外伝 オーストラリア会戦 04節
「シルバー様、オーストラリア軍陣地にあと1時間程度で到着します。」
カリスト少尉からの報告を受けて、シルバー少佐は私室から艦橋に移る。敵勢力圏を回避するため、海上から大回りにメルボルン方面からのキャンベラ到達であった。艦橋のモニター一面に広がるオーストラリアの大地はまだ山地の多いところであるが、遠くキャンベラ方面に向けては赤い荒野が広がっている。旧時代においては巨大な穀倉地帯だったといわれているが、現代ではオーストラリアの人口も半減し耕作放棄地が増えたことと、戦乱で農地の整備が間に合っていないことから、荒れが目立つようになったのであろう。
「カリスト少尉、油断せず偵察機隊を展開しなさい。速度は多少落ちても構いません。特にキャンベラ方面は地形調査を兼ねて展開を。エアーズ将軍に抗議を受けた場合は、私に転送してください。また、分析はクオン曹長に行わせておきなさい。」
「了解。」
シルバーの指示にカリストが応える。地形情報はエアーズ将軍からも入手はできるが、現時点でどうなっているかの照合も必要になる。今回の作戦で必要になるかはわからないが、反乱軍討伐を考えれば注意は必要なことであるし、他国の実地情報を得ておくというのも乱世においては都合は良いのである。
「到着後は、朱総督と伴に本陣へ挨拶に行きます。我々の側からは、私、タカノブ、セレーナ、カリストを。台湾国のほうがどうするかは確認し、同道を願いなさい。」
この同道にはある程度意味がある。個別に行動する場合は個別に配備される可能性があるが、一緒に行動している旨を示すことで同じ持ち場に配備される可能性が高まるからだ。幕府軍と台湾軍は、作戦面や兵器面で親和性の高い軍であり、連携が取れる状況にあるほうがお互い都合がよかったのである。サイクロプス数で見ても両軍合わせれば40機となり、この戦線においては一大勢力となる。
「朱総督も了解とのことで、馬将軍の他2名を補佐として同行するそうです。」
そうこうしている内に、幕府軍と台湾軍はオーストラリア軍本陣キャンベラ周辺山地に到着するのであった。
「援軍、感謝いたしますぞ。」
そう出迎えるのは、オーストラリア総督のエアーズ将軍である。ややふくよかな白髪初老の紳士然とした人物で、ぱっと見はとても朗らかに見える人物である。元々オーストラリア軍で軍政畑を進んだ人物であったが、新連邦政府や軍からその人柄や働きを認められて総督に抜擢されている。外見通り謀略戦が苦手な事が、彼の最大の弱点であった。
「早速ですが、諸国軍に紹介したいので、一緒にお越しいただけますかな。」
シルバー少佐達が案内されるのは野戦陣地である。標準的で簡素なその陣地構造物には、歓迎用にいくらかの装飾品は用意されている。ただそれらも至って廉価ものばかりであった。待機する軍勢は幾らか軍紀の緩さを感じる部分はあるが、その一方幾つかの部隊はピリピリとした印象を感じさせるものである。
「エアーズだ、入るぞ!」
そう言って通される会議室には、色々なデザインの軍服を着た将校が居並ぶ。援軍の代表者であろう。
「紹介しよう、日本協和国伊達幕府軍と台湾軍の方達だ。サイクロプスで40機、その他戦闘機も多数用意してくれた。日本の代表はこちらのシルバー殿、台湾は朱総督自らお越しである。それとこちらの金髪の……?」
エアーズ将軍はセレーナ中尉の顔を見ながら、まるで疑問符を頭に張り付けたかのような表情をする。
「彼女は私の副官のセレーナ中尉です。」
シルバーはそう簡潔に説明する。
「おや、幕府軍の方だったか。日本人にしては容姿が珍しいので混乱してしまった。許されよ。」
幕府は、大半の国民が大和民族かその混血が多いが、元々は多くの人種が暮らしていた木星に、多数の大和民族が移り住んで形成された人種分布である。従って、大和民族以外の、白人、黒人、アジア人なども暮らしてはいるが、絶対数としては少なかった。中でもとりわけ、セレーナのように完全な金髪碧眼の白人種というのはレアケースである。幕府の王族としても、イーグル執権は大和民族の血をひいていないが、彼にしても白人種を中心にラテン系などの血も混ざっており、彫は深いが濃いめの髪色と大和民族に近い肌の色をしているのである。
「自国においても外国人扱いされることも多く、なれておりますのでご心配いりませんわ。」
