第14章 地球圏への帰還 01節
宇宙世紀0282年3月10日
伊達幕府がハーディサイト中将の攻撃により敗退し地球を離脱してから既に二年以上の年月が経過していた。地球圏は相変わらず戦乱の時代であり、特に欧州とアフリカでの交戦は、無い日が無いと言うほどである。一方の亜細亜はやや落ち着きを取り戻していた。極東最大の力をもった東南アジア連合は、その指導者であるナイアス・ハーディサイト中将を伊達幕府との交戦で失い、弟であるケネス・ハーディサイト少将を中心にその体制を維持してはいるが、ナイアス・ハーディサイト中将程の実力も求心力もなくかつて程の勢力を誇ってはいない。それこそ、当時彼に同調していた極東ロシア軍は、欧州戦線への備えに必死という有様だ。また、最大の陸軍を保有する中国は北京と南京に別れ内戦中であり、インドは中立を保ったまま軍備増強に励んでいる。それ以外の国家は単独で侵略戦争を行うだけの実力はなく、せいぜい朝鮮が台湾を侵略しようとして返り討ちにあったという情勢である。一方、地球周辺の動きは特に激しい。コロニー諸国連合がその組織を解体し戦争に突入。海賊勢力を巻き込んだ混沌状態に陥っている。この原因の一端は現在は伊達幕府所有の攻撃宇宙要塞イザナギが担っていた。援軍の礼として譲り渡したこの要塞の所有権を巡って、各国での動きが軍事衝突に至ったのである。混乱のなかで最終的には伊達幕府がイザナギ要塞を取り返すことに成功してはいたが、悪いことは重なる。もともと海賊勢力が幅を利かせており物流に難のあるところではあったが、地球上の終わらない戦争に加え、大量の資源を保有し、地球に輸出していた伊達幕府が地球を去った事が響いた。この状況でも伊達幕府の輸出船団は勿論動いてはいたが、輸出よりも地球圏帰還のための内需に資源が回されてしまったのだ。食品類や日用品や通常機械製品は、内需に変動があるわけではないので供給されてはいるが、エネルギー資源、鋼材、鉱物資源は最盛期に比べて最大50%減と大変な供給減となった。自国である日本、特に友好国とされる台湾、インド、英国などへは供給の制限なく資源供給されてはいるが、他の国は友好度合いによって塩留めと言える程の状況に陥った所もある。これが伊達幕府への怒りに変わった所もあるが、隣国を侵略して少しでも資源を確保せんと怒りの矛先が変わった国もある。このようにしてコロニー諸国は戦乱の時代に突入していた。
「イシガヤさん今日は何用で?」
大腿部まであろうかと思われる長い金髪を腰付近で束ねた小柄な女性が、その知的で落ち着いた蒼い瞳を向けながら、ゆったりと鷹揚に尋ねる。ぱっと見ればまるで菩薩かと見間違う雰囲気ではあるが、その鉄壁なまでの落ち着きは菩薩の慈悲深さというよりも、まるで天地の理による厳しさと暖かさを兼揃えたものに近い。言うまでもなく伊達幕府の女神隊軍団長にして伊達幕府地球方面軍司令代行のセレーナ・スターライトその人である。
「あぁ。俺の可愛いヤオネがこっち来てるって聞いたからさぁ、こっちまで来たわ。後、御大将たるギンがそろそろ到着するんだろ?打ち合わせしねぇ?」
子供と見間違うような小柄な体型ながら、気の強そうでがさつな感じの中に僅かながら鷹揚さを醸し出す物言いの小男が返す。彼は伊達幕府執権にして遊撃隊軍団長のタカノブ・イシガヤだ。君主然とはしていないが、軍団長が務まる程度の軍略と政治判断力は兼揃えており、人を見分ける能力はそこそこ高く、またその保有する財力は莫大なものがある。
「総司令のシルバー・スター大佐が御戻りになるのは月末くらいですわね。」
彼らの本拠地は木星にあり、先の大戦で失った領土を奪還するべく、日本協和国の征東将軍にして伊達幕府の頭領である、シルバー自ら木星の軍を率いて地球に向かっている。一方で執権であるイシガヤは彼女よりも半年近く早く地球に帰還し、政治外交案件の処理と根回しを行っている所だ。
「セレーナ少佐、タカノブ、こちらの会議室が空いています。」
やや紫紺色味を含む黒い長髪を後頭部でリボンで束ねた、重厚で落ち着きのある女性がそう言う。伊達幕府女神隊の師団長であり、地上残存部隊の司令であるヤオネ・カンザキ大尉である。また、彼女はイシガヤの古くからの婚約者であり、イシガヤ家にとっては実質的な正妻の立場にある存在である。
