第12章 地球帰還の先遣艦隊編成 03節
イシガヤが経済・政治的な問題を解決するために奔走している間、シルバー大佐は軍の再編を行い、今後の対策を練っていた。イーグルを討伐した以上、今必要なのは地球方面軍の強化である。
「カリスト大尉、任務を与えます。中規模の機動艦隊を率いて、迅速に地球圏に帰還しなさい。出陣は2日後。」
シルバー大佐がそう命令を下すが、イーグルとの決戦からまだ2週間である。
「何を言ってるのかわからないです。」
困惑しながらカリスト大尉がそう返す。木星への帰還、イーグル討伐、残党討伐、忙しくて休む間もろくに無かったのに、更なる命令である。
「幕府地球方面宇宙軍の損傷について、カリスト大尉もよく知っていると思います。要塞があるためどうにか勢力を維持していますが、如何せん先の決戦での損失が大きすぎます。貴女には巡洋艦駆逐艦併せて 30隻、サイクロプス70機を与えますので、これを率いて直ちに地球に向かい、セレーナ少佐の指揮下に入るように。」
「直ちに……?あの、編成とお休みは……」
艦隊の編成任務というのは割りと重労働である。艦長を決め、旗下部隊を編成し、サイクロプス隊を決め、指揮順を決め、小艦隊を編成し、総軍を作る。さらに補給物資やらなにやら色々することがあるのだ。木星帰還艦隊のそれらを取りまとめてきたカリスト大尉としては、いい加減休みを取りたい、そう考えて自然である。直ちに、という言葉は死刑宣告も同然なのだ。
「安心してください。それは私とニッコロで既に終わらせました。」
「……安心できない!というより安眠したいです!」
「……うるさいですね。では副官にクスノキをつけましょう。おまけでヒビキ中尉もつけましょう。貴女が受けなくてもクスノキは地球に向けますからね。」
「別の意味で安眠できない!でも承ります!!」
カリスト大尉の想い人であるクスノキ中尉と、トラブルメーカーのヒビキ中尉である。カリスト大尉の人選もさることながら、クスノキ中尉は情報工作部隊強化のために必要な人事である。クスノキが派兵されてしまえば当面会うことはできない。カリスト大尉、神速の決断である。それを思えば艦隊指揮程度なんてことはなかった。もっとも、疲労困憊のため正常な判断力が無かった、そういうとらえ方もある。
「それにしても、地球にとんぼ返りとか酷いハードワークですよね……」
カリスト大尉がクスノキ中尉に愚痴を溢す。実際、彼女のとれた休暇は微々たるものだ。イシガヤに登用されて以降、彼について地球圏に移り亡きカタクラ長老の元で士官教育を受けるようになって以来、遠く離れた木星の両親とは会っていなかったので、一応挨拶程度に行った程度である。仕送りはしているしたまには連絡してはいるのだが、イシガヤの侍女にするために彼女を売ったようなものなので、彼女は両親に必ずしもいい感情は持っていない。とはいえ、貧民街で生活していた彼女の両親にとっては、賢くて美貌の娘を、王族の侍女、しかも当時は好色とも言われお手つき女房から側室コースもあり得たイシガヤのもとに娘を送り込めるのは、あり得ないほどのチャンスであったのだ。彼女にしても貧民街で苦労するよりは、イシガヤに登用されて高級士官コースに乗り、今や副軍団長格と言う大出世をした以上、両親に感謝していない部分も無いではない。命の危険はあるにしても、生活に困窮することは当面無いのである。加えて、彼女としては大変好みのクスノキ中尉に出逢えた事が大きい。幸いにして閨に呼ばれた際にぶん殴った結果イシガヤのお手つきは回避出来たので、綺麗なままの身であり、イシガヤ家から扶持を貰い家臣の格もあるので、その重臣たるクスノキに嫁いでも全く問題ないのである。唯一の問題は、クスノキ中尉がなかなか靡いてくれない事であった。だからこそ、地球圏へのとんぼ返りというハードワークでも、クスノキ中尉が一緒だったので受け入れたのである。もっとも、カリスト大尉が了承するように、シルバー大佐がクスノキ中尉を名指しで派遣軍に押し込んだ訳であるが。
「私は木星に親族も居ないし別に構わんのだが、カリスト大尉は大変だな。木星もしばらくぶりだというのに。」
クスノキ中尉の両親は既に亡い。単純に老年で亡くなったので、特にいわくもないが、故にしがらみもない楽な身の上である。一部の親族は生きているが、火星監視のために駐屯している状況である。親族も少ないので周りから嫁取りを勧められては居るのだが、危険で後ろめたい仕事柄それに抵抗があるのが彼であった。
「2人ともお茶してるの?老夫婦みたいなんだよ!」
割り込んでくるのはヒビキ中尉である。
「夫婦なんてそんな!」
カリスト大尉が照れながら訂正しようとする一方、
「ヒビキ中尉、カリスト大尉が迷惑している。」
「迷惑はしていません!どんとこいです!」
クスノキ中尉のその発言は全力で否定する。
「どんどこー」
が、そんな判りやすい様子は完全無視して、意味不明な擬音を発しながらヒビキ中尉も彼等の席に着席してコーヒーを飲み始めるのであった。
