第13章 宇宙海賊討伐戦 07節
8時間経過
「おはよう、ランファ軍曹、イチハラ伍長。他のものは起きたかしら?」
セレーナ少佐がすっきりした顔で司令室に現れる。不安も無くぐっすり眠った、そういう表情である。
「コウサカ大尉とトウドウ大尉は現在ご就寝中です。」
「そう。……さっさと叩き起こしなさい。」
寝かせておいてもいいのだが、セレーナ少佐は彼らを起すように指示をする。前哨戦ではあるが初めてこちらから兵を繰り出すのである。だからこそ、彼らをおざなりにしているわけではない、という事を示すために呼びつけるのである。
「はっ!」
「セレーナ少佐!何かなさるんですか?」
「えぇ。艦を少々繰り出します。」
「突撃ですか!?」
新兵のイチハラ伍長が目を輝かせながらそういう。初めての攻勢であるからそれも仕方はないが。
「逸るのはおよしなさい。遠距離から撃ちかけるだけです。双方に対した被害は出ないでしょう。」
「はぁ……?」
それで攻撃を掛けるのか?よくわからないといった表情の少年兵については、セレーナ少佐は無視する。
「要塞守備隊、主に白兵部隊に約8時間の休息を与えます。よく睡眠をとることが慣用ですわ。艦隊は順次出撃。適当にあしらいながら砲撃を続けなさい。」
先ずは前哨戦と言える砲撃戦の開始である。
「フェドラー准将、敵艦隊の出撃を確認!」
「来たか!?」
フェドラー准将が期待を込めた声で状況確認の指示を下す。
「……いえ。どうやら長距離砲撃を行うようです。
「肉薄できるか?」
「いえ……」
「敵は要塞を盾にしつつ砲撃してくる上に、敵要塞砲は健在です。」
「これは少々面倒だな。やつらは、我々を休ませんつもりだ。」
フェドラー准将が苦虫を噛むような表情でそう告げる。彼は進展の無い攻撃を見て、そろそろ兵達を休憩させようとしたところであったが、そのタイミングを見計らったかのような敵の攻撃である。
「しかし、敵も条件は同じでは?」
幕府側も同様に応戦していたのだから、彼ら同様に休めないのではないか、そう問うその士官は甘い。
「おそらく、それはあるまい。要塞に篭っている限り艦隊要員は不要であるし、白兵部隊も必要ない。我々と違って交代で休憩する、という事は十分すぎる程可能だ。」
艦隊にはそれほどの余剰人員はいない。人が多ければ多いほど兵糧が必要になるためである。一方幕府軍の要塞は長期の防御用要塞であるため、一定の余剰人員と多めの兵糧が準備されている。その違いは大きいのだ。
「フェドラー准将、では射程から後退しますか?」
「やむを得んな。そうしよう。」
「敵は退くようです。セレーナ少佐どうしますか?」
フェドラー艦隊の動きを見て、ランファ軍曹がセレーナ少佐に問いかける。
「このまま、要塞砲にて砲撃。敵はまだ疲れきっているわけではない。反転攻撃もあり得ますわ。少しは押し出しながらっも、まだしばらくは遠方からの砲撃に終始します。」
静まり返る大要塞
まさに鉄壁
数千条の雷火にさらされようとも
不動
いっさいの妄動もせず
虎視眈々と敵を睥睨する
時あらばその関を開き
激水の如く敵砕かんや
「戦とは必ずしも攻める必要なないものです。よく守り、敵を疲弊させること。それが出来るならば、そういった手法も有効なのですわ。」
セレーナ少佐がイチハラ伍長他の新米兵達にそう伝える。
「ですが、攻撃をしなければ敵を倒せないのでは?」
だが、若く実戦経験の少ない彼らからすれば、その疑問も当然である。
「えぇ。守り一辺倒でもいけませんわ。しかし、劣っている戦力で敵と真向から戦うのは不利ですし、相手を疲弊させ、策を講じて攻めませんとね。」
「なるほど。」
