外伝 台湾防衛戦 02節
霜満軍営秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷憶遠征
九月十三夜 上杉謙信
宇宙世紀0279年10月8日
この日の夜、伊達幕府軍を率いるヤオネ大尉は、女神隊サイクロプス部隊10機を率いて、台北に構える台湾軍本陣に着陣した。奇しくも旧暦9月13日頃であり、揚陸した宜蘭から中央山脈を越えてきた彼女達を迎えるのは、この秋一番の冷え込みである。この日は、北海道での敗戦に伴い木星本拠に向かっている幕府軍本隊においても、何か重大な問題が発生したようで、セレーナ少佐やヘルメス少佐、クラウン中佐などの軍団長クラスは多忙を極めまともな連絡がつかない状況にあり、セレーナ少佐からヤオネ大尉には、軍事及び政治外交も併せて、総て任せる、との命令が伝えられていた。ヤオネ大尉は、常設師団長格を有する上に王族イシガヤ家の名代という政治的立場もあり、丁度良い役割だったともいえよう。いずれにしても、彼女はそうした大きな権限を持った中で、台湾軍本陣に到着したのであった。
「久しいな、ヤオネ・イシガヤ大尉。台湾総督の朱である。」
司令室に詰めるのは、台湾総督の朱籍である。その側には軍司令たる馬史慈将軍が控える。
「お久しぶりです。この度はよろしくお願い致します。」
現在の北東アジアにおいて、この朱籍率いる台湾国は有力国の一つとして知らせている。日本とは同盟関係にあり経済協力が推進され、国内は安定統治されており、軍事力も人口比に対しては強力で統制が取れている。その台湾国に対して朝鮮国が攻めてくるというのは、些か疑問のある状況であった。
「取り急ぎの軍議になるが、朝鮮軍はすでに朝鮮半島を進発し済州沖100㎞付近を航海中のようだ。こちらで把握している戦力は、空母3、各種護衛艦12、潜水艦4、サイクロプス150機、戦闘機ゼロだ。」
「えぇ……」
朱総督から話を継いで、状況説明を簡潔に行った馬将軍の発言を聞き、ヤオネ大尉は些かあきれ気味の気の抜けた返事をする。
「……馬将軍、失礼ながら、流石にそれは間違いではないのですか?」
「貴官もそう思うだろう?だが事実だ。」
「えぇ…………」
彼女が重ねてそんな発言をするのも無理な話ではない。現代において潜水艦の有用性はほとんどない。海中では現代において有用とされるアンチレーダーの効果が乏しく、一方でソナー性能が上がっているため、かなりの深度においても潜水艦を察知する事が可能になっている。唯一の利点としては、深海用の装備を持っていなければ、有用な攻撃手段がない、という点だけである。だが、東シナ海の海域は深度自体が浅いため、一般的な追尾機能付きの魚雷で十分対応可能であった。つまり、潜水艦の機能は全く活かされない。加えて、戦闘機がゼロというのも問題がある。現代戦においては機動兵器の主力は人型のサイクロプスであることは間違いないが、それでも航空戦においては戦闘機が速度面で有利であり、ミサイルキャリアや索敵警戒でも航空機はなおサイクロプスに比べて優位は保っている。これがゼロというのは、あまりにも思い切った編成である。
「正直に言って、よくもこんな編成で、しかもわざわざ台湾まで攻め寄せようとするものだ、という感想だな。」
朱総督がそう憤慨した様子で述べる。台湾を攻めようとすれば、より近い日本の対馬などから横槍を入れられる可能性がある上に、そもそも数が足りない。台湾のサイクロプスは凡そ300機程度はあり、それもほとんどが最新機種である。過小評価にもほどがあるといったところだ。
「とはいえ、我々も台湾本土を襲われるつもりはない。海上で決着をつけようと考えている。」
朱総督の意見に対して、馬元帥が続ける。
「輸送艦10隻、ミサイル戦艦2隻、巡洋戦艦4隻、護衛艦12隻、艦隊旗艦の強襲揚陸艦1隻の甲板に合計100機のサイクロプスを配置し、陸上基地の戦闘機隊30機の支援を受けて敵を攻撃する。敵に対してサイクロプス数は劣るが、こちらは精鋭部隊で当たるつもりだ。貴官らは旗艦に乗っていただこうと思っている。」
「承知しました。」
旗艦を指定するのは、そこが一番安全であろうからだ。同時に、幕府軍のサイクロプス隊は戦力として強力だからである。
「それにしても幕府軍は残念だったな。フィリピン総督のナイアス・ハーディサイト中将が襲ってくるとは。」
朝鮮軍との交戦のため既に台湾艦隊は進軍を開始しているが、旗艦艦橋にて朱総督がヤオネ大尉にそう述べる。