「ヒビキさんはなんでそこでお茶を飲み始めるのかな?」
カリスト大尉は些かお怒り気味である。2人きりの場面に割り込まれたのだから彼女としては当然の反応だ。
「地球楽しみだね!私はじめてなんだ!」
「まぁヒビキ中尉は行ったことないかもですけど。」
木星と地球は遠い。幕府軍にあっても生涯で地球に行ける確率はそう高くは無いのだ。まして民間人なら尚更である。それでも彼女達の母星は地球であり、伊達幕府は地球の国家なのだ。それ故に、地球への帰還は重要なのである。
「ところでクスノキのご趣味は!?」
脈絡もなくそして取り留めもなく話を変えて、ヒビキ中尉がクスノキ中尉に問う。目をキラキラさせてまるで子供ではあるが、これでも当年21で学年首席であった人物である。
「突然だな。趣味など無いがそれが?」
「えー!つっまんなーい!そんじゃご年齢とお仕事は?恋人は居ますか!?」
「……お見合いかな?」
カリストの静かな怒りがヒビキを包む。
「カリスト怖い!」
「いやだって、ねぇ?」
「大事なことなんだよっ!だってわたしまだクスノキのことよく知らないけど、しばらく同僚なんだよ!役割分担?とかしなきゃだから、プロはリングなんだ!ぐるぐるー!」
「……プロファイリングかな?」
「だいたいそんな感じ!」
だが、ヒビキ中尉の発言は一理ある。実際彼女はこれから伊達幕府軍の地球圏への帰還まで、最低でも2年ほどはクスノキと同僚関係にある。命を預けあう関係なのだから、それなりにお互いのことを知っていた方が良い。カリストについては教室は地球と木星で別れているときもあったが、遠隔授業では一緒だったこともあるので、知らない仲ではないが、クスノキの事はエウロパからの知り合いでしか無いのだ。
「そもそもクスノキはおかしんだよ!」
「何がだ?」
またしても唐突に言われたクスノキ中尉は困惑しながらヒビキ中尉に問い返す。
「わたし調べたんだよ!クスノキはサイクロプス戦や歩兵戦なら師団長クラス以上の統率力あるよね。航空機戦や艦隊戦はそこまで得意では無さそうだけどそれでも旅団長以上で師団長格並だよね?戦闘実績は幕府軍の中でも上位じゃん?家柄もイシガヤ一門扱いでしょ?……なんで中尉なの?普通なら最低でも下級大尉だよね?」
「聡いな。」
言動はともかくヒビキ中尉はバカではない。寧ろ賢いのである。彼女の指摘は確かに正しく、クスノキ中尉は彼女の認識を改める。
「そうだ。もし私が一般の士官であれば、最低でも下級大尉に任じられるだろうな。実際昇格の話は昔からあったが断っているのだが。」
「なんで?」
「ヒビキ中尉の知っている通り、私はイシガヤ家の工作部隊を預かっている。階級が上がってしまっては正規軍の部下の統率に専念せねばならず、家業がおざなりになるからだ。工作部隊は幕府とも連携する故に、まだしも身動きがとれて、なおかつそれなりに権限のある旅団長上級中尉の格を与えられている。幕府の上級中尉は世間的には佐官扱いであるから、対外的にも絶妙な階級なのだ。また総司令部の参謀格も有している。」
幕府軍の大尉は常設師団長格として非常に重要な地位にある。軍議などをする場合はこの大尉格までが呼ばれることもしばしばであるし、常時の部下管理も必須となる。中尉については特にサイクロプス隊指揮官の場合、指揮下に常設部隊をもたないことも多く、比較的身軽な立場であった。クスノキはこれを利用してしているのである。
「そんじゃぁさ、わたしっていらないかなって思ってたけど、サイクロプス隊の指揮わたしが専任になんのん?本来はクスノキ一人で足りるじゃん?」
ヒビキ中尉は話を省略しているが、実際そうであるのだ。現在のカリスト艦隊の兵力から言えば、クスノキまたはヒビキ中尉一人でサイクロプス隊の指揮官は務まるレベルである。能力的にはクスノキ中尉の方が上なので、ヒビキ中尉は余剰なのだ。だが、クスノキ中尉がサイクロプス隊指揮官として働けない可能性が高いならば別だ。クスノキ中尉が別行動するのであれば、ヒビキ中尉がサイクロプス隊を指揮しなければならないし、不在率が高いならば専任足るヒビキ中尉の指揮比率が高くなることであろう。
「そうだな。その通りだ。」
「うわー!めんどうだよぉ!」
机に突っ伏しながらヒビキ中尉が叫ぶ。
「そんでクスノキ、恋人は居ますか!?」
「どうしてそうなった……」
「命短し恋せよ乙女だよ!クスノキはちょっとおっさんだけど、王族並みの一門で、幕府軍の有力士官で、朝廷では刑部少輔の官位持ちでしょ?血でベトベトしてんの見なければめっちゃ王子様並だよ!」
「ヒビキ中尉は石鹸とお付き合いすればいいんじゃないかな?」
「カリスト怖い!」
「恋人はいないが、ヒビキ中尉では荷が重かろう。」
「じゃあ軽い人紹介してね!約束だよ!カリストは多分力持ちだからがんば!」
「えぇ……」
こうしてヒビキ中尉が好きなだけ場を引っ掻き回しつつ、カリスト艦隊は地球への帰還を急ぐのであった。