオネさんが丁度良く艦隊指揮官で、ほぼ全軍を率いていらっしゃって助かりましたわ。」
「私は、残念です……」
ヤオネ大尉からすれば、その身に過ぎた役割を任されることが確定してしまったのである。この任務は政治バランスを考えると非常に重要な役割である。小笠原沖であれば、日本の本土からは離れているため何かあっても迎撃態勢を取りやすく、同様に友好国の台湾からも離れているため、刺激せずに済む。本人は望んでいないにしても、彼女は王族の関係者であり貴族でもあり、何かにつけて役割を求められるだろう。
「ままなりませんね…………」
「…………そうですわね。まぁ、指示するまでは、しばらくバカンスだと思って過ごしてくださいな。表向きの政治工作はこちらでやりますわ。」
セレーナ少佐はそう笑って通信を切る。
「はぁ…………」
彼女は頬杖をつきつつため息を漏らすが、人は与えられた役割から逃げられず、そして、こういったいらない役割は、どんどんと飛び込んでくるものなのであった。
星海新聞
台湾国快勝も、幕府地球方面軍は小笠原沖に係留中
宇宙世紀0279年10月12日。先に台湾国と朝鮮国との間で行われた艦隊戦において、女神隊師団長の石谷(神崎)図書助夜緒音大尉率いる伊達幕府軍は、台湾軍の援軍として活躍し、勝利に寄与したとされる。しかしながらイーグル前執権謀反に伴い、その軍事力を危惧されないため、現在小笠原沖にて艦隊を係留していると伝えられる。現在は、謀反に与するような人員がいないかなどの身辺確認を行うと同時に、多くの将兵が改めて国家への忠誠を誓うなど、些か混乱の様相との事。準王族でもあるヤオネ様の求心力に期待されるが、上官であるセレーナ・スターライト少佐からは、軍事的にも政治的にも一切心配はいらないとの見解が伝えられた。