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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0279年10月) 台湾防衛戦<完結済み>
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外伝 台湾防衛戦 01節

 「ヤオネ大尉、貴女は直ちに兵を整え、台湾防衛の援護に向かいなさい。」

 そう命令するのは、伊達幕府軍地球方面軍司令代行にして、伊達幕府女神隊軍団長のセレーナ・スターライト少佐である。長い金髪を指で弄りながら、大変鬱陶しく思っているかのような物言いである。幾らか尊大な印象は受けるが、その威圧感は歴戦の将軍と言えるほどであり、二十代半ばと若いながらも、彼女のその軍才は天下に鳴り響いている。



宇宙世紀0279年10月6日

 現在の世界情勢は、新地球連邦東南亜細亜連合と呼ばれる一大勢力を指揮していたナイアス・ハーディサイト中将が没し、また新地球連邦日本協和国の北海道を領有していた伊達幕府が、その主要部隊を先のナイアス中将によって撃破されたため、北東アジア圏では巨大勢力の旗頭が消失するような事態になっている。このため、大規模な戦闘はあまり発生してはいないが、もともとの紛争地である新地球連邦の北京政府や南京政府はなおも戦闘状態であり、欧州では新地球連邦欧州連合盟主のアーサー王が周辺国を併呑し、北米、南米、アフリカ大陸では常に小競り合いが続いている状態である。平和とはとてもかけ離れた情勢ではあったが、先の通り小康状態であった北東アジア地区において、新たなる問題の火種が発生していた。



 「天皇陛下、お呼びでしょうか?」

 日本協和国は、現在皇居を新仙台城から新江戸城に変更している。日本国は元々3か国に分かれており、一つは北海道と仙台そして木星圏の約半分を支配する伊達幕府、東日本を支配する東国鎮守府、西日本を支配する西国鎮守府それぞれに皇居を有し、関白職の持ち回りなどとあわせて都度ローテーションがされている。現在は、北海道を奪い取ったフィリピン国のハーディサイト少将が蝦夷鎮守将軍に任じられているため、厳密にいえば4か国とも言える状態ではあった。前述の為、フィリピン軍から離れている新江戸城が、現在の皇居に指定されていた。その皇居において、天皇に呼びつけられていたのは、まだ二十代半ばの若い女性である。

 「神崎図書助、そなたも把握しているかもしれぬが、朝鮮国が台湾に侵攻する。一両日の内に兵の編成をはじめるようだ。」

 神崎図書助藤原夜緒音、つまり、ヤオネ・カンザキ大尉である。彼女は伊達幕女神隊師団長格を有する将校ではあるが、現在伊達幕府軍の主力が木星に撤退していることから、幕府首都仙台において、天皇と幕府国会に従う女神隊及び、伊達幕府軍の地球残存兵力を纏める立場にあった。そんな彼女ではあるが、天皇陛下の言葉は初耳である。

 「台湾の朱総督は単独でも追い払えると連絡をよこしたが、台湾は最も親しく重要な同盟国。ただ見ているわけにもいかぬ。朕は直ちに援軍の兵を起こすつもりだ。」

 立場から御簾越しではあるが、その天皇の発言は幾らか挑発的なものである。当代の天皇である凪仁陛下は、軍事政治ともに優れた才能を持ち、外交謀略においても力を発揮する有能な人物であった。

 「いえ、さすがにそれはお待ちください……」

 今上天皇のその才能をもってすれば、援軍の大将として軍を率いることに不足は無いのだが、如何せん立場が立場である。天皇という身分は、そう簡単に兵を挙げていいようなものではない。本質的には、国家の平和と国民の安寧を祈ることがその本分であり、そう日本協和国憲法にも記載されている。かつて日本に会った日本国憲法の天皇の扱いとその点は大して変わらない。

 「成る程。では、朕の代わりに幕府が援軍に向かうと?」

 今上天皇のそれは、些か笑いを含んだかのような発言である。

 「……え?」

 そのため、冷静なヤオネ大尉であっても、幾らか素っ頓狂な返事となってしまった。

 「良かろう。東国のタキ左大臣にはロシアと北海道防衛の部隊の展開をまかせ、西国のマキタ右大臣には鹿児島、福岡に兵を集めさせ、朕は対馬に皇軍で渡る。幕府は台湾に向かい協力し敵を排除せよ。」

 天皇の正面周りには、そう呼ばれた多喜左大臣一氏と槇田右大臣宗次将軍の他に、幕府において朝廷折衝を行う聖書中務卿経芽守が控えていたが、天皇の命令に合わせて一斉に平伏する。もはや断ることが出来るような状態ではないため、ヤオネ大尉は嵌められたのだ。



 「というわけで、断る事が出来ませんでした……」

 執務室に戻ったヤオネ大尉は、伊達幕府軍地球方面軍を纏めるセレーナ・スターライト少佐に先の報告を上げる。セレーナ少佐は、現在幕府の宇宙軍を纏めるため、宇宙要塞のイザナミに滞在し、そこから地球方面軍全軍を統括しているのであった。