「東南亜細亜連合は同じ連邦に属していますから、油断しておりました。大艦隊を集めていることは承知していても、合同訓練という名目でしたので……。」
「合同訓練も今に始まったものでもないしな。数年毎に開催され、我々もオブザーバーで参加したこともある。」
「はい。しかし戦乱の世ですから、油断は禁物ということですね。我々は全く準備がされておらず、甚大な被害を受けることになりましたので。」
「左様であるな。だが、貴官らの奮戦のおかげで、我々台湾への魔の手は防がれたのであろう。ナイアス中将も討ち取られ、動きが停止している。その点では貴官らには感謝している。」
半年ほど前に幕府軍が交戦した東南亜細亜連合は、戦力でいえば幕府の20倍程であったが、幕府軍の決死の猛攻で甚大な被害を受け、総大将であったナイアス将軍も戦死している。この結果、本来であれば日本全土及び台湾まで攻め潰す予定のあった東南亜細亜連合の方針は頓挫し、跡を継いだ弟のケネス・ハーディサイト将軍は日本の北海道を占領するに留め、損害の復旧に努めている状況である。幕府軍主力の地球撤退により、同地域では依然として有利な戦力は有しているのだが、周辺諸国の被害及び戦費負担があまりにも大きく、当面は遠征に出られる状況ではなくなっていた。
「東南亜細亜連合の勢いは些か衰えたが、しかし油断できる状況にない。我々の現状は、貴国の支援のもとに全力で船舶やサイクロプスの生産に力を入れている状況だ。基本的には貴国の予算でのOEM生産が主ではあるが、それでも東アジアの同盟国の戦力が増大することが重要である。今回はその艦艇を譲ってもらい、感謝の極みである。」
日本協和国と台湾国は同盟関係にあり、船舶関係の技術はある程度共有されている。このため伊達幕府は、巡洋戦艦、ミサイル戦艦、駆逐艦のOEM生産を依頼しており、今回は地球撤退以降に生産完了したそれら艦艇をすべて台湾に寄贈することになっている。伊達幕府はそれ以外にも西国・東国でも同様に主要兵器を生産委託しており、特に戦力の肝となる戦闘機、サイクロプス、空母関係は日本国内のみでの生産となっていた。とはいえ、相応の技術協力や部品の共通化は行われているため、量産型サイクロプスのレベルでは、各地域のマイナーチェンジを除き同世代機間においてそれほど大きな性能差はない。
「台湾国は我々にとっても国土防衛の要地ですから、同盟国として支援は惜しみません。天皇陛下自ら対馬に渡って牽制部隊を展開するくらいですから……」
「話には聞いている。貴官が対応されたそうだな?我々としては助かるが、ご苦労なことだ。」
朱籍も凪仁天皇とは直接のやり取りはあるが、稀代の名将のようなその性格は、天子として君臨するには些か不似合いである。もし彼が日本協和国の軍権を握っているのであれば、台湾への侵攻を好機に、即時朝鮮半島征伐に向かうことであろう。そして、それも短期の内に完遂すると思われるほどだ。喉元に東南亜細亜連合がその鎌首をもたげていても、それを成し遂げるだけの胆力と才腕がある人物である。
「人というものは、必ずしも自ら望む役割を与えられるわけではない。私や馬将軍は幸いにしてその身に似合う程度の役割を与えられたが、貴国はなかなかそうではないな。天皇もそうだが、イシガヤ執権もそうだ。天皇が持つ権限は才能に比べて小さく、イシガヤ執権は才腕に比べて持てる権力が多すぎる。貴官も今なお正式には婚姻状態にないことを考えると、その役割に思うところがあるのであろうな。」
朱籍は当然ながらヤオネ大尉が現時点では正式な婚姻状態に無いことは承知である。ただ、それでも実質的な正妻であることは承知している上で、そう問うているのだ。
「お恥ずかしいことですが、その通りです。」
「貴家は巨大過ぎる故、私が貴官の立場であっても同様に狼狽えるであろうよ。…………だが、人はなかなかその役割から逃げることはできないものだ。」
「そう、ですね……」
実際、彼女の立場では好き嫌いに関係無く、その婚姻から逃れることは不可能である。準王族鬼庭家の養女となっており、昔から婚約者として公表されてきたため、今更婚約破棄という事は簡単ではない。もっとも、そんなことを提案したらイシガヤは泣いて引き留めるであろうし、ヤオネ大尉も別に彼のことが嫌なわけではないので、単純に王族当主の正妻という役割から逃げているだけの、ただの甘えであった。
烽火照西京
心中自不平
牙璋辭鳳闕
鐵騎繞龍城
雪暗凋旗畫
風多雜鼓聲
寧爲百夫長
勝作一書生
從軍行楊烱