やや拙い英語でセレーナもそう返す。彼女の外観はともかく、外国語は苦手なものが多い日本らしい特徴は、無駄に備えているのであった。
「それはよかった。では一通り挨拶の後は、ゆっくり休んでくれたまえ。軍議は明日行いたい。」
その発言に拍子抜けするのは、シルバーと馬将軍である。これだけ人員が集まっているのだから、さっさと最低限の打ち合わせを済ませたらいいのではないか、という所であった。抗議しかけたところを朱総督が制し、その場を収めるのであった。
「先ほどは何故打ち合わせを止められたのでしょうか?」
帰路、朱総督に問うのはシルバーである。馬将軍とともに心底分からない、といった表情であるが、他の者は何とも言えないという感じに、様子をうかがっているような状態であった。
「あの場で揉めても良いことは無い。確かに効率は悪いかもしれないが、総指揮官はエアーズ将軍であるし、十分な打ち合わせの準備が整っていないなどもあるのかも知れない。少なくとも喫緊の敵襲があるわけではなさそうであるし、彼の言う通りいったん兵を休めておけばよかろう。我々も準備はできるのであるから必ずしも悪いことではない。」
基本的に彼が指摘するのはエアーズ将軍の面子の事である。彼自身、甘い、という感想はないわけではないが、遠征先の総司令と揉めて、兵站その他の問題が発生したり、捨て駒にされてはたまったものではない。
「シルバー将軍は若い故、武功を焦り過ぎるのだ。作戦効率というものは、何も戦術展開だけの事ではない。総大将は各将の顔も立てねばならんことはあるし、その逆もある。それによって各部隊の連携に影響も出ようから、十分注意することだな。」
朱総督はそう彼女に忠告する。戦争は外交の延長である。シルバーのような立場のあるものとしては、そういったことにも注意しなければならないという助言であった。
翌日、エアーズ将軍の準備した資料をもとに、諸国軍は代表を集めて軍議を行っている。彼の用意した資料はよく整ったもので、特に過不足の無いものである。地形情報、人口分布、兵力展開状況、天候予想、その他必要と思われる情報は取りまとめられており、併せて敵軍のバイド将軍の侵攻予想なども詳細に情報確認がとられていた。そして今問題となっているのは、敵の分隊の動きである。
「では、イシガヤ大尉率いるサイクロプス15機には、ウォガ・ウォガ市北方の防衛に出てもらいたい。主敵はキャンベラ周辺に集結してくる予想だが、陽動部隊が近隣市街を襲う可能性がある。これを防ぐための牽制を頼みたい。」
エアーズ将軍がシルバー少佐にそう依頼をかける。諸軍に問うわけではなく幕府を名指しで指定してきたということは、何らかの意図はあるという事である。
「しかしながら、この作戦が牽制であれば、何も幕府軍ではなくても宜しいのではないでしょうか?」
それに対して、軍事効率を考えてシルバーは意見する。
「牽制とはいえ、万が一にもウォガ・ウォガ市に侵攻軍が来た場合には時間を稼ぐのに十分な精鋭部隊が必要であろうし、本軍は敵軍よりも優勢なのだ。こちらの方こそ他の軍で十分であろう?幕府軍のイシガヤ大尉率いる遊撃隊のその勇猛さは、新連邦政府の援軍戦にて、諸軍聞いているところだ。だからこそ、牽制部隊を任せたいのだ。」
表情を見る限り、彼の発言は別に悪意があるようなものではない。
「…………。」
シルバー少佐はエアーズ将軍のその考え方自体は理解できるが、自身ならば幕府軍はこのまま本軍に置き、牽制部隊を諸軍から送り、3倍程度に増やせばいいのでは?という考えである。牽制部隊を3倍送ったところでなお本軍は数的優勢を十分保てる予想であり、それなれば本軍で1国の裁量で統率できる25機の部隊を有していたほうが、何かと運用は楽なはずであった。
「…………シルバー様、ここは大人しくエアーズ将軍の提案を飲むのがよろしいかと。」
隣に座るセレーナ中尉が小声でそう伝える。
「……諸国の援軍方は、牽制軍の任務を受けて、部隊が消耗することを怖がっておいでのようですわ。勝ち戦、と考えておられるようですから、ここで貧乏くじを引きたくはない、というのが実情かと。エアーズ将軍ご自身は、先の意見で丸め込まれたのではないかと。しかし、恐れながらシルバー様には、彼らを黙らせるだけの実績と貫禄がまだありませんので、下手に動けば孤立します。苦渋の決断かと思いますが、ご判断を。」