「ですが、どうしても守る準備も整わず、ジリ貧が確定しているなら、即時の突撃もまた一手ですわ。疲弊してから突撃するより、戦力が疲弊する前に突撃した方が、勝利の可能性はあるんですから。敵も貧弱な戦力で急襲されるとは考えていないでしょうから、油断を突く、という事もあり得ますし。」
これは釧路沖会戦でシルバー大佐が出撃した事と同じである。
「イチハラ伍長、敵将の退き陣をよく見ておきなさい。なかなかどうして、優れた采配じゃありませんか。攻守均衡の取れた名将たるには、ああいった撤退の巧さも必要なのですわ。」
セレーナ少佐はフェドラー准将の撤退陣形を激賞しながらそう伝える。幕府は突撃戦の得意なものは多いが、撤退戦に優れた指揮官が少ない。特に若手士官の育成においては重要であろうと、彼女はそう考えるのであった。
1週間経過。
「動きはないか?」
そう問うのはフェドラー准将である。
「いつもどおりです、フェドラー准将。」
「兵の疲弊はどうなっている?」
退けば押され、押せば退かれ、味方の疲弊は極限に至っている。敵の艦隊運用そうなのだが、ネックは敵の要塞が移動要塞であることだ。艦隊ほどの速度は出ないのだが、戦術的には大きな意味がある。
「士気は、もはや低下の一途をたどっております。また物資が、後2週間保ちません。帰途を考えれば戦える期間は僅か1週間ほどです。」
フェドラー准将が敵の要塞を囲ってから日数が経っているが、これといった成果は出ていない。セレーナ少佐はよく軍を保ち、必要以上の追撃や攻勢に移らず、隙を全く見せないままに要塞防御を続けている。
「ふむ。敵はどうなのだ?」
「敵の士気は判りませんが、物資は最低でも数ヶ月はあると思われます。」
「要塞である以上、それもそうだな……。それにしても、疲れたな…………」
フェドラー准将から、指揮官が普通口にしてはいけない言葉がふと流れ出る。そう、彼を含めた全諸将は疲弊の極致にある。連日、幕府軍による散発的な奇襲と、不定期の全艦隊の出撃攻勢が繰り広げられ、その対応に追われているのだ。長時間の休息は許されない。また2日前に、カリスト艦隊動く、の報が入っている。海賊にカリスト艦隊の足止めと、ラグランジュ6への恫喝を行っていたというのに、それほどの効果はあがらなかった、と言うことだろう。
「敵の別働艦隊とその援軍であるコロニー諸国軍の艦隊。合すれば、我らの拠点イザナギを落とすことも可能か……。」
そして、そのことが彼の頭痛の種である。反転してこれと一戦交えるか、カリスト艦隊の拠点たる眼前のセレーナ軍を叩き伏せるか。
「補給艦隊を派遣した以上、多少の篭城には耐えられるだろうが……、どうしたものか、参謀……」
それは、人の意見に従うということは、責任を転嫁しうるということだ。
「……ご随意に。」
だからこそ、保身のために参謀は口を閉ざす。万余の兵士より、自分の命は大事なものだ。……少なくとも、当人にとっては。
「四方から攻めても、釣り込もうとしても、奇襲をかけても、如何ともし難い……。」
フェドラー准将が苦虫を噛み潰したかのように呟く。かの要塞はびくともしない。彼より圧倒的に兵数で劣るというのに、どんな策を講じても難攻不落。鉄壁スターライトとはよく言ったものである。戯れの仇名というわけではない、そういう事である。
「セレーナ少佐、敵の通信を傍受しました。カリスト大尉の艦隊が動いたそうです。」
ランファ軍曹が告げる。幕府軍のイザナミは敵軍に包囲されており、通信妨害もあるため満足に状況を確認できていない。カリスト艦隊への指示は篭城後一切行えていないし、また、あちらの情報も全くといっていいほどつかめていない。今、敵から得た情報が直近の情報と言えるだろう。
