外伝 オーストラリア会戦 05節
「イシガヤ大尉、すべての作業終了しました。」
遊撃隊の隊士がイシガヤに報告する。
「各位、ご苦労だった。各自暫く休憩せよ。ウランドラの山上には、俺のペルセウスの他は、山上のリモート砲などを管理する遊撃隊士5名のみ残る予定で、他は持ち場にて待機。」
敵の侵攻予想からまだ半日程度あり、お互いに十分な偵察を行うにはやや遠い距離にある。だが、展開している偵察機器からは、サイクロプス15機と戦闘車両30両、歩兵1万程度の侵攻がありそうな旨のデータが送られてきており、同様にカリスト大尉からの報告でも似たような案内が来ていた。なお、イシガヤ自身は現在、遠距離からは視認性の低い小型サイクロプスを使って、平地に築いた穴倉陣地に作戦指揮のため滞陣している。
「しかしヤオネがいてくれて助かる。やはり安心して背中を総て任せられるのはヤオネだけだ。さっさと正室として嫁に来てくれないか?」
そういうのはイシガヤである。シルバー少佐は正室格ではあるのだが、あくまでも伊達家の人間でありこの場合はイシガヤのほうが婿の扱いである。石谷家の正室は依然として空席であった。
「そうはいってもシルバーさんやヤマブキさんと結婚したばかりでしょ。婚約者を差し置いて酷いとは思わないのかしら?」
ヤオネはそう嫌味を言う。
「シルバーとヤマブキの件は仕方あるまい。伊達家の婿選定戦の参加許可はもらったぞ?まさか勝つとは思わなかった。」
シルバーとイシガヤは結婚したばかりだが、これは伊達家当主のシルバーの婿を選ぶという目的で幕府内の名門出身の適格者に通知がされ、バトルロイヤル形式で勝者が彼女の婿になる、というものであった。イシガヤはヤオネに序盤にわざと負けるかどうかは確認しており、流石に王族として恥ずかしいので真面目に戦え、回答したものであった。勝者候補は従兄のバーン、重臣のツナムネ・カタクラ、シゲムネ・サナダ、オニワ家のヨシノブ、クスノキなどであったが、強者が潰しあった結果、可変機でフラフラしていたイシガヤが残ってしまった、という実情があった。
「…………私も勝つとは思いませんでしたが。ヤマブキさんのほうは断れたのでは?」
「…………それは押し切られてどうにもならなかった。すまん。……ヤマブキの強引さは知ってるだろ?」
「えぇ、まぁ……。」
ヤマブキは王族のため当然ながらカタクラ少佐などに直接講義を受けているわけだが、ヤオネもまた準王族オニワ家の養女として同様に教育を受けている。このため幼いころから知り合いであり、お互いの人柄は十分承知なのである。
「サイクロプスで庭まで押しかけてこられて、これを邪険に扱えると思うか?もうその時点で連日ニュース一面だったのに、断ったら大変なことだぞ。あいつは人気も割とあったから、暴動だ。」
「……逆に貴方は人気無いですからね。」
「だろう?俺の人気があるのは経済界的な側面であって、それも金と食料と工作部隊を握っているからだ。俺自身の人気があるわけじゃない。それがヤマブキを袖にしたら、抗議の電話やらなにやら大変なことになる。まぁ、受けてもなったが。」
不人気なイシガヤに対しての抗議の電話である。当然、王族の屋敷にはかかってこないのだが、彼の私有するマーズ・ウォーター社や、株を持つCPG等では、連日迷惑電話が鳴り響いたものであった。
「それは、まぁ……。」
「いずれにしても、当家の正室の席はヤオネのためだけに空けてある。軍政、財務、経営、朝廷対応、諜報機関の管理、いずれも当家は多くの任務を抱えていて、それぞれに補佐足る妻や家臣を揃え任せてはいるが、総て、背中を任せられるのはヤオネを置いて他にはいない。」
これは能力や家柄の面もあるが、圧倒的に信頼しているという事である。
「前向きに考えておきます。」
「結果は遅いか早いかなんだけどな?」
流石にヤオネの立場にあっては婚約破棄はまずありえない。お互いにそれを望んではいないので、結局は遅いか早いかだけなのは、事実であった。が、このプレッシャーは圧倒的なものがあることから、ヤオネが先延ばしにしているだけで、それをイシガヤは受け入れているだけである。