 「…………しかたありせんわね。」

 セレーナ少佐はそう了承するが、流石にヤオネ大尉でどうこうできる問題ではない。朝廷対応や外交対応を行う聖書中務卿、つまりヘルメス少佐がすでに承諾している状況と考えれば、一方面軍の権限で断ることなどできようもなかったのである。

挿絵(By みてみん)

 「しかし、このタイミングで朝鮮国が台湾国に攻めてくる理由が不可解ですね。」

 ヤオネ大尉が首を傾げながらそう告げる。北東アジア圏の勢力バランスは崩れた状況ではあるが、かといって台湾に何か被害が出た状況ではない。そして、その台湾は伊達幕府と技術提携や兵器のOEM生産をする関係にあり、兵数こそそう多くはないが、軍事技術水準は北東アジア圏でも日本協和国に次ぎ、兵器も最新機種を中心に揃えられている軍事国家である。

 「ヤオネさんの言う通りですわね……。朝鮮は北京とは連合関係にあるといいながら、実質はただの属国。今回は金首相が新たに就任したため、何か目立つことをしたいとでも思ったのかも知れませんね。」

 「そんな理由で?それではただの無能な働き者では……」

 功績を焦るというのはよくあることではあるが、それにしても戦争を起こすなど流石にナンセンスである。

 「所詮、彼らのやることに論理的な意味合いを考えることなどナンセンスですわ。現在の朝鮮王の朴袁様は、些か暗君の評が多すぎます。経済界も敬遠して近づかない程ですから。今回就任された金首相も、上に迎合するだけの無能という評ですわね。」

 このあたりの評の酷さはよほどのものがある。セレーナ少佐はその実家がスターライト商会という中堅規模程度の商社であり、イシガヤ家の御用などを中心に幕府王族へ日用品や工芸品等も販売している。決して大きな企業ではないが、そういったブランド企業でもあって、経済界に対する情報収集力はそれなりであった。

 「朝鮮の亡き先王は朝鮮独立を保った賢君だったというのに、一代で嘆かわしいことです。」

 先王の時代は朝鮮半島でも戦闘は発生しており、その際に首都ソウルを世界最大の総郭城砦都市とし、激しい抵抗の上独立を維持していた。現在は朝鮮半島の国力が低下し国家としての魅力が無くなったことと、北東アジア圏は中国国内の内戦以外では比較的安定していたことから、久しく大きな戦闘は発生していない。だが、環境の変化から戦争が起きていないことをもって名君と言えるかと言えば、全く別の話である。

 「ともかく、天皇陛下に戦争をさせるわけには参りませんわ。ヤオネ大尉、貴女は直ちに兵を整え、台湾防衛に向かいなさい。台湾出身のリ空軍提督がいればよかったのですが、彼は今木星方面に帰還していますしね。」

 とはいえ、伊達幕府軍の空軍を預かる台湾出身で帰化人の李明を充てたところで、台湾側の親密度が多少上がるであろうという程度の意味合いでしかない。もっとも、彼が残っていればその軍事手腕は素晴らしく、多少数で劣っても朝鮮軍など鎧袖一触かもしれないのだが。

 「オニワ大尉ではいけないのですか?」

 ヤオネ大尉がそう問う。準王族鬼庭家当主のオニワ大尉はヤオネ大尉にとっては実のはとこで、彼女はオニワ大尉の祖父の養女でもあることから義理の甥にもあたる。

 「オニワ大尉は確かに派遣軍の指揮官として能力的には不足ありませんが、今回は仙台防衛に残ってもらいます。残存部隊が陸軍兵力中心になるので、ヤオネさんが残っても指揮が取り難いでしょう?」

 ヤオネ大尉はサイクロプス隊や野戦砲部隊を指揮することには長けているが、戦車隊や歩兵などを指揮することは得意ではない。現在幕府軍の残存将校を考えると、たしかにその指摘は正しかった。

 「なるほど……、わかりました。」

 そのため、些か嫌々ではあるが、彼女としてもそう引き受けるしかない。

 「それで、その際ですが、名字はイシガヤを名乗って欲しいのです。」

 そのようにセレーナ少佐は要望する。石谷は幕府でも最大の勢力を有する王族家である。

 「イシガヤを?」

 「台湾総督への援軍なら、それなりの格式を整えたほうがいいと思うのですわ。ヤオネさんならイシガヤを名乗り王族の名代として務められるのでは、と。」

 ヤオネ大尉は王族イシガヤ家当主の婚約者で、実質的に内縁状態にあることから、イシガヤを名乗ってもおかしくはない。

 「朝鮮役で勝手に豊臣を名乗った加藤清正のように、後で怒られません?」

 ヤオネ大尉が懸念を表明するが……

 「むしろ大喜びで結婚を急かすのでは?」

 「確かに……」

 セレーナ少佐にはそう論破される。

 「おそかれ早かれ結婚せざるをえないのですから、ヤオネさんはさっさと腹を決めれば宜しいのでは?」

 「それはそうですけど、プレッシャーが大きいので。」

 「まぁ、イシガヤ家は巨大ですからね。」

 世界的な企業を有し、木星圏においてはエウロパという衛星すら私有するイシガヤ家の勢力は巨大である。伊達幕府における伊達家を凌駕するその力は、ただイシガヤの当主に野心がないために従属しているに過ぎないレベルのものであった。この正妻格とするなら、確かに多大な政治的配慮や対応が必要になるため、プレッシャーは半端ではないだろう。だが、最終的に逃げられるものではないのだが。