「ようやくカリストが動きましたか。オバタ少尉、イチハラ伍長、カリストはどうすると思いますか?」
セレーナ少佐が問う。先に応えるのは階級的にも戦歴的にもオバタ少尉の方である。
「はい。援軍を待ってから動いた以上、敵を殲滅する意志があると。おそらくは、我らと戦っている敵の退却を待ち、迎撃する体勢をとると考えます。」
「なるほど。オバタの意見も一理ありますわね。イチハラは?」
「敵要塞を攻略するんじゃないですか?力攻めすれば落ちると思います。」
「なるほど。一理ありますわ。」
「セレーナ少佐はどうお考えです?」
オバタ少尉が問う。こうやって敢えて部下にカリスト大尉の行動を予想させるのは、セレーナ少佐が些か迷ってるからだ。
「カリストならば、敵要塞イザナギを包囲するでしょうね。そして補給を断つ。敵は海賊ですから、そう物資が潤沢と言うわけではありません。我々を包囲している間にいかほどかの兵糧は確保したかもしれませんが……、いずれにしても、兵糧攻めならこちらが有利だと最初に述べましたわ。ただ……、カリストは軽薄なところがありますから、絶対に守勢を維持するとは限りませんが…………」
「そ、そうですね……。」
オバタ少尉が同意する。カリスト大尉は手堅い用兵に長けてはいるが、情報処理や兵站事務、部隊や布陣の編成調整について、速いだけが取り得の指揮官という面がある。それが手堅いという印象を与えるのだ。だが、実際はまだ21歳という若さであり、いくら大会戦を含む実戦経験は多いとは言っても、若さ相当の浅はかさと重厚感の無さはあるのである。それが不安材料であった。
「しかしさしあたっての問題は……、眼前の敵の動きですわ。交代で休息している人員に、注意を呼びかけなさい。」
動きがあるとすれば、そろそろである。
「フェドラー准将!我らの要塞イザナギが包囲されました!」
「なんだと!?早すぎる、何かの間違いではないのか?帝國軍の連中はコロニー諸国軍を待っているはずであろう?」
幕府軍のイザナミを囲うフェドラー准将の下にその報告が上がる。普通なら、早めに見積もってもあと2日の猶予があるはずだ。それが予想以上に早い包囲である。
「いえ、帝國軍のみは既に包囲を完了し、後続のコロニー諸国軍を待っていると…………」
「出していた補給艦隊は?」
「大半撃破されました。敵は要塞を遠巻きにしているだけとのことです。」
既に物資も限られてきている。フェドラー准将は退却も視野にいれるが、かといって追撃されれば損害は増す。それに、退却し籠城したところで補給艦隊が撃破されたとなっては兵糧が心もとない。もちろんもう一度補給艦隊を出すことも不可能ではないが、幕府軍のイザナミをこのままにすることはリスクが大きい。彼はほとんどダメージを与えていないのである。このままではフェドラーともあろうものが落ちぶれた、と思われてもおかしくはない状況である。そうなっては補給もままならない。この宇宙には狼がうじゃうじゃと存在し、彼は力を示してそれらを押さえつけてきたのである。補給もその武威によって賄われているのだ。彼が傷つき倒れたとなったら、多くの狼が群れを成して彼を襲うだろう。それが乱世である。
「……フェドラー准将?」
「……敵要塞イザナミを強襲する。数では圧倒的に優るのだ。策を弄するから勝てなかったのだ。力攻めにすれば、勝てる。」
力攻め。それならば小手先の戦術など意味がない。数のある方が圧倒的有利な戦法である。
「全艦に次ぐ、敵要塞イザナミを強襲し、奪取する。奮戦せよ!」
最悪、それなりにダメージを与えるだけでも良かろう、フェドラー准将はそう考える。そうすれば周辺に示しがつくし、撤退の言い訳にもなるのだから。