「おぅ、ヤオネ。悪いが兵に茶を頼んでおいてくりょ。」
「えぇ。」
ヤオネは近くにいたランファ軍曹にお茶を用意するよう依頼する。三人が入室した会議室には若干のオブジェはあるもののシンプルで機能性が優先されている。施工主であるセレーナの意向が反映されたものだ。
「しかし、ヤオネが宇宙に上がってくるのは珍しいな。」
「直接打ち合わせることも必要ですから。」
ヤオネが答える。イシガヤの問いも当然なことで、ヤオネ大尉の現在の任務は、伊達幕府軍の地球上の戦力を統括することにあったからだ。女神隊副軍団長格でもある彼女にとっては、数個師団をまとめる軍務は決して難しい役割ではないが、伊達幕府が圧倒的に戦力不利の情勢下でも敵に付け入られず、ましてや先の台湾防衛戦で朝鮮軍を撃退するなど働きは目覚ましいものがあった。とはいえ、彼女を宇宙から指揮しているのがこのセレーナ少佐である。通信では話し難い諸報告もあるに違いない。
「で、だ。一応ジャミングはかけるが……、この部屋の盗聴対策は万全だな?」
「イシガヤさん、無論の事ですわ。床下も天井裏もなく空調以外では密閉されており、1メートルの防音パネルに加えて空調の配管にも制音設備がふんだんに使用されていますわ。」
「さよか。ならば差し当たっては良い。」
そういう警戒をするのは黒脛巾という私設工作部隊を纏めている家の頭領の性だ。
「それでセレーナ、ヤオネ、今後の件についての相談だが……、単刀直入に言おう。今上陛下からの質問である。」
「なんでして?」
イシガヤのもったいつけたような発言の真意を問うべく、セレーナが訊ねる。おおむね面倒臭い内容に違いない。
「伊達幕府に反乱する気は有るか、無しか、だ。」
セレーナもヤオネも直ちに口を閉ざす。……無理からぬ話だ。やろうと思えば、ここでイシガヤを軟禁した上で、王族であるクラウン家を旗頭にすれば、シルバー大佐の帰還艦隊を追い払うことも不可能ではない。伊達幕府地球方面軍が本気で反旗を翻せば、たとえ名将の誉れ高いシルバー大佐でも地球方面軍支配地を一蹴することは不可能である。イザナギ・イザナミ要塞は篭城すればそう簡単に落ちる要塞ではなく、たとえ十倍の戦力で力押ししたとしても一週間はゆうに持ちこたえるような代物である。一方で、シルバー大佐の帰還艦隊は足場を用意しなければ物資はあっても補給の処理が滞り、長期戦に大きな弊害が発生してしまう。大規模な遠征軍というのは、数がいるとはいってもそう簡単に運用できるものではないのである。
「ふむ。よかろう。」
二人が僅かに黙るとイシガヤが意味深に頷く。即時反応ができないということは、少なくとも現時点での翻意はない証拠である。唯一あったとしたら彼にだけであろう。
「イシガヤさん、まさ……」
「タカノブ、それはさておき報告があります。」
セレーナの声を掻き消してヤオネが話す。物静かな彼女にしては珍しい事だ。
「赤ちゃんができました。」
そう淡々と告げるかのような発言は、爆弾発言である。
「……はっ?」
無表情に見えて少し照れくさそうに頬を染めて続ける彼女に、イシガヤが疑問の声をあげる。
「ごめん、ヤオネ、何いってんのか聞こえなかったわ……」
「赤ちゃんが、出来ました。」
少し頬を膨らませてヤオネが繰り返す。
「なぁ、セレーナ、俺がおかしいのか?ヤオネに赤ちゃんが出来たとか言われたんだが?」
イシガヤが驚きで無表情のまま、有り得ないことが起きたかのように尋ねる。
「いえ。私にも聞こえましたから、空耳では無いようですわね。」
やれやれ、とでも言わんばかりにセレーナがイシガヤの質問に答える。今まで子供に恵まれていない彼にとっては初めての事であり、わからないでもないが、と言ったところか。
「まじで!!!!?やべぇな……ヤオネがすげぇ可愛く見える。いや、もちろんいつも可愛いんだけどな。なんでこんなに可愛いんだろうな……。マイクはこれだな?」
ふらふらとした足取りでイシガヤが部屋に付けられた通信機に向かう。防音設備等が整っているといっても司令の籠り得る部屋である。緊急用の通信機くらいは当然ながらついているのだ。
「ちょっ、タカノブ!?」