「イシガヤ大尉、緊急電報2通。シルバー少佐とセレーナ中尉からです。」
セレーナ中尉が離脱後、準備を整えつつ敵の侵攻を待つイシガヤであったが、そこに通信が入る。
「読み上げろ。」
「シルバー少佐のほうですが、『われならで下紐解くなあさがほの夕影またぬ花にはありとも』。セレーナ中尉からは、『今回作った伏見城のように堅牢な防御陣地、具合は如何ですか?』です。」
通信兵の読み上げる内容は、緊急通信だけあって強度の弱い短文である。強度を強くすればそれだけで相手に情報を与えることになるし、友軍としても解析に時間が掛かる場合がありうる。また、重要な内容をこまごまと送れば、万が一情報を解析された場合に問題となる。従って、幕府ではこのような古典を差し挟んだ通信が行われるのだが……
「なるほどわからん。だが、つまりこれはマジの緊急というわけだな。」
「レーダーに影!」
戸惑っているわずかな時間に新たな情報が入る。
「敵にしては早くね?詳細を。」
「識別信号は友軍、オーストラリア軍です。機影はサイクロプス約27機。」
「……なるほど?」
イシガヤ大尉が一瞬思案顔となる。
「シルバーに念のため返信しろ。『夜をこめて鳥の空音は謀るともよに逢坂の関は許さじ』だ。」
イシガヤはイシガヤでシルバー少佐に対して古典の和歌を送り、
「『了』との返信です。」
その返事はOKという事であった。
「ヤオネ、意味は分かるな?ここは任せる。俺はすぐ山上に移るからそのつもりで。通信は山上に回し、こちらとのやり取りは緊急狼煙を上げない場合以外は、有線ケーブルでのみとする。」
イシガヤ大尉は、副官であるヤオネ少尉に実務的な指揮を任せる。少尉とはいっても幕府軍上級少尉であって、彼女の場合は一般的では大尉クラスの扱いとなる。指揮能力的には十分であった。
「わかりました。」
「では、よろしく頼むぞ。」
心強い副官の守る陣地を後に、彼は寄る辺のないウランドラ山上に向かうのであった。
「イシガヤ殿、援軍に来ましたぞ。先にはエアーズ将軍が僅か15機の貴軍に牽制を任せるなどという無礼、申し訳ない。」
「これは………、オーストラリア陸軍の……、ハリー大佐でしたか?」
ペルセウスのコクピットから、いくらか自信なさげなイシガヤが問う。オーストラリアについてからすぐに派兵された彼としては、オーストラリア軍のメンバーをあまり知っていないのは当然ではあったが、ハリー大佐が特に重要な任務についている認識もなかったためである。改めて手元の端末から急ぎ情報を探しているのであった。
「そうだ。流石にイシガヤ大尉達だけに任せるなど、厳しい命令であったと思ってな。急遽決裁を降ろして援軍に来たのだ。」
「ハリー大佐は哨戒任務と聞いていましたが、ありがとうございます。……これで友軍は42機、圧倒的に有利になりますでしょうな。それでも本陣には敵よりも多い戦力がある。勝ちは堅いでしょう。」
「そうだぞ、イシガヤ大尉。もはや勝ったも同然だ!」
わはは、と豪快にオーストラリア陸軍のハリー大佐が笑う。
「さてイシガヤ大尉、貴官らが築いた拠点に案内してくれたまえ。敵も迫ってきているのであろう?我々も配置につきたい。」
「…………承知しました。ウランドラ山に陣地を構築しています。ペルセウスに続いて来てください。」
そういってイシガヤ本人が彼らを引率し案内する。
「このウランドラ山は標高761メートルと高くはありませんが、周辺で高所が少ないので、だいぶ要塞としては使いやすいですね。見晴らしもいい。」
「そうだろう。旧時代は自然公園もあったところで、風光明媚だったと聞く。」
自慢げにハリー大佐は述べる。オーストラリア人の彼からすれば、そうして地元が褒められることは嬉しいのであろう。たわいもない話をしながら、彼は彼らサイクロプス隊を陣地に案内する。