セレーナの隣に座る朱籍もまた頷く。
「承知いたしました。牽制軍は伊達幕府が承り、イシガヤ大尉の部隊を15機と補助戦力を展開させます。」
「感謝するぞ、シルバー少佐。」
「はい……。」
不承不承といったところであるが、シルバーの無表情な応諾に対し、エアーズ将軍はそれを快諾ととって喜んだ顔で感謝を伝えるのであった。
「エアーズ将軍の考えることも間違ってはいないし、敵を会戦に誘い出したことは見事だが、しかし幾らか残念な男だな。」
会議室を退室後、幕府軍と台湾軍においては別途打ち合わせを行っている。そう呟いたのは、台湾国総督の朱籍である。
「彼は軍事能力的には並み以上、政治的にも並み以上、諸国の調整能力も並み以上にはあり、新連邦政府への忠誠心は高く先ずこれを裏切ることは無いだろうし、民主主義を大事にし、新連邦政府への献金も割り当て通り行っており、平時であれば無難な指導者として、或いは優秀な指導者として名を遺したかもしれないが、現在は乱世だ。民衆は英雄を求めているし、独裁的な決断ができる強い指導者でなければ、こういった反乱を鎮圧することはかなわない。国民・国家を守るためには、侵さなければならない旧世紀の価値観もある。」
名君と名高い朱籍はそう憤る。先には意見を差し控えた彼も、指導者として思うところはあるのだろう。
「此処で援軍を束ねて一挙に攻勢に出てなで斬りにすれば、2週間もあれば大半の反乱軍を鎮圧できるのでしょうが、この会戦で勝てたとしても今後が長引きそうですわね。」
セレーナ中尉がその発言に同意する。
「それはそうだが、セレーナ殿もなかなか恐ろしい女丈夫であるな。どうかね?台湾軍は貴官を歓迎するが、移民してみては?」
それを受けて発言するのは台湾軍の馬将軍である。
「御冗談を。それにわたくしは日本生まれで外国語も苦手ですし、衣食住ともに日本文化のものでないと落ち着かず、他国に長居は難しそうですわ。」
「見た目によらないとはこのことであるな。」
冗談めかしてそういう馬将軍の言い分はもっともで、セレーナ中尉は生まれた時から国籍も居住も日本だが、人種的にはフィン人であり金髪碧眼白人の容姿であるからアジア人とは見た目がかけ離れている。両親がフィンランドからの移民のため、日常会話程度にはフィン語は使えるが、それ以外の外国語はやや苦手、で、むしろ日本の古典古文のほうが得意というのが彼女であった。
「さて……、雑談はさておき運用の話になりますが、イシガヤ大尉にはヤオネ少尉を補佐官としてつけ、サイクロプス合計15機と野戦砲を数基持たせて派兵します。」
サクサクと話を進めようと、シルバー少佐が話し始める。
「野戦築城も必要でしょうから、セレーナ中尉を軍監として3日間同陣させ、縄張りをし、急ぎ陣地を構築しなさい。敵軍の襲撃予想は4日後です。速やかに対処を。」
「わかりましたわ。本軍はシルバー様で十分対応できるでしょうし、細かい報告はカリスト少尉に送ってもらいますわ。シルバー様の直属としては、サイクロプス隊をオニワ中尉に10機を統率させ、御傍でお使いになるのがよろしいかと。」
「そうですね。サイクロプス隊はオニワ中尉に任せましょう。カタクラ中尉、サナダ少尉も手元に残します。オニワ中尉は補佐官として、暫く艦橋に詰めさせましょう。」
「それがよろしいと存じますわ。」
セレーナがオニワを指名したのは、彼が比較的政治判断に優れているためである。セレーナ不在の参謀本部の問題は政治判断力にある。シルバーもカリストも、あるいは補助をしているクオン曹長もまた政治判断力にかけては乏しいものがあるのだ。その点、オニワ中尉ならばシルバーに対しても十分意見具申をできる立場と実績があり、安心であった。
「はぁ……。戦場の荒野で飲む紅茶は旨い。まるで血の紅だな。」
「イシガヤさん、だいぶセンチな発言ですが、陣地構築が遅れているのでさっさと働いてください。」
「さーせん。」
ウォガ・ウォガ市北部のウランドラ山周辺に陣地構築を始めた幕府軍であるが、統括責任者であるセレーナ中尉がティータイムを始めたイシガヤに苦言を伝える。
「それにしても、こんな荒野のどこに陣地を作るのかと思えば、隕石跡の窪地に作るのか。一般には高所に陣取り敵を俯瞰することが普通だが、塹壕やタコ壺というのはなかなか気が滅入る。」