「告げる、ヤオネが孕んだ!!!もとい、俺は執権タカノブ・イシガヤである。全将士に告げる!!!俺の嫁!もとい嫁予定の!つうか既に事実婚なんだがそれはともかくっ!俺のっ!俺の可愛いヤオネが!知ってるな、女神隊の俺の大事なヤオネが、孕んだ!俺の赤ちゃんだってよ!!やべぇ可愛すぎて死ぬ!!俺はこの喜びを全将士に知らしめるべくこの放送を垂れ流す!すまんな!!もう一度言う!俺だけの可愛いヤオネが俺の子を孕んだぞぉぉおおおっ!!!」
「タカノブ!!!」
ヤオネがイシガヤの頭を叩いてマイクを取り上げるが後の祭だ……。本人はニヤニヤしながら叩かれた衝撃で床に突っ伏している……
「……これは……酷い有様ですわね。」
「この人はっ!」
ヤオネが肩で息をしながらタカノブを踏み付けている……。三人しかいないから良いようなものの、兵には見せられないシュールな光景だ。もちろん会議室のドアの向こうは向こうで、突然の放送に騒然としているわけだが。
「タカノブ!恥ずかしいでしょ!」
「恥ずかしかろうとかんけーねぇ!俺の可愛いお前が孕んだんだぞ!!子供だぞ!やばい嬉しすぎて死にそう……」
そう言ってのたうちまわる様は絶対に兵には見せられない……
「元気な息子だったら鎮信と名付けるかんな!娘なら良い婿を探さねば!!!あとなー凱旋したら改めて結婚式だぞ!もうまたないからな!」
イシガヤとヤオネは古くから婚約はしているが、結局なんだかんだで結婚自体は延びていた。婚約の直後にイシガヤが木星にしばらく転居することがあり、その際にはクオン曹長側室に、地球に戻って落ち着いたころにはシルバー大佐の婿選定戦がありイシガヤが勝ってしまったために延期し、さらにしばらくして亡きヤマブキが押し掛けてきたなどごたごたが続いたためであった。ソラネについては内々の事であったので特に問題はないのだが。
「正妻たるギンには悪いが、あいつはあくまで伊達家の人間だ。ヤオネは石谷家の正妻のようなもんだから正妻規模で結婚式やるからな!」
そういったこともあり、イシガヤ家としての正妻はなお不在扱いであり、家の経営は副官でもあるソラネが取り仕切っている状態であった。
「イシガヤさんちょっと……」
が、浮かれているイシガヤを放置するわけにもいかず、セレーナ少佐が口を挟む。
「なんだセレーナ、今は嬉しくて興奮している!ヤオネが可愛くてしかも孕んだんだぞ!赤ちゃんなんだぞ!?」
「だめだこのバカ、早く何とかしないと……」
セレーナ少佐はあからさまに見下したような目で彼を見る。ヤオネ大尉もイシガヤのヤオネ可愛い連呼と子供に対する喜びように満更でもないような顔はしているが、やはり度が過ぎては困惑もしているようだ。
「イシガヤさん、政治戦略と外交戦略について……」
「政治外交なんか国会に任せるわ!!!」
「……なるほど。……では、戦争についてですが。」
「……戦争把握。なんだ?」
イシガヤはニヤニヤしながらではあるが、戦争という単語で急にマトモな返答をする。戦争狂ではないが、一刻を要する判断と決断が必要なのはまず何をおいても戦争の件だからだ。10分待つだけで師団が壊滅する事だってあるのだ。イシガヤがまだマシな所はまさにここにある。
「……とりあえず、戦争に備えて要塞内を収拾してください。」
部屋の外が騒がしいであることは、防音装置がついていようと予測できることである。ましてや、イシガヤは幕府最大の経済力を誇るイシガヤ家の当主である、その初めての子供なのだ。その一報だけで連日ニュースの一面が飾られることは必定だった。
「……すまん、わかった。幕府執権イシガヤより全将士に告げる。先ほどは取り乱して済まなかった。都合、輸送艦一隻に酒と肴を後日祝いの品として用意するので、本日の所は職務に戻ってもらいたい。日はおって連絡する。以上だ。」
「何その変わり様……」
イシガヤの表情はまだ緩いが、的確に処理を始める。もはや別人である。
「いやヤオネ、お前と子供が可愛いのは後だ。とりあえず戦争だ。なんかあって負けでもしたら、お前も子供も死んじまうからな。戦争はすべてに優先する。」
「やれやれですわね。」
その変り身に流石のセレーナが呆れるしかない。だが彼の言うことは事実で、まずは戦争に備えなければ身の安全は確保できないし経済活動もできない。言っていることは至極当然であった。
「それでイシガヤさん、地球侵攻における本題ですが……
「執権として先に言っておくが……」
イシガヤ少佐がセレーナ少佐のそう遮る。