「しかし些か残念なのは、かつてはこの周辺も農耕地帯だったと聞きますが、此処から見るとだいぶ荒廃が進んでいる事ですね。古地図では穀倉地帯があったようですが……」
イシガヤが述べるのは旧時代のオーストラリアの事である。かつてオーストラリアは巨大な農業国として存在し、小麦や酪農での農業生産量が大きく、世界中の人々の腹を満たしていたものであった。現在でも農業自体は盛んではあるが、人口減少や戦争による荒廃から、オーストラリア周辺地域の人口を養える程度の生産程度しか行われていない。それでも、自国で食料自給率ほぼ100%を達成している点は優秀であった。昨今は、不作という理由でそこに問題が起きているわけではあるが。
「そうだな。長引く戦乱で穀倉地帯は大きな打撃を受けた。このオーストラリアも、より優れた治世家の到来を待つしかあるまいな。まぁ、今や人類の多くは宇宙に移住して久しく、オーストラリアの人口も1000万人程度しかいない故、かつての穀倉地帯が荒野になっていても問題なかろう。」
ハリー大佐は、問題があるはずの言葉すら、これほどまでに簡単に述べる。
「……左様でしょうか。当家は木星エウロパに多くの穀倉地帯を有しており、木星圏と我々日本協和国を中心に穀物を供給しております。かつてに比べて穀物も品種改良されおりますが、現在のオーストラリアの穀物生産面積はギリギリですね。調査させたのですが、今回の動乱も、敵側のバイド将軍の影響地域での不作が原因で、民衆の蜂起が扇動されていると思われます。一方、エアーズ将軍が直に抑えている地域では不作は起きていない。つまり、仕組まれた不作であることが考えらえる、と。足りない足りないと言われながら、私がこの度調査したところ、食料はギリギリ足りている。それどころか、バイド将軍の影響地域から、穀物が高値で他国向けに密輸されていました。つまり、意図的な穀物不足を発生させて、不安に陥った民衆を扇動し、政府を攻めているのではないか、と。」
「…………ほう?」
清々しい山の景色の中、空気はまるで凍てつく。
「さて。ハリー大佐、山頂に到着いたします。」
「…………。おぉ、ありが……………」
ハリー大佐が眺めみる山頂にはいくつかの砲こそあるが、陣地とは名ばかりの状態である。砲を管理する作業用の小型サイクロプスも、山中に分散させているにしてもここにいるのは僅かに2機のみである。
「イシガヤ大尉、これは?」
「…………それでは、ごきげんよう、ハリー大佐。」
イシガヤがそう発言し、直後にハリー大佐機のコクピットが、ペルセウスのランスによって貫かれる。一撃である。
「こちらイシガヤ。ヤオネ、仕掛けろ。」
その静かなる命令の後、ウランドラの山麓に轟音が響き渡る。ペルセウスの佇むその山頂は木々を打ち払い切削して平坦化した部分で、麓から見ればまさに古代の城の本丸跡かくありきと言えるような部分である。それは威容を示すには充分であったが、守るにはまるで機能せず、下から狙えばそれは良い的に過ぎなかった。幕府軍の兵士達は、そのそれぞれの塹壕から狙いをすまし、敵とされた元味方の集団を確実に撃ち抜いていく。山麓よりもさらに手前からの攻撃など想定していなかった彼らは、ひたすら混乱の中で慌てふためき、何をすることも無くただ野辺に屍を築いていく。中には戻る事や佇む事こそ死地と察し、ウォガ・ウォガ市方面に抜けようとする冷静な者もいたが、彼らは総てペルセウスに阻まれ、他の者と同様に撃ち抜かれて死んでいったのであった。
静けさに 響く魂の音 かき鳴らし 山の葉と散る 人ぞ悲しき
「片付いたか。友軍の損傷は?」
そう言いながら、イシガヤは総ての敵機を確実に仕留める。つまり皆殺しだ。突然の味方殺しではあるが、ヤオネは何も疑問を呈さない。理由は分かっているし、それで問題を追及されても責任を取るのはイシガヤだからだ。
「残存は貴方を含めて7機。他は戦闘不能です。戦死も2名ですが、他は負傷。内、2名が重傷です。」