塹壕やタコ壺と言っても、人の入るサイズではない。サイクロプス用に掘削した巨大なものである。イシガヤの指揮する遊撃隊は、その名の通り遊撃戦を想定した装備となっており、戦闘装備の他に重機代わりのスコップのようなものをはじめとして、サイクロプスを巨大な工兵として使える装備が搭載されている場合がある。そういった装備を運用する都合、戦闘時の最大火力や弾数としては大幅に低下するが、陣地構築や破壊工作など汎用的に使えるという意味では、とても有用な兵科であった。
「馬鹿と煙は何とやらと申しますし、イシガヤさんならば、逆に穴倉暮らしもお好きかと思いまして。鼠みたいですし。」
「なるほど、背が小さくてチョロチョロしている点では合っているな。さておき、穴城、というのも昔はあったが、城のような美しさがない。」
セレーナの暴言を軽くスルーしてイシガヤがそう嘯く。
「美しさはヤオネ少尉で補ってくださいな。さっさと働いてくださいね。」
だがそれにも堪えずセレーナは再度イシガヤに働くように催促する。陣地構築は一刻を争う問題ではあった。
「なるほど一理ある。ヤオネは可愛いので早く嫁になって欲しいのだが、なかなかなってくれなくて困っているのだ。どうにかしてくれ。」
が、そんなことはお構いなしに彼はそう雑談を述べるだけである。現実的には理由があってそうしているだけであるし、それはお互いにわかっていることである。
「セレーナ中尉、タカノブだけ高いところに標的として配置するのはどうでしょうか?それと、こちらの配線終わりましたよ。」
そう告げるのは、イシガヤの代わりに部隊の指揮を執っていたヤオネ少尉である。
「ありがとう、ヤオネ少尉。馬鹿となんとかは高いところが好きと言いますからね。」
今度は先ほどとは逆の喩えである。
「なぁその『なんとか』って、普通馬鹿のほうをぼかすんじゃないか?それとヤオネありがとう。指揮はこちらで引き継ぐから暫く休息をとれ。」
「わかりました。後は任せますね。」
つまり、イシガヤがサボっていたのは、指揮官一人を本陣に残すためである。全員が働いたほうが陣地構築自体は早いのだが、決裁権限のあるものを一人残しておけば、緊急事態でも対応がとりやすい。そちらを優先しただけであった。
「了解した。それでセレーナ、俺の仕事は何だ?各穴倉にリモート榴弾砲の配置は終わって艤装の幌なども掛けたから、流石にこれ以上の掘削作業というわけでもあるまい?接敵までおよそ1日強残っているが、もっと長大な堀でも掘るのか?」
「そうですわね。あながち間違いではありませんわ。」
「…………なるほど。ではどこに上物を建てると?」
「話が早いですわね。陣地前方にまばらでもいいので堀を掘削し、陣地後方にその土砂で土塁を築いてくださいます?また丘陵に偽装の砲台をお願いしますわ。砲は本物で、撃てるように。」
「引き付けて撃つための罠だな。わかった、すぐに取り掛かろう。堀は歩兵と戦車を防ぐ程度でいいんだろう?」
「それで構いません。乱杭的で。残ってる野戦砲もそちらに配置して下さい。」
「承知した。砲前面には装甲板も張り付け、周辺には幟も揚げて敵に見せつけよう。」
彼らの陣取りするところはウランドラと呼ばれるウォガ・ウォガ市から北東に50キロメートル程度離れた丘陵の前面である。キャンベラへは南東方向に110キロメートル程度離れており、反対の西方向は荒野地帯となり、敵をウォガ・ウォガ方面に向かわせ無いためには適切な立地であった。この地点からは東西に向けて長距離野戦砲で狙える地点にあり、この丘陵への戦力展開は、敵軍に対する威圧でもあった。
「この野戦砲、マジで的になるから壊れるだろうな。勿体ないが仕方がない。」
「そうですわね。尊い犠牲です。税金を使用する責任者は私ではありませんので、そちらは任せますわ。」
セレーナのそれは、心底、申し訳なさを感じないセリフである。
「…………まぁ、任されるしかないんだよなぁ。それで、こちらはセレーナの指示書に沿ってやればいいならば、これで基本終わりだろう?後は任せて帰っていいぞ。」
「そうですわね。イシガヤさんも築城は得意なほうですし、こちらはお任せしますわ。」
「了解した。ギンの補助はよろしく。」
「えぇ。では、周辺地形を視察しながら帰りますわ。ごきげんよう。」