「外交戦略は、基本的には賢き所の思惑によるだろう。いかにカナンが優秀とはいえ、陛下の前では赤子も同然だからな。」
「あらあら……」
セレーナの言葉は僅かな失望だ。謀略家のヘルメスにしてもそうであるし、政略に疎いシルバーやバーンにしても同じ事だ。ロウゾ家のファーサルは未知数ではあるが、陛下に逆らうほどの胆力はない。とはいえ、陛下の思惑に従うというのは芸がないではないか、というのが彼女の印象であった。
「唯一、いや二人か。」
「何がですか?」
突然話題が変わったかのような発言に、セレーナが問い返す。
「俺とお前……このイシガヤとスターライトの二人だけさな。陛下に逆らえるのはな。」
「御冗談を。」
「まぁ、お前と違って結局は俺も手の平の上で躍らされるだけだがな。」
イシガヤが戯れるが、しかし本当になりそうな怖さもある男だ。狂将のあだ名は伊達ではない。
「戯れ事はともかく、タカノブ、戦況は我が方が圧倒的有利です。」
それらを意図的に遮って、ヤオネが情勢を述べる。
「まず近隣の北海道ですが、ケネス・ハーディサイト少将は重臣であるレントン陸軍大佐を配備し守勢の様相を示しています。現時点での北海道駐屯軍はフィリピン軍三個軍団規模です。残存日本協和国軍の戦力だけでも撃破し得る戦力ですが、敵は防御を固めており、我が方は我が方で攻撃の失敗は許されないため、互いに牽制しているだけの状況です。敵が攻めて来なければこちらのタイミングで攻め込めますので、有利と言えましょう。」
もし大軍を以って日本に攻め込まれていれば、日本もまた滅亡したかもしれないが、ハーディサイト少将はその器も胆力もなかったといえる。ただ少なくとも、無理攻めで兵力を擦り減らさなかった点で愚将ではない。
「また、アジアは大乱にはありませんが、衰退しつつあるハーディサイト家の勢力と、周辺諸国が牽制しあいながら国境を守っている状態ですので、ハーディサイトの主力であるフィリピン軍も自由には動けません。」
それだけナイアス・ハーディサイト中将の影響力が大きかった証拠である。いかに衰退したとはいえ、その残滓はまだ十分に残っているのだ。
「重畳。セレーナ、策は?」
イシガヤがセレーナに問う。地球方面をずっと治めてきた彼女の意見を聞くことが重要であった。
「そうですわね。一つ目は北海道を攻め落としてから東南亜細亜を攻めること。二つ目は同時に攻めることですわね。このあたりはシルバー様の判断次第ですからなんとも言えませんわ。」
2方面作戦というのは褒められたことではないのかもしれないが、幕府の帰還艦隊には十分な戦力があり、そして敵の本拠を同時に攻めることでそれ以外の地域の連携を防ぐ、という目的もある。いったん北海道を攻め落としてからでもいいのだが、それには過剰な戦力でもあるのだ。
「ふーん。ほんじゃ俺は何すりゃいいんだ?」
「頼みたいことがありますわ。」
とたんセレーナが真剣な目でイシガヤを見る。
「なんだ?」
「黒脛巾を使ってインドネシアで義勇軍を編成し、陸軍を調達してほしいのです。」
セレーナがそう伝える。幕府軍の弱みは陸軍である。豊富な経済力でサイクロプス等の機械は潤沢に調達できるが、人間はそうではない。特に1G環境下での重労働に慣れている者は少なく、また大量に国民の血を流すことは避けたいことであった。
「義勇軍とか簡単に言ってくれるけどさぁ…………。内応させるとさすがに権利を大幅に譲歩せんとならんから、制圧地を占領できなくね?」
イシガヤが言い返すのは最もなことだ。義勇軍などそう簡単に編成できるわけではなく、彼らの安全や資金など莫大な下準備が必要になるし、彼らが勝利した暁には統治権などで大幅な譲歩をせざるを得ないからだ。
「解放で充分ですわ、占領する必要は無いでしょう。言語風俗が違いすぎて占領が困難な事は歴史が証明していますわ。」
セレーナが太平洋戦争時代の日本軍の話に例えながら伝える。
「そりゃそうだな。」
「タカノブ?」
「なんだヤオネ?」
「子供には侵略者の汚名は着せたくありませんから、それも考慮してくださいね。」
ヤオネはそういって平然と侵略軍を編成しかねないイシガヤに釘をさすのであった。
「っ……!……セレーナさぁ。」
「なんですか?」
「俺の嫁が可愛すぎて死にそう……」
もはやどうにもならない。