有利な状態で的当てをしていながらも、流石に数負けしていた幕府軍の損害も大きい。山上からの攻撃では塹壕もあまり機能しなかったため、狙って撃たれれば不利ではあったのである。ただ、その不利が大きくなる前に敵を潰しきったのは、幕府軍の練度の賜物であった。
「次の戦闘がある。負傷者を安全に治療する時間はない。比較的負傷の少ない者で、ウォガ・ウォガ方面に移送させる。その間に可能な手当てはさせろ。」
「わかりました。敵の襲撃に備えましょう。」
「俺のペルセウスはこのまま山頂に待機する。ヤオネには引き続きそちらを任せるぞ。」
「了解。」
そうして、改めて静けさに包まれるウランドラ山であった。
「エイバ隊長、ウランドラ山方面で戦闘音。」
エイバと呼ばれた男は、反乱軍の首謀者の一人であり、現在の陽動部隊の隊長である。
「ハリー大佐から連絡がない。失敗したという事か?しかし敵も無傷ではあるまい。ハリー大佐は2倍近い戦力で襲ったはずだ。このまま進軍を続ける。斥候隊は出しておけよ!」
「了解!」
この陽動部隊は、ウォガ・ウォガ方面に向かう事でオーストラリア正規軍の一部を防衛に割かせ、主戦場に集結する兵を減らす、という目的の他に、先のハリー大佐のように内通者を離反させるために使う目的を持つ。実際にこれによって35機程のオーストラリア軍を離脱させている。ハリー大佐の手勢が27機であったのは、これに反対した部下を処分したからである。この他にウォガ・ウォガ市自体にもサイクロプス2小隊が展開されており、一定の陽動は成功していたが、エアーズ将軍もこれに割く兵力は可能な限り抑えていることから、効果は限定的であった。
「エイバ隊長、ウランドラ山に近づきます。」
「目視、映像分析確認!」
アンチレーダーの影響でレーダーによる索敵は十分に効いていない。特にこの区域はアンチレーダーが強く展開されているため、目視または映像分析を行うしか十分な索敵方法はなかった。
「ウランドラ山には敵影は一つ。日本のペルセウスです。周辺にはサイクロプスとの戦闘で発生したと思われる敵味方の残骸が散らばっており、山のあちこちで噴煙が上がっています。おそらく砲が隠されていた場所か、戦闘場所と推察。」
「まさか残っているのが1機という事はあるまい。山麓あたりにでも隠しているのか?他には!?」
「地形が大分掘削されています。ウランドラ山山麓には土塁も築かれています。この掘削状況では、戦車隊と歩兵隊を直進させるのは難儀ですね……。」
彼らから見るウランドラ山方面は、地形が凸凹となっており車両や歩兵が通るには聊か難儀である。かといってウォガ・ウォガ方面へ迂回する場合は移動距離が増えるため、本戦の動向によっては、横腹をさらすこともあって危険ではあった。
「悩ましいが、我々の役割は敵を引き付けることだ。もう少し近づいて敵を牽制または撃破しつつ、本軍の行動を待つ。旧ストッキンビンガル市街は現在荒地だが、ウランドラ山からは概ね30キロメートル強と、砲撃距離には微妙なところにある平地だ。此処に陣取って敵の出方を伺う。」
エイバは射程範囲ギリギリに陣取るように、慎重に指示を与える。
やまない雨
降れる弾雨
雨飛沫が野辺を占めゆき
血飛沫に人は死にゆく
オーストラリアの赤茶けた大地は
命浸してなお朱に染まり
動くものはただ土塊に還り逝くのみ
「エイバ隊長!榴弾砲の雨です!」
だが、現実は無情だ。
「なんだと!」
そう言っている間にもウランドラ山方面の平地から多くの榴弾が撃ち込まれる。空中起爆の散弾であるため、サイクロプスや戦車の被害はそこまでではないが、歩兵には甚大な被害が出ているのであった。
「攻撃が近い。山ではないな、どこだ!?」
「山麓よりだいぶ手前です。こちからかおおよそ20キロメートル付近。」
「謀られたか!撃ち返しつつ後退しろ!」
報告を受けたエイバは、急ぎ戦線を立て直すべく、的確に後退指示を出す。
しかし、将軍達の指示がその場では適切であったとしても、現実的にどうなるかはまた違った話である。