 「それで派遣軍の編成ですが、どうしたら良いでしょうか?」

 抵抗を諦めたヤオネ大尉がそう問う。

 「艦隊は双海級大型戦闘空母双海に、護衛艦少々で。艦隊の指揮官はコニシ海軍大尉に任せれば良いでしょう。台湾防衛戦であれば、本来艦隊戦にはなりにくい場所ですから、台湾東方海域に係留し、サイクロプス隊と航空隊での応援に向かえばよろしいですわ。」

 軍の階級としては、ヤオネ大尉もコニシ大尉も、師団長格の上級大尉であり同格だが、今回の司令官はヤオネ大尉が主将であり、コニシ大尉は副将となる。先の通り政治的な意味合いが大きい。

 「承知いたしました。」

 とはいえ、コニシ大尉が副将であれば艦隊指揮は安泰であるため、ヤオネ大尉は安心して軍務を受領するのであった。



 蒼き空は遥かに高く

 碧き海は無限と広がる

 自然は雄大にして平穏なるも

 ただ人の世のみがかくも狭く

 干戈の音の止む事も無し



 「ヤオネ大尉、もうじき与那国島です。」

 「コニシ大尉、ありがとうございます。」

 命令受託から2日、すでに幕府軍の艦隊は日本西国与那国島に展開している。総数は双海級大型戦闘空母1隻、神威級巡洋艦2隻、霧島級護衛艦4隻、輸送艦2隻、サイクロプス10機、旋風級戦闘機50機の編成である。これは幕府軍が現在地球上で展開できる兵力の過半であった。その司令は女神隊師団長のヤオネ・カンザキ大尉であり、副長は海軍師団長のコニシ大尉である。サイクロプス隊の指揮と政治折衝はヤオネ大尉が受け持つが、艦隊指揮の実務はコニシ大尉が受け持っている。

 「台湾より通信あり。」

 「つないでください。」

 オペレーターによって、艦橋のモニターに映像が映し出される。

 「こちらは台湾国軍司令の馬である。日本からの援軍感謝する。」

 「こちらは伊達幕府援軍艦隊司令、ヤオネ・イシガヤ大尉です。支援物資を輸送艦にて宜蘭へ揚陸しようと思うのですが、宜しいでしょうか?」

 この物資は、対空迎撃用の地対空砲と弾薬が主である。宜蘭は台湾の中でも太平洋側に面した比較的大きな都市であり、揚陸部隊を展開する上で手頃な場所であった。

 「…………イシガヤ?ヤオネ大尉の名字はカンザキではなかったか?先のオーストラリア会戦では同陣した記憶があるが。」

 馬元帥が問う。師団長格に過ぎないヤオネ大尉と、台湾軍司令官の馬では、立場の違いからそう接点はないが、偶然にも大きな会戦であった戦場を供にしたことはある。尤も、その会戦においても戦域が離れていたことから、一応知ってはいる、という程度に過ぎなかったが。

 「この度は婚約者として、イシガヤ家を代表しています。」

 その問いに、ヤオネ大尉はそう簡潔に答える。外交においてはイシガヤがヤオネをパートナーとして伴うことが多いことは知られているため、その内容はさほどおかしなものではないからである。

 「なるほど。貴国の王族の援護とは、外交的に大変心強いことだ。揚陸についてはそちらの都合で構わない。朝鮮艦隊はすでに迫りつつあるが、我らだけでも対処できるはずだ。先立って貴国から譲り受けた艦艇も使わせてもらう。損耗の激しい貴国は、後方で待機しておられよ。」

 「当国の損耗についてご考慮いただき感謝します。戦闘用の艦隊は後方に待機させますが、サイクロプス隊はそちらにて参戦させてください。また、必要ないかもしれませんが、念のため与那国から野戦砲や機雷の物資の輸送を行います。空母双海は台湾西海域にて待機し、北京に備えます。」

 馬元帥が援軍を断っているのはそこが問題だったためである。伊達幕府軍は先の東南アジア連合からの侵略により多大な損害を受けている。国土防衛のための戦力は、少しでも残しておくべきというのが根底にあった。日本にとって台湾が地勢的に重要であるのと同様に、台湾にとっても日本は重要な立地にあるためである。

 「感謝する。それではヤオネ・イシガヤ大尉は本陣に参加してくれたまえ。」

 とはいえ、参戦の拒否まではしない。朝鮮相手だけならばどうにかなるにしても、北京なども潜在的には敵だからである。台湾を攻めれば友好国である日本が出てくる。このことを示すだけでも、国防上の意味があるためだ。

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