「勝手に死んでくださいな。」
いつもの事ではあるのだが、もはやセレーナの目は氷よりも冷たい。
「何言われてもヤオネが可愛すぎて無理だわ。すまないが、軍議についてはギンが帰還するまでセレーナに全部任せる。黒脛巾も自由に使え。指示はちゃんと出しておくし、副官としてクスノキも付ける。正常な判断ができるかどうか怪しいからすまんが任せるぞ。」
「ちょっ……」
確かにそれはある。クスノキ中尉を副官に付けてもらいさえすれば、後は相談してやればいいだけの事なのだが……仕事が増えることは間違いなかった。それがあって抗議をしたいセレーナの発言を遮ってイシガヤが続ける。
「ヤオネ、一つ聞いておくが……」
「なに?」
「戦争には参加できるのか?」
イシガヤが問う。現状で地球上の戦力をまとめているのはヤオネである。特にサイクロプス戦については幕府師団長の中でも優れており、彼女が指揮官として戦争に参加できるかは割と重要なことであった。
「Gが心配だからサイクロプスには乗りたくないですね。開戦予定を考えれば、降下作戦あたりは参加できると思うけど。」
ヤオネ大尉が述べる。降下作戦のタイミング的にはまだ多少の猶予はある状態ではあったが、艦上ならともかくサイクロプスでの戦闘では大きなGがかかるためにあまり参加したくはないというのが本音だ。
「では、ヤオネさんには私の指揮下で副将兼サイクロプス戦指揮の参謀長を務めてもらうよう、シルバー様に掛け合いますわ。」
その話にセレーナが口を挟む。
「わりぃな。俺からも言っておく。」
どのみちサイクロプス戦術が不得手なセレーナにはそれを補える参謀が必要であり、ヤオネの実績やセレーナとの相性からも一個軍団の副将として申し分ない器量を備えている。前線に出てしまうと大局的な判断をし難くなるネックもあるので、艦隊に残り全般の指揮統率をしてもらったほうがセレーナとしても都合は良かった。
「すまないが、俺はしばらく一人で政務に専念する。ヤオネ……」
「はい。なんですか?」
「君主として妻子よりも民を愛さねばならん。今近くにいると色ボケして政務が滞る。休日にはヤオネのもとに帰るが、それ以外は詰め所に篭るからそのつもりでいろ。」
降下作戦前であり、事実彼の仕事は多い。軍務の多くはセレーナ少佐に押し付けたとはいっても、それでも遊撃隊軍団長としての仕事もあれば、執権として朝廷や外交案件の政務をとる必要もあった。合わせて、兵站維持のために会長としてCPGを動かさなければならない。
「……わかりました。」
「はじめての経験で不安かもしれないが、貴族衆から乳母的な相談役を手配するからそれで勘弁な。ヤオネが可愛すぎるからいかんのだ。心乱れては戦が出来ん。不甲斐なくて悪いな。」
イシガヤはヤオネに陳謝する。そして、どれだけ嬉しくても彼は一国をまとめる王族の1人である。自分の望みを優先するわけにはいかないのであった。
「本当に不甲斐ないですけど、国の行く末が我が子の行く末でもありますから、分かりました。」
ヤオネはそう述べる。イシガヤは名君でも名将でもないが、少なくとも国家を優先し、能力者に権限を与え、使い、私欲を貪らないのがイシガヤのマシな所であった。
「では、俺は一足先に地球に戻り、宮中に参じて賢き所とアーサー王と話してくる。それとセレーナ。」
「なんですか?」
「アース社のスズキとは早めに手を切れよ。」
イシガヤが助言する、CPGから独立したスサノオ・スズキであったが、彼はなおCPGとして懇意に取引は継続している。ただし、裏ではフィリピンの政治家などと繋がっている事をイシガヤは掴んでいるのであった。もちろんオニワの策でもあり、合わせてイシガヤも内々で承知していることではあるが、念のためであった。今のところスズキはうまくやり取りをしているので、討伐の対象にはならないであろうが、将来有望なセレーナに汚点を付けるわけにもいかなかったためである。
「……承知しましたわ。」
世界は広いようで狭く、複雑なようで簡単である。下々の庶民は日々の政治や経済に頭を悩ませているが、一方で力と伝統ある一族はそうではない。歴史のなかで培われた知己のネットワークからは、重みのある情報を入手できる。イシガヤやスズキなどがその代表的な例だ。ましてや、賢き所である天皇ともなれば言わずもがなである。